そして祈るひと
寒いから、ママ殿がいないから、子どもだから――。
そういった事情があって、日向家の初詣は世間の波から例年遅れることになる。前回はそんな3人と一緒に出かけたのだが、今年はやはり大晦日に神社に行こう、と隊員たちを招集したのは、当然隊長である自分。
(だって、だれもそんなこと言い出してくんないし?)
だから、自分がやりたいと思ったら、自分でそれをアピールしなくてはならないのだと思っている。唐突だとか、そんな言葉は誉め言葉だ、きっと。
タママはすぐにこの提案に乗ってくれて、ドロロは忘れられる前にと参加を自己申告。ギロロは、やっぱり遊んでばかりじゃ駄目だとか言うのかと思ったが、存外すんなりと了承した。
(意外――でも、ないんでありますかね?)
そういえば、ケロン星にも初詣の習慣はある。
1年を無事に過ごせるようにという、いわゆる縁起担ぎの行事だから、ギロロの中では遊びとは違った分類をされているのかもしれない。
『祈り』だとか、『縁起担ぎ』だとか。
もう自分は、それに縋る気力もそれを求める人々を微笑ましく痛ましく認める優しさも失っているが、ギロロは違うのだろう。神を信じるだとかではない。ただ、幸せになるようにと祈ることを止めない……ギロロの優しさと、強さ。
単にお祭り騒ぎを逃すまいとしているだけの自分と比べて、何とも真面目腐った考えをしていそうだ。
(……っと、やっべ)
暗い思考の波にはまりそうになる自分をこっそりと引っ張り上げて、気を取り直し、言葉を続ける。
「ね、クルルもモチロン行くでありますよね?」
「やだね」
「えぇー!!?」
「何で驚くんだよ。……寒ぃのは性にあわねぇんでなぁ?」
呆れたように嗤うクルルは、話がそれだけならばラボに戻るという。慌ててそれを阻止して、他の3人と共に説得を試み始める。
クルルは、いろいろと脂肪が無いからか、暑さよりも寒さが嫌いだ。それは知っているが、自分は小隊全員で――強いて言うならば、クルルと一緒に初詣に行きたいという下心がある。そのため、クルルが来てくれないと、当初の目的の7割以上が果たせない。
「寒いならさ、ホッカイロとかマフラーをしていけばいいじゃん?」
「手袋と帽子とイヤーマフラーをしていけば、ずいぶんあったかいですよぉ~?」
防寒対策を挙げていくが、やはりクルルは一向に首を縦に振る気配は無い。
やがて、溜息を吐いて寒さ以外の理由を口にした。
「何で人込みにわざわざ行きたがる奴の気が知れねぇ。知りたくもないがなぁ……?」
「えっと……そ、それも醍醐味、じゃだめ……?」
やはり、フォローにならないドロロ。
ギロロが「少しは周囲に合わせろ!」と説教じみたことを言っているが、それをするクルルでないことはギロロもよっく理解しているだろう。このままでは本当にクルルが自主的に留守番をする。
(―――っく!か、かくなる上は……!!)
最終手段、と拳を握り締めて、解く。
「クルル、ちょっと耳かして」
「あ?」
内緒話をするときみたいに、クルルの耳に自分の唇を寄せると、視界の端っこでギロロとドロロが表情を歪めている。わかってはいるが、ちょっと溜息を吐きたくなった。
「何だよ」
「――クルル、ドロロに着せる女物の着物欲しいって言ってたよね?あれ、侵略予算と我輩の自腹で一着買うっていうので、どう……?」
ひそひそ声で音量は落としていたにも関わらず、ドロロには聞こえていたらしい。「ひどいよケロロ君!!」と半泣きで言っているみたいだが、こっちだって自腹を切ることになるのだ。それ位見逃して欲しい!
そして当の交渉相手はというと、少し考えるように口元を片手で覆ってから、そっと手を下ろして、笑った。
「それ、守れよ?」
「りょ、了解であります!!」
「じゃあ、行く」
ニヤリとした、いーい笑顔。
(あー……絶っっ対、半端じゃなくイイヤツ買いそぉー……)
文字通りの『高い買い物』にしょっぱい水が溢れてきたが、取り合えずこれで最初の目的は果たされた。
よし、と、しておこう。うん。
そして、31日の夜中。
神社は予想通り雑多な人の群れで溢れかえっていた。
わかってはいたが、町のどこにこんな人数が隠れていたのかと言いたくなるほど道から人間がはみ出している。
人にもまれて離れそうになり、てんでばらばらにならないようにと近くに居た者同士で手を繋いだ。
そして。
「見事にはぐれたでありますなぁ~……」
予想通りはぐれた。
人波に流されながら、今繋いでいる手は離さないようにと少し握る力を強める。しかしながら、こんな幸運が今年最後に残っているのかと叫びたくなった。
自分が手を繋いだ相手は、何とクルルで。
とうの昔に信じることを止めた神に、今なら感謝してもお釣りがくる。
何とかすこし道から離れて一息吐いて、その辺を眺めた。しかし、やはり他の3人の姿は見当たらない。
「探すかぁ?」
そう提案したのは、クルルの方。
しかし、それに対して自分は首を横に振る。
「むしろ、このまま神社に行っちゃった方がいいと思うであります。きっと3人も似たようなことを考えそうだしさ」
この流れの先にあるのは、目的の神社。自分の言った言葉は、一応筋は通っている。そのためクルルも「了~解」と頷いた。
