寂しさは正当に評価されない
定期メンテナンス(もちろん半身である義体の、である)に来る度に、無遠慮に増やされるトラウマたち。痛覚神経を引っ張られるのは序の口、結合部位の筋組織の再結合を殊更乱暴にされたりといった地獄の時間が終わると、ずっとずっと年下の子どもの、傷だらけの痩せた手の平が、パサついた灰色の髪を撫でていく。
お疲れ、という意味なのだろう。
繰り返されるこの合図のような儀式のような行為が、ゾルルはひどく、愛しい。
多くの者が畏怖し、技術者たちがサジを投げたこの半身を修理調整し、躊躇い無く手を伸ばすのは、この子どもだけ。だから、ゾルルもまたこの子どもには、臆することなく触れることが出来る。
しかし、流石に左手で触れるのは危ないと、生身の右手をクルルの頬へと動かす。油やサビの汚れを指も使って拭うと、くすぐったそうに目を細めた。
(……大、分……柔ラカ、ク……ナッタ、ナ……)
思考まで喋り口調に引きずられて久しい。そのことに苦笑しつつ、存外さわり心地のよくなったフニャっとした頬に手をすり寄せる。
不規則な生活で壊れてしまうんじゃないかと思っていた子どもの体は、最近ではずいぶんと落ち着きを見せていた。相変わらず痩せてはいるし、すぐに並にはならないものの、過労や貧血で倒れる回数も徐々に減ってきている。
ガルルもそのことを喜んでいたし、ゾルルもソレについてはガルルと同意見だ。
しかし。
その功労者である男――ゼロロと、クルルの関係については、決してガルルと意見が合うことは無い。
ゼロロとクルルがいつ頃から付き合い始めたのか、その経緯はどんなものなのか、ガルルは尋ねれば嬉々として説明するだろうが、そんなものを聞くために耳はあるのではない、とゾルル談。
「聞けば祝福したくなるよ」とガルルが言葉を重ねてきて、ゾルルは更に耳を塞いだ。両手で両耳(片方はくどいようだが金属だ)を覆う、その行為に、ついにガルルは説明や説得を中断した。
ゾルルは、もう、ここまでの文脈からわかる通り、クルルが大好きで、とにかく好きなのだ。
そして、ゼロロには、ガルルにもクルルにも―――誰にも話していない、自分の中での確執がある。
正か負か。好意を正、敵意を負とするベクトルの世界があるとすれば、正のてっぺんにクルル、負の底辺にゼロロが居る。
そんなゾルルの世界で、ゼロロとクルルが恋人同士になったという事実は、決して楽に受け入れられるものではなかったのだ。
ゼロロは、とてもクルルを大切にしている。
以前、たまたま盗み見になってしまった光景は、どことなく兄妹といえるような――しかし、やはりそれとは違う、あたたかさがあった。その光景からすぐに視線を逸らしたのは、弱さなのかとゾルルは思う。
『ゾルル、―――それでも、クルルの幸せだけは、喜んで欲しい』
ガルルのそんな台詞が、今もちらつく。
あたたかな2人のシルエットが、離れない。
「次、少なくとも1ヶ月後に来い」
「……」
「何だよ?」
「……イ、ヤ……今回、ハ……ヤケ、ニ……早……イ、ナ……」
いつもなら2ヶ月後という所なのに、と思い、それをそのまま口にすると、少しだけ――ほんの一瞬、視線を外した、子ども。
(……アア、ナルホ、ド……)
そういえば、2ヶ月後には確かゼロロたちが任務から帰還するのだ。同じアサシンであるため、そのことはゾルルも知っていた。
そして、それを思った瞬間、いつもは向けない左腕まで伸ばして、小さな小さな身体を抱きしめる。
―――否。
しがみついて、いた。
「――――クックッ……甘えん坊だなぁ……?」
「……ウルサ、イ……」
思わず零してしまった悪態に、しかし子ども……否、少女はクックと笑うだけで、特に咎めることをしなかった。
そして、ひどく大人びた仕草で、「硬い」と言いつつ、灰色の髪を梳くように撫でる。
繰り返し、繰り返し―――。
そして、2つの身体の隙間を潰し無くそうとするように、ゾルルの冷たい身体が、ぎゅっとさらにしがみついていった。
《終わり》
庇護欲、保護愛は、きっと哀しい。
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