不可解かつ不条理な事象
「……出掛けるのか?」
思わず、深い考えもなく疑問が出てきた。何故か玄関からではなく、庭に面したガラス戸から出て来たクルルは、あっさりと頷く。その際、緩く両耳の下辺りで結んだ長い金髪が、フワリと揺れた。
「――どこへ行くんだ?」
「どこでしょ~?」
「……誰と、行くんだ?」
「さぁ~?つーか、アンタは何でそこにいるんだぁ?」
2つの質問をはぐらかした癖に、逆にそんな問い掛けを寄越す。その口元が皮肉を含む嗤いを浮かべるのを認めて、ついさっきまでの屈辱がよみがえってきてしまった。
今朝、ケロロが例の如くクルルに作らせた発明品でくだらない騒ぎを起こした後。これもまたいつも通り、夏美の怒りを買い、そして何故か巻き込まれただけの自分まで『おしおき』を受ける羽目になった。
ようやくついさっき解放されたばかりで、血が上った頭がくらくらする。
武器を磨くことも出来ずブロックに座って休息をとっていた所に、クルルがやって来たのだ。
(……しかし、何故コイツだけが……)
ケロロの企みを知った上で加担したクルルだけが、ちゃっかり『おしおき』を免除されたことが納得いかない。
そうした憤りを感じつつも、今はそのことで相手を怒鳴ることに気が回らなかった。
今日のクルルは、いつもの作業着(白衣を羽織るか、ツナギ、もしくはジャージ)ではなく、どこへでも行けそうな私服姿なのだ。クリーム色の薄手の上着を身に着け、痩せた脚を黒色のロング・パンツで覆っている。スニーカーとブーツを混ぜたような赤い靴に合わせ、チェック柄のキャスケット帽子も被っていた。
衣服の組み合わせだけを見れば、やや中性的。
しかし、二つ縛りの効果だろうか。今のクルルは、自分の目に『少女』としてしか映らなかった。考えようによっては、随分と失礼な話かもしれないが。
(それよりも……)
――――ガシッ。
「……おい、オッサン」
「オッサンではない!」
「手、離せよ」
やはりこちらの言葉を無視して、クルルは手首の辺りを指し示す。日に焼けた自分の手が、病的に白い少女の手首と並ぶと、その違いには目を見張るものがある。
離せ、というクルルの手首を掴んだまま、目を合わせた。
「誰と行くんだ?――――いや」
「……?」
「俺も、行く」
「――――――――はぁ?」
何故か、と雄弁にその眉間の皺が語る。それをあえて気付かない振りをして、もう一度同じ言葉を繰り返した。
そんな、少女にしか見えない格好で。
いつもならば、天気が良かろうが悪かろうが、ラボに篭ってばかりだというのに。
――まるで、『デート』にでも行くような、そんなシチュエーション……。
「……オッサン」
「オッサンではない」
「あんた、何くだらねぇ~コト考えてんだよ」
既に驚きはナリを潜め、その表情に浮かぶのは『呆れ』のみ。そんな相手に対し、今回は負けじと言葉を返した。
「くだらないと言うならば、一体どこのどいつとどこへ行くつもりなのか、言ってみろ!」
「何でいちいちアンタにそんなこと言わなくちゃなんねぇ~んだよ。いい加減手、離しやがれ筋肉バカ」
「どこのどいつだ!?まさか、男ではないだろうな!!?」
「アホか。こっちの話聞けよ」
「貴様がそれを言うな!!」
どんどん、いつの間にか話の軸がずれていく。外聞を気に掛けることを失念して、半ば怒鳴るように言葉を重ねていくと、その場にそぐわぬ控え目な声が、自分たちの名を呼んだ。
振り返るとそこには、忍装束ではなく洋服を着た、青い幼馴染。
「――ドロロ……」
「……あの、ギロロ殿」
「――?」
一瞬、ドロロとクルルの視線が合った、ようである。その直後、クルルは溜息を吐き、苦笑したドロロが自分に向き直って口を開いた。
「これから水族館へ行くのでござるが――もし興味があるというのであれば、是非、一緒に」
ふんわりと、まるで女のような柔らかさで微笑んで見せる。そんな幼馴染の言葉を聞いて、初めて自分の思い違いに気付いた。
(――――ドロロ、だったのか……)
確かに、いくら昔からよく間違われているとは言え、れっきとした男ではあるが……。
しかし、相手がドロロならばそうと、素直に言えと思う。
(……いや、コイツはこういう奴だった……)
素直なクルルなど、想像できない。むしろ、恐ろしい。
己の勘違いについては、理解した。だが、一体ドロロとクルルがどんな話をしながら出掛けているのか――ということについては、興味がある。
何故か、昔からこの2人は存外一緒に居ることが多いのだ。
それに、一度「行く」という発言をした後に言葉を覆すのは抵抗がある。
どうせ、自分はこの後に特別な用事がある訳ではない。
