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夜明け前の月

これは、ケロケ4で発行した『宙色ヒーロー』の補完的外伝話となっております。時間軸としては、『夜明け』の真ん中辺りになるかと……。

 

  

 スラム殲滅作戦から、もうすぐ一夜が明ける。

 

 ソレは、1人で歩いていた。

 1人、というか、ソノ境界は濃縮した闇とほぼ同化していて、正確な形は見ることも感じることも難しい。

 しかし、ソレは確かに歩いていた。

 そして、ズラリと同じような色形をした扉が並ぶ中、左端の扉の前で止まる。

 ソレが止まって幾許も経たぬ内に、ゆっくりと扉が開いた。

 蝶番の、錆びた音。半端に開かれた分の小さな隙間から、小さな、1人の子どもが姿を現す。

「――――クルル少佐殿」

 闇は、ゆっくりと形を変える。

 やがて、闇から切り離されたソレは1つのモノとなり、1人の男の姿となった。

 若くは無い。しかし、老父と断言するのはいささか抵抗を感じさせる。

 男は変声期にかけた耳障りな声で、子どもを「クルル少佐」と今一度呼んだ。

「部下の様子が気になるかぁ?」

 皮肉の言葉には、男は無反応。

 その代わり、儀礼として膝を折り、頭を垂れる。軍において、上官に対する礼を示すための行為だ。

「――我等が部下、数々の非礼、ご迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げます」

 全く感情のこもらない謝罪の言葉に対し、子どもは怒るわけでもなく更に口角を上げただけである。

「わざわざ部下の不始末を詫びに来る暇が、アンタにあるとはな」

「貴女はそれだけの地位に就いておられる」

「階級を必要としない奴が地位を持ち出すか」

「――気に障ったのであれば、謝罪いたします」

「クックック……で?用はもう済んだだろう?いつまで居るつもりだ」

「……このまま、貴女を地下まで送り届けるよう、命を受けております」

「首をとる、の間違いじゃねぇの?」

「そのような命は受けておりません」

 自分を殺すか、と嗤って問い掛ける子ども。

 静かな一定の調子を崩すことなく応じる男。

 淡々と続けられる会話には、何かが欠け、何かが交ざり込んでいる。

 子どもは、問い掛けを否定した男を一瞥すると、そのまま何も言わず歩き始めた。

 男はその後ろを、一定の距離を保ってついて行く。

「おい」

「何か」

「どういった風の吹き回しだ」

「――おっしゃっている意味が、分かりかねます」

 小さな歩みが、止まる。

「邪魔だぜぇ。言いたいことがあるなら、サッサと言え」

「……言いたいこと、ですか……」

「……」

 そこで初めて、男は感情らしきものの片鱗を見せた。

 感情というよりも、『幼さ』と形容するべきか。言葉が揺れ、心なしか舌足らずな喋り方になっている。

 そして、子どももまたそんな男の態度に対し、大きな赤い目を丸くしてあどけない表情をしていた。

「……言いたい、こと……」

「――――ジララ大尉」

「……」

「言いてぇことがあるのか、無いのか」

 呆れを含んで子どもが言葉を重ねると、男は一度唇を引き結んでから、ゆっくりと口を開く。

「――――ゼロロ二等兵について、貴女の判断をお聞かせ願いたい……」

「……」

「アレは、暗殺兵として使えるとお思いか?」

 ケロン軍暗殺部隊を束ねる男らしくない言葉だった。

 子どもは、この男と今までの二年、決して深く関わっていた訳ではない。男は上層部の命令で、時折子どもの動向を観察し上に報告しているだけで、そう頻繁に接触する機会は無かった。

 上層部が一言命じれば、すぐに子どもを殺す。それまでは、ただ一方的に見張るだけのはずだ。

 そんな男が何故か今、子どもに対し問いを投げ掛ける。

 そして、答えをじっと待っていた。

(……使えるか、ねぇ……)

 

 子どもが、わずか2回の逢瀬から導く『ゼロロ』という男の性質。

(甘っちょろい)

 初めて会ったとき、自分が子どもだからと攻撃を止めた。

(んで、泣き虫)

 ついさっき、ひたすら涙を流していた姿が浮かんでくる。

 悲しみや憤りを涙にかえる術を、まだ失っていなかったということだろう。

(甘くて泣き虫で、見た目は弱そう)

 儚い美少女、と言った方が周囲は納得しそうな容姿だった。

 人の顔色を過敏な程に気に掛け、周りに振り回されて――。

(そのくせ、)

 頑固、なのだ。

 

 命令に逆らい、たった一人の少女の命を選んだ青年。

 

