レジャーランドと温泉の両方が楽しめる、西澤グループ経営のゴージャスなホテル。
2学期が始まってからの初めての休みに、桃華は思い切って冬樹をそのホテルに招待した。
あわよくば2人きりで――という願いはいつも通り叶わず、いつものメンバーで現在プールを満喫中。なのだが……。
「……西澤さん?」
「え……あ、はいっ!」
「?どうしたの?ひょっとして具合が悪いんじゃあ……」
さっきからプールに浸かったまま微動だにしない桃華に、冬樹は心配そうな表情で問い掛ける。桃華は慌てて「大丈夫です……っ!」と答えたものの、今度は「でも、顔も赤いよ?」と指摘されてしまう。
まさか、『貴方の顔が近くてドキドキするんです……!』などと言える筈も無く、
「何でもないです、大丈夫です!」
と繰り返すしかなかった。必死に弁解すると、冬樹は1度ビーチチェアで休んできてはどうかと勧めてくる。
その気遣いを無下にするのは悪い気がして、「それじゃあ……」と後ろ髪を引かれつつビーチチェアが置かれたプールサイドに向かった。
ビーチチェアは2つ。
一方には、パーカーにハーフパンツという格好のクルルが座ってノートパソコンを開いている。
「――クルルさんは、泳がないんですか?」
「気が乗らないんでねぇ~」
「はぁ……」
それでも、パーカーの下には水着を着ている筈だ。泳ぐつもりが無いのならば何故着替えたのだろうか……と首を傾げるが、やはり分からない。
取り敢えず、空いている方のビーチチェアに腰を下ろした。
プールへ視線を向けると、他のメンバーがそれぞれ思い思いにプールを楽しんでいる。
そして桃華の視線は、ある1点に釘付けだった。
(……大きい、ですよね……)
夏美は特に、遠目で判別可能な位に胸が大きい。女性として理想的なプロポーションを誇っている。
(それに引き換え、私は……)
――無い。
いや、それは言い過ぎだとしても、明らかに足りない。
小さい。胸が、小さ過ぎる。
分かっていたことだとしても改めて現実で比較すると、やっぱりショックだ。
そのまま桃華は、そっと視線を横に移す。
だぼっとしたパーカーを着ているから――ということではなく、クルルの胸もまた小さい。
いや、クルルの胸に関して言えばそれこそ『無い』というか……つまり、桃華以上の平面なのだ。
(――――でも、クルルさんは……腰が、とても細いから……)
全体が痩せているクルルは、それに見合って腰がきゅ、っと引き締まっている。
スリーサイズを擬音で表す時、女体の理想は『ぼん・きゅ・ぼん』となり、このメンバーでは夏美とモアのような体型だ。
クルルと小雪は、所謂『きゅ・きゅ・きゅ』で、全体的に脂肪がなく、その分締まるところは引き締まっている体型。
そして、桃華は、というと――――。
……凹凸が、無い。
ものの見事に、『すとーん』なのだ。これを人々は、『幼児体型』と言う……。
(……うぅぅ……)
いくら発育途上であるという逃げ道があるとはいえ、流石にこうまで『すとーん』となっている体を見ると涙が出てくる。周りの女性たちの体には、ちゃんと見るに値する部分があるだけに、余計……。
ふと、一瞬パソコンから視線を外したクルルと目が合った。
咄嗟にパッと顔を逸らすと、たった今まで相手の体を凝視していたことに対する羞恥心が膨らんでくる。
(い、いくら女同士でも、失礼、ですよね……っ)
チラリともう一度横の様子を窺うが、既にクルルは何事も無かったかのようにキーボードを弾いている。
声を掛ける隙が、無い。
相手の出方次第で謝罪しようと思っていた桃華は、正直肩透かしをされたような感じだった。
(――クルルさんと会話を成立させるのは、何だかとても難しそう……)
隣にこうして桃華は座ってる筈なのに、まるでクルルは桃華が存在していないかのように振舞っている。少なくとも、桃華にはそう感じられた。