きっと、クルルの(面と向かって尋ねたことは無いが、常に自分たちにつけられているらしい)発信機を使えばすぐに合流できたのだろう。しかし、今はどうせならもうしばらく、2人で手を繋いでいたかった。
自分の気持ちは伝えていないから、別にこれは恋人繋ぎでも何でもないのだが、それでも特別なぬくもりに思える。
離れないように、自然と体が近くなるのも役得だった。
そんな感じで神社に着いたのだが、生憎ギロロたちはそこに居ない。
お参りはやはり全員で一緒にしたいと思う。しかし、ただ突っ立っているだけは退屈だし寒いので、何となくそのまま賽銭箱に近付いていった。
「……あ、クルル。あのさー」
「利子はトイチ(10日で1割増し)だぜぇ~」
「ちょっ!それ高すぎっしょ!?……じゃなくてぇ、おみくじ引かない?」
指差した先は、賽銭箱の隣に置かれた木箱。蓋がないそれには沢山の紙が入っていて、小さな立て札に『1回10円』と書かれている。
賽銭箱の隣にわざわざ置くところが、まんま参拝客狙いだ。
(本当、我輩も汚れちゃったよねぇ……)
フッと、知らず知らず口元に自嘲の笑みが浮かぶ。そのことに気付いて、きゅっと表情筋に力をこめた。こんな小細工をしたところで、この子どもは騙されてくれないのだろうが、あえてそこを突くことはせず、クルルはおみくじを一瞥する。
即否定では無いのは、少なくとも嫌ではないとういうことだろう。
勝手にそう解釈して、「たまには奢っちゃうでありますし!」と、さっさと20円を料金箱に放り込む。
チャリンチャリンッと金物同士がぶつかる音は、ざわめきの中でもしっかり耳に届いた。
さっそく手を伸ばして、一番左の方にあったおみくじを1枚摘み上げてから振り返る。
「ほら、クルルも」
「どれでもいいぜぇ」
「もー!」
しかし、ここで押し問答をしても埒が明かない。じゃあ仕方が無いと、上のほうにあるおみくじから1枚を引き上げて、クルルに渡す。意味があるのかは不明だが、受け取ったので良しとしておくことにした。
「……あれ?クルル、おみくじ読まないんでありますか?」
「んー……」
飛ばないように手の平の上でそっと掴んではいるものの、子どもは一向に結ばれたおみくじを開く気配を見せない。
「ひょっとして、開くのがもったいないとか?」
「べつにぃ?」
「んー……あ、じゃあまず我輩が、おみくじを開くお手本を見せるであります!!」
「いらねーし。そう言う割りに、ずいぶんと手間取ってるみたいデスガ?」
「いや!これは断じて紙の結び目をほどくことができない不器用さに苦しんでいるのではなく、いかに丁寧に紙を破くことなく開けるのかという職人魂!!――お、どれどれ?」
長々と喋っている間に、一結びされていた白い紙がパラリと解けた。慎重に紙を開いていき、肝心の文面に視線を滑らせる。
「――――末吉。『ちょっと気が緩んで、仕事が上手く進まない』――って……」
「クーックック……よくありそうな文章だなぁ?」
「っわ、我輩だって、一生懸命やってるもん!!今年だって――あとちょっとで終わるでありますが……ちゃんと作戦だって一杯考えたモン!!」
「全部結局失敗だっただろぉ~?」
「そ、それはあくまで、ただの結果であります……」
物事を成し遂げる際に大切なのは、その過程。
結構有名なその言葉を言い訳で使う情けない上司をクルルは可笑しそうに眺めていた。
「じゃ、じゃあ、クルルはどうだったんでありますか!?」
慌てて自分のおみくじから話を逸らすように叫ぶと、自分以上に綺麗に紙を開いて、ぺらりと差し出してくる。
見れば、一番上には『中吉』と書かれていた。
「……何か、納得いかないであります……」
「日頃の行いの差ってやつ?」
「余計納得できないって!!」
「ならやるよ。コレ引いたの隊長だしなぁ~?」
ホレ、と何の未練も躊躇いも無く差し出される紙。しかし、それを受け取る代わりに、その折れそうなほどに細い手首をそっと片手で包んで、おみくじを結ぶための柵へと誘う。
「結べば、厄も無くなるって言うし」
冷え切った手首が、自分の体温でじわじわとあたたかくなっていく。あったかいからなのか、クルルはその手を拒んだりはしなかった。
「でも、」
「?」
「隊長の場合、『占い』よりも『予測』の方がしっくりくるな」
それ、とおみくじを指す。
「いや!!コレ、あくまで占いだし!?」
コワイこと言わないでよ!?と叫んだとき、よく知った声が自分たちの名前を呼んだ。
「隊長殿!クルル殿!」
「2人共、ここにいたんですかぁ~」
「お、ようやく到着したでありますか」
3人は最初から一緒だったのか、そろって神社に到着。
さっそくお参りの列に並ぼうかとしたところで、ギロロとドロロの視線が、じっと掴んだままの手と手首を見ていることに気が付いた。
気が付いたのだが、今は敢えて知らん振りをしようと、そのまま歩き出す。
(――今日くらいは、見逃してよ)
せめて、あと少しの『今年』の間は……。
《終わり》
手を合わせて思うのは、願いか、祈りか……。
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