求められた温度
クルルが熱を出した。
それをゾルルは、たまたま軍の廊下で出くわしたガルルの口から聞かされたのだ。
クルルは普段の不規則な生活で、しばしば貧血や眩暈、過労で寝込むが、ベットに縛り付けられる時間は短いのが常である。1日横になっていれば、次の日には起き上がって仕事をこなす。
これを大体1ヶ月に1度、もしくは隔週で繰り返すのだが、今回は少し長引いているようだった。
「おそらく、季節の変わり目の風邪だろうな」
一応、昨日と一昨日、ガルルはクルルのラボに泊まりこんで看病をしていたらしい。少し声の調子が低く、疲れているように感じられる。
それは体力面で、というよりも、子どもを心配して、という心理面が原因だろう。
「本当は、こんな時くらいはせめて傍にいたいのだが……運悪く、任務が入ってしまったんだ」
「長期、カ……?」
「いや、日帰りだ。だから余計、断れなかった」
「……」
「ゾルル?」
「……ワカッ、タ……俺、ガ今日……ハ、クルル、ヲ見……テイヨ、ウ……」
「―――それは、とても有難いが……確か、これから任務だったはずではないのか?」
義体のメンテナンスの都合で、最近では長期と言えどせいぜい2ヶ月程度のものばかりになった。つい5日前にメンテナンスを終えたばかりのゾルルは、今日から他星への増援に加わるはずである。
そのことを思い出して問いかけるガルルに対し、ゾルルはキッパリと、
「有休ヲ、使……ウ」
と、言い切った。
曰く、3日程有給休暇を取って、その後本隊に合流するつもりらしい。
今回の増援は今日から3回に分けて現地へ向かうことになっている。どの日の宇宙船もまだ定員までは余裕があるはずだから、大丈夫だと。
「……ソレ、ニ……ズ、ルイ……」
ガルルばかり、クルルと一緒に居るのはズルイ、と。
まるで幼児の様な主張にガルルは苦笑し、
「それじゃあ、クルルを頼む」
と。夜には戻るからと言ったガルルに対し、ゾルルはいささか不満げに、こっくり、と頷いた。
元々は、ベットも何も無かったというクルルのラボ。
ガルルが家具を揃えるまでは、毛布を引っ張ってきて床や椅子で眠っていたと聞いたことがある。
仕事部屋と日常の生活空間を分けた方がいいとガルルが言い出した時、クルルは1日でラボに隣接した小部屋を作った。滅多に使われないその部屋のベットで、熱のせいか少しだるそうに横になっている子どもは、入ってきた灰色の暗殺兵を見て、面倒そうに視線を上げる。
「……任務は?」
「休ン、ダ……」
「アホか」
勢いは無いが、皮肉はちゃんと出てくるらしい。
呆れたという半眼の視線に、何だかずる休みを見咎められた時のような居心地の悪さを感じて、ゾルルは近くの台に置かれたポカリを差し出す。生身の右手でコップを掴むと、自分の体温で中身の液体は、一層冷たさから遠ざかっていった。
そのコップが、緩慢な動作で小さな手に移動し、そっと縁を唇に銜えられる。中身の、少し濁った液体は、ほとんど減らないまま突き返された。
一気に飲め、とは言わないが、もう少し飲んだほうがいいのではないかと心の中で呟く。しかし、そのままぽすんっと口元まで布団に潜り込んだ少女に、それを言うことは出来なかった。
仕方なくコップを元の位置に戻し、ギシっと椅子をきしませる。
半身の義体は、金属とはいえバランスをとるために生身のウエイトと変わらぬように設計されているのだ。そのため、普通の椅子に座ってもそれが壊れると言うことは無いし、ある程度ならば感知センサーによって触覚のようなものも感じられる。
「……」
生き物らしからぬ半身を、そのままに保ちたいと、かつてゾルルは望んだ。
まるで『本物』のような人工皮膚で覆われた義体が普及する中で、ゾルルはあくまで、性能に似合わず旧式な外見の義体のままでありたいと願った。
それを叶えてくれた少女は、それだけでなく、決してゾルルが得ることは出来ないと決め付けていたものをくれたのだ。
醜いばかりの自分が、見ることも出来ないと思っていたものを、くれた。
ふと、ひたりと左腕に微々たる圧力と熱反応を感知して、そちらに視線を移す。そして、クルルがゾルルの義手をぐいぐいと引っ張っていることに驚き、そして首を傾げる。
しかし、クルルはそんなゾルルの疑問などおかまいなしで手の平の部分を枕の隣に落ち着けると、そこにぺとっ、と自分の頬を押し付けた。
「……」
「……」
「……クル、ル……?」
「んー……?」
「……硬イ、ト思、ウンダ、ガ……?」
「ま~な」
「……?」
「氷代わり」
冷たい、と。そっと呟くその声は、どことなく上機嫌で。
金属らしい、生き物の熱を奪う程の冷たさは、他の者ならば忌避するというのに、この子どもにとっては氷というか冷エピタの代わりらしい。
(……ダガ……)
左手では、クルルの生身のぬくもりも手触りも、どこか遠かった。
それだけが、ひどく残念だ。
ついさっき、熱を計るために伸ばした右手は、問答無用でぺいっと払われたことを思い出す。思わず吐いた溜息は、諦めるためのそれだった。
珍しく甘えるような子どものぬくもりは、無機質な左手しか知ることはできないらしい。
ならばせめて、と左手を注意深く、ふにょふにょと多少柔らかさを持つ子どもの頬に滑らせる。ぎこちない、さびた人形のような動きで。
しかし、それは拒まれるどころか、その左手にぴっとりとくっつく子どもは、先程よりも少し、嬉しそうだった。
そして、夜。
ガルルがラボを訪れた時には、体を寄せ合って眠る2人が、ベットで丸くなっていたという――――。
《終わり》
こちらは、リクエストをしていただいた有栖川ゆーた様のみ、お持ち帰りを歓迎いたします。リクエスト、ありがとうございました!
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コメント
こんにちは。
小説、ありがとうございます(^^)
風邪を心配して任務を有給でブッチするゾルル・・・年の離れた心配性の兄みたいでイイです。
リクエストの「頬ぷに」が人間氷枕になるとは!
生身の冷たいで額に触って「気持ちいい」っていうのはよくありますが、
義手を乗せるのではなく、下敷きにする所がクルルクオリティです。
物凄くほのぼのとさせて頂きました!
投稿: 有栖川ゆーた | 2008年11月 6日 (木) 18時47分