普段、接点が無いに等しいのだから仕方が無いのかもしれない。
それでも、やはり少し寂しかった。
「クルル、髪洗うからコッチ来て」
「ほっとけ」
「ダメ!あんたテキトーに洗って終わらせる気でしょ!ほら、座って」
そう言って、夏美は有無を言わせずクルルを小さな椅子に座らせる。シャンプー、トリートメント、リンスで長い金髪を磨き上げていく最中、夏美は何だか楽しそうだ。
現在、夕食の前に汗を流そうということで、全員大浴場に来ている。
男湯の方からは、誰かが温泉で泳いでいるような音や怒鳴り声が絶えない。
一方でこちらの女湯では、女性陣が貸切の大浴場を堪能していた。
クルルの髪を洗い終えた夏美は、小雪と2人で背中の流し合いっこをしているし、モアとクルルも同じことをしている。
そんな4人を桃華は大きな湯船の後ろの方から、遠巻きに観察していた。
服を身に着けていない状態になると、より正確に体型の違いが分かる。その為、桃華は何となく気後れしてしまい、4人の輪の中に入っていけなかった。
やがて体も洗い終わって、4人も温泉に体を沈める。
ちょっと熱い位の温泉が、体を芯から温めていく。
「……ごめん、何かちょっと熱くなってきちゃった。お先に失礼」
「あ、夏美さん。折角ですし、『さうな』にも行ってみたいです!」
そんなちょっとズレた会話を交わして、夏美と小雪が一足先に上がっていった。そして少し時間が経過した頃、
「そろそろ私も失礼します。てゆーか、温泉最高?」
と、モアも出て行った。
残ったのは、桃華とクルルの2人だけ。
「……」
「……」
会話は無く、かと言えどお互いを避けている訳でもなく――ただ、お互い共通の話題が無い為に生じた沈黙。
……実は、桃華は4人が髪や体を洗っている最中もずっと温泉に入っていたため、そろそろのぼせそうなのだ。
ただ、この幼児体型を無闇に晒したくない――という思いだけで、ねばっていた。
脱衣所で一緒になることも、出来れば避けたい。
(……せめて、どっちか片方があれば……)
大きい胸か、細い腰。
そのどちらか一方が自分にあったなら、もう少し自信が持てただろう――と、桃華は思う。
ほんの一瞬、そっとクルルを見て、今度はすぐに視線を逸らす。
(……冬樹君も、やっぱりプロポーションが良い女の子が好きなんでしょうか……?)
気持ちが沈んでいる時、人はどこまでも落ち込めるものなのかもしれない。溜め息を吐いて、そのまま顔を伏せようとした時――――。
――――ぺた。
「――っひゃあ!?」
変な悲鳴が口から飛び出した。
……胸を触られたのである。
胸を触った手の平はすぐに離れていったが、次いでその人物から衝撃的な台詞が突きつけられた。
「A70」
「――――――――っ!?!?!?!?!?」
「クーックック……図星かぁ?」
ニヤリ、と口角を上げて嗤う。
いきなり胸のサイズを言い当てられた桃華は混乱し、口からは解読不能な音しか出てこない。
そんな少女に追い討ちをかける様に、クルルは言葉を続けた。
「まさか、今日一日、じろじろと他の連中を見ていたこと――気付かれてないなんて目出度いことは考えちゃいねぇよなぁ~?」
「っあ……そ、、やっぱ、り……」
「バレバレだっつーの……くくっ……」
「――――っ!」
どうするつもりだったのか自分自身もわからないまま、桃華は勢い良くバシャンッと立ち上がる。
だが、体はついに限界を超えたようだ。
(あ……れ……?)
――視界が歪む。
――頭が揺れる。
――気持ち悪い……。
(……もしかして、私――――)
――――のぼせた……?
認識する前に、意識は闇に沈んだ。
目を開けて最初に見えたものは、淡い茶色の天井……。
(……えっと……?)
