スペシャリストの見解
「うわぁー……すごいや!」
目の前には、天辺が見えないくらいの本棚。端から端まで、ぎっしりと本の背表紙が競い合うように並んでいる。冬樹は、その光景に目を輝かせた。
(でも、温泉宿にこんな図書室があるなんて……)
今日は、皆で西澤グループの運営する温泉宿に泊まりに来ている。土、日の連休を貸切の宿で過ごすなど、庶民である冬樹の感覚とはかなりズレが生じているのだが。
夕食は、山の幸をふんだんに使ったフルコース。
その後全員で露天風呂に入り、定番ということで卓球をすることになった。ついさっきまで、冬樹も久しぶりの卓球に興じていたのである。
運動には苦手意識を持っているのだが、ケロロとやる卓球は面白い。
ケロロは、冬樹が打ち易いようにピンポン球を返してくれるので、ラリーはとても長く続く。大体5分程打ち合っていた訳であるが、それからいつもの如く、いつの間にやら和やかだったはずの雰囲気ががらりと変わり、激しいバトルが勃発したのだった。
夏美とケロロ、小雪とギロロ、桃華とタママという3種の対戦カードは、見ごたえ充分である。しかし、余りにも延々続く終わりの見えない試合は、倦怠感を招き寄せた。
その時、冬樹はこの図書館のことを思い出したのである。
宿に到着して、桃華とポールが宿の中を案内してくれた際に、『自由に使ってくださいね』と言っていた。幅広く収集された本の中には、大層珍しいものもあると言う。
教えられた瞬間、あれほど感激して『後で絶対行こう!』と思っていたというのに、今の今まで忘れていた。
そんな自分に苦笑しつつ、ゲームの邪魔をしないようにと気遣ってあの場を去り、今に至る。
(どれから読もうかな……)
冬樹が見つめる先には、『超心理学』と呼ばれる分野の本たち。オカルトの類は、ここに分類されることになっているのである。ちなみに、この図書室の中で一番充実している書籍は、超心理学分野のものだ。
冬樹も、オカルト分野の本は沢山持っている。しかし、何分一介の中学生男児のお小遣いで買えるものは、多くない。オマケに専門書の類は、本屋によって扱い方が大きく異なる。入手出来るか出来ないかは、一種運に左右されるのだ。
だから。
ここは、『宝物の山』だった。
どうやって集めたのか、絶版となって久しいものまで並んでいる。
(――あ、裏側にも続いているんだ)
番号順に眺めて行くと、どうやらこの棚の裏側にもオカルトの本が並んでいるらしい。
――折角なのだ。一通り何があるか、見てみたい――。
「――――あ、」
曲がって反対側を見ると、そこには先客がいた。
「クルルも来てたんだね」
「クッ……ゲームは終わったのかぁ?」
手に持っている本から視線を上げて、嗤いつつ問い掛ける。冬樹はちょっと苦笑しつつ、緩く首を横に振った。
「まだだと思う」
「よく飽きねぇ~なぁ……」
「軍曹たちは、すごく体力があるよね」
「役に立っているかは別だぜぇ~」
「う~ん……」
否定はできない。
言葉を濁す冬樹に含み笑いを見せ、クルルは視線を本へ戻す。
(そういえば、クルルはすぐにどこかへ行っちゃってたんだ……)
卓球の試合が始まって早々、この少女は『いち抜け』ていた。てっきり部屋に戻ってノートパソコンを使っているのかと思っていたのだが、この様子だとずっとここにいたようである。
ページを捲る手が、休むことなく動く。
白い指だ。肉付きはほとんど無く、ほっそりとしている。爪の色は、温泉に入ってから大分時間が経ったからだろうか、紫色の青みが増していた。
「――――クルル」
「あ?」
「寒くない?」
「ああ……別にぃ」
目は活字を追ったまま、声だけで返される言葉は短い。
長い金髪はひとつに纏められ、大きなヘアクリップでアップにされている。いつもは髪で隠れている首筋が隙間からのぞき、やはりそこも、白かった。
ふと、本棚の間……今、自分たちが立っている通路の床に、羽織が一着落ちていることに気付く。クルルの真後ろに落ちているのだから、おそらく最初は肩に掛かっていたのだろう。
冬樹はそれを拾い上げ、軽く払ってからクルルに差し出した。
「コレ、クルルのだよね。湯冷めしないように、着ておいた方がいいと思うよ」
「……あー」
「?」
「……」
少し間があったが、結局クルルは一応羽織を受け取った。そして、袖は通さずに軽く肩に引っ掛け、読書を再開する。
(……あれ?)
