くちびるの味
雨が、降ってる。
洗濯物が乾かないから、最近では洗濯機を回すのは2日に1回。だから、家事内容は半減して、今日は、ぶっちゃけ暇……。
「――あのさぁ」
――クルル。
名前を呼んだら、気の無い返事は返された。
(クルルにとっては、晴れでも雨でも嵐でも関係無さそうでありますなぁ)
どうでもよさそう。
そんな、この子どもにとっては瑣末なことで、自分は色々振り回されているのだ。
(――――あ~、きつ……)
自分は、酔っている。らしい。
何に?
もちろん、湿気に。
雨が降っているのは地上で、ここは日向家の地下に埋まっている自室。扉はあれど外に繋がる窓なんてものは当然無いというのに、じっとりと纏わりつく空気は流れ込んできていて、部屋の中に充満している。
ケロン人では、湿気で気分が高揚するという症状は珍しくない。しかし、自分の場合はそれが他人よりもちょっと激しくて、『悪酔い』する方だ。
(酒よりも、タチが悪い……)
酔いは、理性を削り取る。
地球に来てから1度、見事に理性を失って酔いに任せた大暴れを披露してしまったため、それ以来は薬で症状を抑えていた。ちなみに、今だって薬はちゃんと飲んでいる。が、100%ホルモンバランスを維持させることが出来る訳ではないので、やっぱり今の自分は多少、酔ってる。
(……ムカムカするであります……)
薬で無理矢理押さえ込んだ衝動が、胸の内で暴れているのだろうか。
「――クルルぅ」
「あー」
「気持ち悪い……」
「ふぁいと」
――ああ、他人事だと思って。
気の無いエールが恨めしい。それを自覚すると、余計体内のモヤモヤが膨れ上がった。
ごろんと寝転がると、ぐるんと胃が捩れたような気がする。体を倒せば楽になるかと思っていたのだが、余計に気持ち悪くなった。
「…………くるる、」
「薬の副作用なんだから、仕方ねぇだろ。寝ろ」
「……膝枕、しーてー」
体勢による必然的な上目遣い。
やるよりもむしろ、本当はクルルにやって欲しい、なんて。現実逃避気味にそんなことを考えてみる。
「くっ……寒」
「病人はいたわってよ」
「この俺様に、そんなオプションはついてねぇよ」
「……いーもん、かってにやるもん……」
宣言して、ずるずると肉がこそげ落ちているような硬い膝によじ登った。
ジーパン越しでも分かる、細くて硬い脚。寝心地は普通に考えれば良くないけど、自分にとってはふかふかで且つシルクカバーに包まれた枕よりも、心地よい。
1回、「邪魔」って叩かれたけど、ぎゅぅーって腰に抱きついたら呆れられて黙認された。クルルは凝り性だけど、日常生活では面倒臭がりだから、押して押して我侭を言えば、ちゃんとOKをくれる。
面倒臭いことが嫌いだから、いつも我侭をきいてくれる。
(……あ~あ)
勘違いをしたい。
でも、今は二日酔いのような気持ち悪さと闘っている最中だから、そんなことを考えるのは後回しにした。
骨っぽい膝に後頭部を預けると、視界の上側に紫がかった形の良い唇が映る。
「……ちゅう」
「……」
「ちゅー」
「……」
「ねえクルル」
「ねろよ」
「あのさ、女の子の唇って、甘いんだって」
「――――?」
「だったらさ、クルルの唇は甘い?」
舐めて、合わせて、ちょっと噛んで。
(どんな味が、するのかな?)
キスを、したい。
いつもみたいに、おふざけのような調子で言えているだろうか。
(くちびる、)
女の子の、唇。
クルルの、唇。
女の子の唇が甘い、なんて例えは、その辺の恋愛ものにはごろごろ書かれている。
(果物とか砂糖の味がする、なんて……そこまでは流石に思っていないでありますけど)
それでも、仮に『甘さ』が存在するのならばそれは、目に見えない『喜び』や『幸せ』によって錯覚するものなんだろう。
「――――くるる、ちゅー」
好き、なんて。
気持ちなんて、伝わらなくていいから。
ほんの少し、一瞬だけ、このどうしようもないものに、形ばかりのご褒美が欲しい。
べったりと床に張り付いていた手を引き剥がして、『ご褒美』を求め、手を伸ばす。
(さて、)
どんな反応が返ってくるのだろうか。
努めてじっ、と目を合わせようと努力していると、無表情をつくっていた彼女の唇が、にんまりとわらった。
「たいちょー、」
「んー?」
「覚えときなぁ」
「……?」
「女の唇は、大抵苦いぜぇ」
弧を残したままの唇から出てきた台詞で、ああやっぱり、と溜息を吐く。
「……それってさぁ、」
錯覚でも何でもなく。
「口紅とか、リップクリームの味でしょ……?」
「クーックックック……隊長にしてはマトモな回答だなぁ。いっそ、ずっとそうやって寝込んでた方がいいんじゃねえの」
「ひっど!!我輩、かなり傷付いたであります!!」
「そりゃよかった」
「うわーん!クルルのいけずぅ~!!」
嘘泣きして縋りつくと、今度こそ頭をグーで殴られた。
痛い、と泣いて、転がって、もっと硬くて冷たい床にゴロンゴロンと転がり落ちる。それに伴って、あの形の良いきゅっ、とした唇が遠ざかっていった。
(……あ~あ)
――本日もまた、作戦失敗。
(キスなんてしてないのに……口の中が、苦い)
《終わり》
今日も元気に片思い
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