そういった経緯で急遽、自分は2人の水族館行きに同行することになった。
目的地は、電車で何駅か行った町にあるという。
到着すると、そこには想像していたよりも小さな建物が、ビルの間に挟まれてこじんまりと存在していた。中に入ると、受付で1人の老父が退屈そうに新聞を広げている。
「こんにちは」
「――――何じゃ、また来たのか……ん?」
緩慢な動作で、老父は引き出しから2枚、券を引っ張り出す。そして、そこで初めて目が合い、相手ははっきりと眉間に皺を寄せた。
その時、2枚しか出していない券を見ていたクルルが、すかさず皮肉を口にする。
「3枚だぜぇ~、老眼」
「やかましい!……何じゃ、そっちの赤いのは」
『そっちの』扱いをされて、いい気はしない。口の悪そうな老父は、掛けていた老眼鏡をカチャリと外して、剣呑な視線を向けてきた。
初対面だというのに、そこには敵意に近いものが含まれている。
流石に、クルルのような悪態を吐くことは憚れるが、ただ黙っているだけの状況は、性に合わない。
視界の端で、クルルが嗤っている。
刺々しい空気が漂う中、それまでうろたえていたドロロがフォローをしてきた。
「あ、あの、彼は拙者の幼馴染の、ギロロ殿でござる!ギロロ殿、こちらはこの水族館の館長殿でござるよ!」
「ドロロ先輩、フォロー下手くそ」
ずばんと切り捨てる、クルルの評価。哀れなほどにショックを受けているようだが、生憎クルルの言葉を否定することはできそうにもなかった。
「――幼馴染?……ほぉ……」
「……?」
そこで、クルルとこちらを交互に見遣った後、再び引き出しから券の束を出す。
「――――まあ、見ての通りお前等以外に来ている物好きはいないからな。さっさと見るもんを見て来い。閉館までには出て行け」
その言葉と共に、ようやく券は渡されたのだが――どこまでも、口が減らない老人である。客商売としては、致命的なのではなかろうか。
「……ギロロ殿、その……」
「――いつも、あんな態度なのか」
大分受付から離れた所でそう尋ねると、ドロロは困ったように笑みを浮かべた。
「しかし、とても優しい御仁でござるよ?」
「……お前に言わせると、全員が『良い奴』になりそうだな」
自然と、口元が緩む。
昔から変わらないドロロの、こうした物の見方は長所だと思っている。軍という組織内では、『弱さ』として見られることもあるが、人としては好ましい面だろう。
(――ん?)
そこで、ふと近くを見ると、さっきまでいたはずの少女が居ない。
もう少し前を見ると、いつの間にかクルルは1人、水槽に向かって歩いて行ってしまっている。まるで、自分たち2人の存在など無いとでも言うように……。
「――っおい、クルル!」
「ク、クルル君!」
早歩きで何とか追いついたが、クルルは本当に魚を見ているのかと疑いたくなるような速さで通路を進む。一応、視線だけは水槽の方を向いているが――。
「おい」
「あ?」
「もう少し、ゆっくり見て行かないのか」
「見てるだろぉ?」
「『ゆっくり』と言ったんだ!」
「ま、まあまあ2人共……」
幸い、あの老人の言葉通り、館内には他に客がいなかったため、迷惑をかけると気に掛ける必要は余り無い。
「大体、ココの生き物は何回も見てるぜぇ?今更、じっくり観察する対象じゃねぇよ」
さっくりとそう言い切って、話はそこで終わりだと言わんばかりに言葉が切れる。歩調は、変わらない。
「……見るものが無いというのなら、何でここに来たんだ……」
「クルル殿は、『見に来た』のでござるよ?」
「――――?どういう意味だ?」
横から穏やかに言葉を紡ぐドロロに、思わず説明を求める。
『観察するものがない』と、たった今聞いたクルルの言葉と、矛盾しているような気がしたのだ。
「じっくりと見なくとも、今日も生きている――と。そういったことを、確かめることは出来るでござる」
「……」
「クルル殿は、『様子を見に来た』のでござるよ」
優しさ、というものを凝縮した表情があるのだとすれば、今のドロロのようなものなのだろうか。
先を行くクルルを見る眼差しは、周囲から見ても分かるぬくもりで満たされている。
(――ドロロから見るクルルは、そう、なのか……)
もしかしたら、ドロロは自分とは違う、クルルの面を知っているのかもしれない。そう思うと、何故か胸の辺りがチリッと疼いた。
クルルは、相変わらず歩みを緩めることは無い。
そうこうしている内に、いつの間にか出口付近にある土産コーナーに着いてしまった。
「あら?今日は別の方も一緒なんですね」
「館長の娘さんでござる」
あの老人の娘だと紹介された女性は、あの老父とは対照的な微笑を浮かべて軽く会釈をする。慌てて頭を下げると、またしても背後でクルルが喉を鳴らして嗤った。