肩に羽織ったそれは、よく見るとクルルの体に合っていない。こうした着衣は、体よりも大きいゆったりとしたサイズのものを身に着けるが、その羽織は明らかにクルルには大きすぎる。
折角肩に掛けたというのに、またすぐに落ちてしまいそうだ。
(誰か、他の人の羽織なのかな……?)
「――で?」
「え?」
「さっきから、ボケーっと突っ立ってるが……本を選んでたんじゃねぇのかよ?日向弟」
図書室に入ってから初めてクルルが自発的に言葉を発した。そのことに少し驚いて、反応が遅れる。一瞬、ぽかんと呆けた冬樹の様子をクルルは愉快そうに観察しているようだ。
「あっ……そ、そういえば、クルルは何の本を読んでるの?」
ボケーッとしてしまったことが少し恥ずかしくて話題を変えると、クルルは微かに口角を持ち上げ、それに乗ってきた。
「ホレ」
「えーっと……倫理?」
「そ」
「楽しい?」
「さぁ~ねぇ……」
「……クルルって、本も読むんだね」
言ってから、この言い方はもしや誤解を与えるのではないかと、慌てて言葉を付け加える。
「あの、変な意味じゃないよ?ただ、クルルはコンピュータで沢山の情報を集めてるから……」
「――クックック……まあ、場所によるなぁ……?」
「場所?」
「この星のネットワークは、宇宙規模で見りゃあ原始的だ。そして、歴史は浅い」
「……確かに、使い始めてからはまだそんなに時間が経ってない、よね」
宇宙規模、という話については判断しきれない面が残る。が、使用年数が短いということは事実である。
「新しいモンを詰め込むことさえ、満足にやれてねぇみたいだからなぁ。古いモンは後回し。なら――」
「地球の、昔から続く理論は、本を見たほうがいいってこと?」
「ヨクデキマシタ」
「そっか……」
クルルの考え方には、筋が通っていた。そして、それは合理的な情報入手ルーツを形成している。
(そういえば、こうやってクルルと1対1で話すことって、あんまり無かったな……)
普段、余り会話をしない相手と話をすると、おもしろい。自分が思いつき難いものの見方を教えてくれる。
クルルは、会話の途中から本を読み始めていて、丁度たった今読破したらしい。パタンっと本が閉じられるのを見届けて、冬樹は口を開いた。
「それ、貸して貰ってもいいかな?」
「ク?」
「駄目?」
「……クック……オカルトとは違うもんだぜぇ?」
図書の分類では、大きく『哲学』に括られてはいるものの、学問として研究する視点は、全くと言っていいほどに異なる。
専門分野じゃないだろう、と言うクルルの言葉に対して、冬樹は笑顔で答えた。
「やっぱり、広い知識が欲しいんだ」
さて。
そうした会話を聞いている人物が、実はココにもう1人居ることに、未だ冬樹は気付かない。
その存在に気付くことなく、クルルと2人、宇宙のこと、オカルトのこと、芸術のことについて話に華を咲かせている。
(……出て行けないよぅ……)
棚1つを隔てた場所で、ドロロは膝を抱えていた。
本当は、クルルと一緒に図書室へ来ていたのだが、ドロロは読む本のジャンルが固定されているため、クルルとは違う本棚の場所に居たのである。
冬樹に、気付いて貰えない。
クルルに、軽く忘れ去られている。
――――何より。
今、2人の前に出て行っても、話についていけないことが分かり切っていることが、辛い。
(……うぅ……)
膝に顔を埋める自分は、何て情けないのだろう?
楽しそうに話している2人と、今の自分の間にある、越えられない壁を感じずにはいられない。
(どうして……こう、なんだろう……)
落ち込んだ青年が発見されるのは、20分後。
冬樹を探しに来た桃華。その時、一緒に来ていた小雪は、そんな青年を見つけて優しく慰めの言葉を掛けてくれるのだった。
《終わり》
『春一番?プチお祭り、であります!』7日目です!こちらの小説は、しろ様限定でお持ち帰りを歓迎いたします。しろ様、リクエストをしてくださり、本当にありがとうございました!!
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コメント
遅ればせながら読ませていただきました。
風変わりなリクエストにも関わらずこんなにも素敵なお話をありがとうございます!
付き合っていようがナチュラルに存在を忘れられるドロロ…
誰に対しても優しく気を使える子に気付かれないドロロ…
まさにドロロクオリティー!
本当にありがとうございました!
投稿: しろ | 2009年4月28日 (火) 22時07分