 男は、子どもの答えを待っている。

 口を閉じ、偽りの眼、見えぬ眼、見える眼――三つの眼全てが子どもに向けられる状況で、子どもは口を開いた。

「使えねぇな」

「――その根拠を教えていただけますか」

「随分食い下がるじゃねえか」

 いよいよ、この男らしくない。

 子どもの嘲笑に対する反応は一切示さず、男は黙って、じっと視線を向けたままだ。

(冗談が通じねぇトコだけは、いつも通りってわけか)

 つまらない、とは子どもの心の中だけの呟きである。

 やがて子どもは、小さな溜息を吐いた。そして、諦めの色濃い幼い声で、たった今の質問に言葉を返す。

「駒にならねぇだろ、アレ」

 唯々諾々と上からの命令に従う者を『兵士』、己の意思を持って戦場を駆ける者を『戦士』と使い分けることがある。そこに当てはめれば、『暗殺兵』はその字面通り前者に近い。

 上層部の命令には、必ず応じることが求められる。

(脳みそは必要だが、ソレは絶対だ)

 あの青年が子どもを『殺したくない』と思うのは勝手だ。考えや信条まで軍の上層部と迎合することは求められていないし、実質的に全員が同じ考えに殉じることなど不可能だろう。

 だが、命令には従わなくてはならない。

 自分の思いと違っていようが倫理道徳と相容れないものであろうが、『命令』として下された任務は遂行しなくてはならないのだ。

 上層部は、軍人の人間性や忠誠心を信頼などしていない。

 ただ、任務を遂行する者として、信用している。

 しかし、ゼロロは最終的に『任務』ではなく、『自分』を選んだ。

 

 いくら身体能力が高くとも、あの青年は暗殺兵としてやっていけないだろう。何年かは持つかもしれないが、近い将来に破綻することが目に見えている。

 

 男は子どもの答えを聞いてしばらく黙っていたが、暫くして再び言葉を口にした。

「――いずれ、アレは暗殺部隊から除籍します」

 それは、この男の中で既に決まったことであるらしい。

 子どもはその言葉に対して何を言うことも無く、何事も無かったかのように歩き出した。

 男もまたそれ以上何かを話すことも無く、ゆっくりと歩を進める。

 そして、子どもの研究室の前で男は姿を消した。

 

 全ての機械が停止している室内は、冷え冷えとした静けさが満ちている。

 珍しくモニター前の椅子には足を向けず、そのまま隣接する私室へ移動した。

 ベットと、机と、タンス。

 机とセットになっている椅子にフードを引っ掛けて、ぼすんっ!とベットに飛び込んだ。ベットはささやかに軋んだものの、小さな軽い体をしっかりと受け入れる。

 ベットの枕元に置いたままの時計は、午前3時を回っていた。

 ――――長かったのか、短かったのか。

(……つか、どっちでもいい……)

 疲れているとか眠いとか、そんな感覚さえも曖昧で。ただ、今すぐ何かをする気力も底を尽いていて、久しぶりのシングルベットの感触に全てを委ねてしまいたかった。

 何も考えずに、このままでいてしまえば、時間は過ぎていく。

 それでも、ふと思う。

 今回、果たして自分は何をしたのか、と。

(結局、スラムは焼けた)

 自分自身、今のスラムに思い入れなどは無い。だが、一度だけでなく二度までも軍のスラム街殲滅作戦を決行させてしまったことが、許せなかった。

(……許せない?はっ!)

 ――――馬鹿馬鹿しい。

 自分の思考を嘲笑って、目を閉じる。

 

 

 スラム街縮小を表向きの理由に据えた作戦は、一般人の耳に入ることなく、消されていくのだ。死者の数も、そもそも死者がいたことも、軍の謀略も、明るみに引き出されることは無い。

 馬鹿げた理由を『治安維持』などという大義名分で覆い隠して、行われた大量虐殺。

 ただ、幾人かの記憶に、薄っすらと傷跡として残れば大したものだろう。

(そんなモノだ)

 忘れられ、繰り返し、また忘れて、同じことを繰り返す。

 痛みをずっと抱えて生きることは、余りにも非効率的だから。

 だから、人は忘れていく。

 辛いこと、悲しいこと。

 信じたいと、守っていたいと願っていた『夢』や『理想』さえも――――。

 

 『――殺したく、ない……!』

 

(――ああ、でも、)

 もし。

 もし、あの甘っちょろい男が、この先も足掻いて変わらないとすれば。

 いつかまた会うことがあったら、今回の借りの『利子』を返してやってもいいか、と思う。

「――――ま、会ったら、だがな……」

 小さな呟きは、独り言。

 蒼い髪はもとの金色に戻り、枕に散る。そしてゆるゆると、子どもは眠りの世界へおちていった。

 

 ――――地上はもう、夜が明ける。

 

 《終わり》

空白の時間を埋めて

 

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