熱帯夜
不意に、天井が見えた。見慣れきった、とまではいかない、見覚えのある天井。
眠りから覚めたのだと理解するまでに大して時間はかからず、そして、ココが日向家の隣家であることもすぐに思い出す。
(――――あつ……)
現在、梅雨明けを迎える前の7月初旬。
とうの昔に掛け布団は放り投げていたようで、今の自分はかろうじて汗だくの浴衣を身に着けているのみ。汗と湿り気を多分に含んだ熱い空気が、体にまとわりついて離れない。
とてもではないがもう1度眠る気にはなれそうになく、取りあえずごろんっと寝返りを打った。
(……居ねぇし)
ぼんやりとした視界に映ったものは、おそらく几帳面に折り畳まれているであろう布団。
自分が意識を手放す前には、あの男が居た場所だ。
(つーか、気付かないとはなぁ……)
普段、これだけ近くで他人が動けばどれだけ眠りが深くても、自分は目を覚ます。暗殺兵のステルス能力なども意味を成さないことは、既にゾルル先輩で実証済みだ。
それなのに今日は、全くドロロ先輩が出て行ったことに気が付かなかった。
――大方、夜の町内偵察にでも行ったのだろう。
この家に暮らす2人は、ご苦労なことに毎晩この地域の見回りをしているのだ。
2人で町内を半分に分けて行う見回りを、自分がこの家に泊まっている日には東谷小雪が1人でこなしていることも知っている。ドロロ先輩は『申し訳ない』などと毎回食い下がるのだが、毎回丸め込まれていた。
誰の口にも勝てないあの男が、今日は珍しく引き下がらずに、自分が眠ってから出て行ったのか――――。
(昨日今日の連泊……連泊なんざ、やったことねぇな、そういや……)
いつもは1日で帰るのに、今回は続けて居座るはめになった。東谷小雪の理由としては、『日向家と隊長が泊まりで出掛けているから』らしい。
だが、そうは言っても自分は普段地下で生活していて、数日――長ければ週単位で誰とも顔を合わせないこともある。ハッキリ言って、日向家が無人だろうが誰が居ようが関係ない。
そう言っているのに余りにもしつこく来いというので、自分がらしくもなく、折れた。
(…………で、いない、と)
一緒に居たい、と言うつもりは無い。
こんなエアコンも無いような空間で、否応無しに熱を生み出す『生き物』と体を密着させたい、という趣味も無ければマゾっ気も持ち合わせては無いと断言する。
だが。
起きてみればいつの間にかアイツは居なくなっていて、部屋はサウナ同然、自分は汗だくという状態。
気分がいい、ハズが無い。
邪魔な汗を袖で拭い、枕元の眼鏡をかけて時計を見る。
(2時、24分)
それは、いつもならば自分がまだ活動している時間だ。
(戻るか)
どうせ、二度寝はしない。
帯を解き、テキトーに浴衣を脱ぎ捨てて、乾いた私服に袖を通す。
玄関へ向かおうとして、ふと、足を庭の方向へ踏み出した。日向家の地下へ直接向かうルートはいくつかあるが、わざわざ玄関から回るよりも塀を越えて庭に行った方が早い。
障子戸をスッと引くと、一瞬、冷涼と言えなくも無い風が室内に流れ込んできた。
曇っているのだろう。頭上に在る空には、星も月も輝いてはいない。
庭用に――と、あの男が揃えたサンダルを履いた所で、ふっと上で何かが動いた気配を感じた。
噂話も何もしていないというのに、この家に暮らす者たちが帰還したらしい。
「クルル君!?」
「クルルさん、どうしたんですか!?」
――――どうした、というか、何も無い。
強いて言うならば、そう……。
「暑い、戻る」
《終わり》
夏の夜というものは
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