「もしよろしければ、少し見て行きませんか?いくつか新商品を入荷したんですよ」
「クックック……商売っ気出してるじゃね~か」
「あら、だってそれが私の仕事ですよ?」
「クーックックック……」
「ふふふふふふ……」
そうした軽口を言い合う2人から1歩離れ、ふと、気に掛かっていたことをドロロに尋ねようと口を開く。
「何度くらい、ここに来たことがあるんだ?」
館長とのやり取りといい、今の女性との会話といい、おそらく1度や2度の来館ではないだろう。ドロロは少し考えるような様子を見せた後、「確か、7回目でござる」と答えた。
「クルルとか?」
「っ……う、うん……」
――何故、そこで赤くなるのか……。
俯いてモゴモゴと口を動かす幼馴染は、1度こうなるとなかなか復活しない。
こういう場合はそっとしておくのが一番だと、付き合いの長さで分かっているため、そっとその場を離れた。
全体に見合った広さの土産物コーナーは、きちんと品物の整理が行き届いている。
その中に、貝殻や石がついた髪留めを見つけて、思わず手に取った。乳白色の落ち着いた色合いのソレを持って、ポストカードを眺めていたクルルの髪にそっと当ててみる。
「……」
「……何だよ」
「……いや……」
それは、金色の髪と想像以上に合っていた。
何となく、でしたことである。もしかしたら似合うのではないか、と思った。
いつもはラボに篭ってばかりで、夏美やモアたちのように身なりに気を遣うことをしないコイツが、今日は珍しく少女の格好をしている。だから、たまには――と。そんな、軽い気持ちでしたことだった。
しかし、次の瞬間。
クルルの眉間に、皺が寄った――――と同時に、ぐきぃっ!と。音を立てて、左足の小指が、力一杯踏み潰された。
「―――――~っ!!?」
重力を味方にしたその攻撃は、悲鳴さえも出せないほどに、きく。痛みを堪えるこちらを無視して、クルルは少し離れた場所で売られているスタンプを見に行った。
(……っあ、いつ……!)
生理的な涙を拭い、顔を上げる。
すると、何とドロロが貝殻の首飾りを持って、クルルに近付いていくところだった。
止めようと思い手を伸ばすが、言葉が何故か喉の奥に引っかかって出てこない。
ドロロは微かに頬を上気させ、嬉しそうにクルルの首にそれをつけた。
「クルル君に、似合うと思って……」
「……」
満面の笑みを向けるドロロに対する、クルルの言葉は無い。言葉は無いが、おもむろに少女はアクセサリーコーナーへと足を向けた。
そして、戻って来たクルルの手には、今自分が持っているものと色違いの髪留めが握られている。それを、パチンっとドロロの髪につけたのだ。つけられた方は、目を丸くしている。
「え……?」
「クーックックックック……」
「あ、あの……クルル君……?」
「可愛いぜぇ~?せーんぱい」
――女の子みたいで。
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべたまま、子どもが紡ぎ出した一言。それは、ものの見事にドロロのスイッチをねじ込んだようだ。
半べそ状態になったドロロをからかうクルルは、活き活きとしている。少なくとも、機嫌は悪くない――と思う。
(――この、扱いの差は、何だ……?)
踏み潰された小指は、じんじんと痛む。
じゃれあいのような2人の様子を眺めつつ、何か不条理なものを感じずにはいられなかった――。
《終わり》
『春一番?プチお祭り、であります!』11作目です。こちらは、ほたるび様限定でお持ち帰りを歓迎いたします!
ほたるび様、リクエストをしてくださり、本当にありがとうございました!!
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コメント
こんばんは。失礼します。
素敵なお話ありがとうございました!
こう、何も気づいていないギロロの目線で話を見ているとすごく歯がゆい感じが、ムフフvvってなります。
鈍感を通り越したギロロって設定、きっかけはやっぱり「俺様世界」さんで、自サイトのギロロにまでこの設定をつけるくらい好きです(すみません、勝手に;)。
ラブラブっぷりを目の当たりにしてるのに理解してないギロロは愛おしすぎます(笑)
そして相変わらずドロクルの空気が穏やかな甘さで最高にキュンとします!vvああー!可愛い!
企画完了お疲れ様です。大変濃い12日間でした。素敵な♀クルルをいろんな角度で読むことが出来て幸せでした^^
それでは失礼いたします。
投稿: ほたるび | 2009年4月30日 (木) 00時21分