ジェラシー・ミルキー・ウェイ
お好み焼き、たこ焼きにかき氷、綿菓子にりんご飴。
地球のお金は持っていないから、これは全部モモッチが今日のためにくれたお小遣いで買った。
(お小遣いを貰うの、久しぶりですぅ~)
その代わり、今日、今来ているこの七夕祭りでは、モモッチの半径3メートル以内には行かないことになっている。だから、ソースがべっとりと味を誤魔化すようにかけられたどんどん焼きを頬張りながら、僕はこの奇妙な一団の後ろの方を歩いていた。
何人かを挟んだ前方で、何度もモモッチの手が隣を歩くフッキーの手の辺りを探るように近付いていって、触れる寸前でぷるぷるしている。
手を繋ぎたいんだろうなぁ~と思いながら、今度は目の前にいる赤髪の先輩に視線を移す。
ギロロ先輩の横には、紺色の浴衣を着たナッチーがカラコロと歩いていて、綿菓子を食べつつ楽しそうに道端の屋台を眺めている。ギロロ先輩はナッチーの左隣を歩いていて、でも、ナッチーの左手は綿菓子が大事そうに握られていて――。ナッチーの右手は、右隣のユッキー(小雪)の左手と繋がっている。
ギロロ先輩の、あからさまに落ち込んでいる様子には、ほんの少し同情した。
僕等は大きな笹が飾られているらしい公園に向かって、道沿いの屋台を冷やかしながら結構な大人数で歩いていく。時々、すれ違う人が物珍しそうに視線を向けてくるのには、何故か悪い気がしない。
だけど、そんなふわふわ気分も耳に届いた甘ったるい声でぶち壊しになった。
「おいしいですね、おじ様!」
(――――っちぃ!あのアマァ……!!)
殺気を込めた睨みで正面を見据えると、ギロロ先輩とナッチーの隙間から、軍曹さんとその隣に居やがるあの女の姿がある。何とよりにもよって、あの女の手から軍曹さんがりんご飴を一口、がりっと齧る所だった!
そして、軍曹さんはあろうことかあの女に対し、当然のように「ありがとうであります!」なんて言っている。
(――――っおのれぇ……僕の軍曹さんと何イチャついてんだ離れやがれゴラァ……!)
そう、いつもならすぐに飛んで行って2人を引き剥がすのに、こんな賑やかな人込みでは、そんな日常事をするのが難しいのだ。
モモッチとの約束。
ギロロ先輩とナッチーの、狭くて広い溝みたいな隙間。
改めて周囲を見回してみると、右も左もカップルばかりで。まるで独りで歩いているのは、自分だけのような気がしてきた。
(……別、に)
――――寂しくなんて、ない。
好きな人が隣に居なくても、寂しくなんて無い。
むしろ。
「――――タママ殿?」
「…………ふぇ?」
「何、急に立ち止まってんだよ」
言われてようやく、いつの間にか自分の足が止まっていたことに気が付いた。
結構後ろに居ると思っていたドロロ先輩とクルル先輩が、真後ろに居る。振り返ると、不思議そうに首を傾げているドロロ先輩の隣で、そのひとはニヤリと、いつものように嗤っていた。
(……うわぁ……性格悪いですぅ……)
この、全てを見透かしたような嗤い方は本当に腹が立つし、何か悔しい。
それでも何も言うことができないのは、一重に有能過ぎる参謀の『報復』が恐ろしいからだ。
(――――でも、)
今日のクルル先輩は、秋ママの浴衣を着ているからか、いつもと雰囲気が違う。
橙色の浴衣を着て、うっすらとお化粧もして、本当に女の人にしか見えない。そして、やっぱり美人だった。
本当のことを言ってしまえば、カンに触るさっきの嗤い方だって、いつもよりはつい許しそうになる。
それ位、今日の先輩はキレイ。
ドロロ先輩が僕の名前を呼んで何か訊いてくる。それを無視して、僕の頭が出掛ける前のことを思い出す。
(クルル先輩は、浴衣を着たくないって言って。ナッチーたちが頑張って、結局予定よりも15分くらい遅れて、皆が家の前に集まって――)
そして。
顔を、赤く、真っ赤にして。
この蒼い髪を持つ男は、クルル先輩に言った。
『――――っとても、似合ってる、よ……!』
(本当、何年付き合ってるのかって感じですぅ……)
詳しくは知らないが、それでも自分が小隊に入隊する時にはもうこの2人は恋人同士になっていたのだから、1年2年の付き合いではないだろう。
今、この恋人たちは手を繋いでいる訳じゃない。
それでも、こう、並んでいるだけで何となくしっくりとくるというか……『それで充分』な感じがする。
べたべたしていないのに、『そういう意味』でいい雰囲気というか……。
ちらりとやや上目遣いに窺い見ると、2人は何か言葉を交わしているようだった。近くに居るのに内容が聞こえて来ないのは、単なる音量の問題だろうか。それとも、クルル先輩がドロロ先輩の耳に口を近づけて、口元と耳を隠すように手で覆い隠しているから、なのだろうか……。
(……むぅ、)
前も後ろも、『自分たちの世界』に、居る。
(僕を、はじく)
自分たちだけ幸せそうに大好きな人の隣に居て、大好きな人に、大切にされて――。
(――――むかっ腹ですぅ!!)
むぎゅっ!
「……えっ?タ、タママ殿……?」
ドロロ先輩が、さっきよりも困った声で名前を呼ぶ。
そして、反対側からは呆れたような声で、
「離せ」
なんて言葉が投げられた。
「嫌ですぅ。今日の僕は、ココに居ることにしたんですぅ!」
左にドロロ先輩。
右にクルル先輩。
繋がれていない手の間に割り込むのは、拍子抜けするほど簡単だった。
2人それぞれの片腕をしっかりと掴んで、立ち止まっている僕等を待っている人たちの方へ走り出す。クルル先輩が下駄だったから少しバランスを崩したけど、何とかそのまま走って行くことができた。
「……どうしたんだ?」
この、3人並んだ状態を不思議に思ったんだろう。ギロロ先輩は眉間に皺を寄せて尋ねてきたけど、「何でもないですぅ!」と言っておいた。
ドロロ先輩とクルル先輩の関係を知らないこの人には、きっと説明したところで通じない。
「んじゃ、改めて公園目指して、出発!」
僕よりもずっと年下の子どもみたいに目を輝かせるその人には、今できる1番の笑顔で、大きく頷く。
歩き出してしばらくした頃、ぐんっと空を見上げると、朝から空を覆っている分厚い雲で星は全く見えなかった。
「――――どうされた?」
「……えへっ!何でも無いですぅ!」
「……くっつくんじゃねぇ」
「えへへへへぇ~」
気付かれていない。
きっと、誰も気付かない。
(――――嗤うのは、僕だけでいい)
《終わり》
誰かの幸せが見たくない時
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