「飲め」
「…………え?」
「……記憶も飛んじまったのかぃ?」
「え、あ、いえ、その…………あ、ありがとうございます……?」
よく分からないまま上半身を起こそうとして、ぐらりと視界が揺れる。倒れそうになったけど、クルルさんがコップを持っていない右手で支えてくれて何とか大丈夫だった。
何とかコップを受け取って、口をつける。中に入っていたのはお水で、冷たいそれを一口飲むとまた少し眩暈がした。
でも、そのお蔭で私が温泉で倒れたのだということを思い出す。
そして今、私は脱衣所の扇風機の前にいた。体は少し汗をかいていて、熱っぽい。
「……すみません、ご迷惑をおかけしてしまって……」
おそらく、彼女が私を運んでくれたのだろう。その上、体も拭いてくれたらしい。
下着は着ていないけれど、新しいバスタオルが体に被せられていたので、それを引っ張って体に巻きつけた。
――本当に、何から何まで迷惑をかけたらしい……。
感謝の気持ちと、それ以上の申し訳無い気持ちで言った言葉を、彼女は嗤って受け流していった。
彼女もまだ体に熱が残っているのか、服は身につけていない。
彼女は白色無地のキャミソールに、同じく白色無地のショーツを穿いた下着姿で、少し扇風機から離れた位置に腰を下ろす。
ふと、彼女の肩にかかっている紐がキャミソールの肩紐のみであることに気付いた。こちらの視線に気付いたクルルさんが、小さくわらって口を開く。
「着けてねぇよ」
アッサリとした一言。
何となく予想していたことで、ついさっき、プールの後で着替えた時も、そういえばキャミソールを羽織っただけだったな――と思い返す。
「……でも、着けた方がいいのではないですか?」
「アンタのは、サイズが合ってないみたいだぜ」
「え……?」
「A70ジャストサイズのブラばっか持ってるだろ」
「っ……は、はい……」
「1つ位は、そうだねぇ……B75かそこらのやつを持ってた方がいいかもなぁ?」
「?」
――彼女の話によると。
発育途上の体にジャストサイズのブラジャーばかりつけるというのは、あまり良くないらしい。あくまで、そういう話もあるということだけど。
「特に胸を大きくしたんなら尚更だな。周りの肉をカップに詰め込んで、贅肉が胸につくようにするっつー方法を使うなら、ブラはでかめにしておいた方がいい」
「そ、そうなんですか……分かりました!」
「ま、せいぜいガンバレ~」
「……あの、」
「あ?」
――――不思議。
何となく、いつの間にか会話になってきてる。
「クルルさんは、その……胸を大きくしたいと思ったことは無いんですか……?」
「ねぇな」
――即答だった。
「……あの、理由をお訊きしても?」
「周りにいるからな。胸のでかい金づるが」
「……そういう、もの……なんですか……?」
「ククッ……俺は、な」
彼女は迷い無く、そう断言した。
――内容はともかくとして、そうやって『自分』を持っているということは、ずごいことだと思う。
誰かと自分を比べて羨んで、卑屈になっているよりもずっと素敵だ。
「……あ、」
「?」
「いえ、その……そういえば、今クルルさんが着ておられる下着は、クルルさんがご自分で選んだものですか?」
「……まあな」
「あの、では――昼間に着ておられた下着もですか?」
私が言っている下着は、プールの着替えで見たキャミソールだ。
あの時にクルルさんが着ていたキャミソールは、基本の色は白色だったけれど、裾に青い糸で薔薇の刺繍がされていて、とても華やかなデザインだった。
「……」
「どこで買われたんですか?」
「――モアがテキトーに買ってきたんだ。アイツに訊け」
「……クルルさん?」
どうしてなのか、そこで急にクルルさんは黙ってしまう。
――綺麗なキャミソールが、とても似合っていたと言いたかったのに……。
「……クルルさんは、色や柄の入った下着はお嫌いなんですか?」
「…………別に」
「……」
では、どうして彼女は不機嫌なのだろう?
(そういえば、モアさんはどうして色違いのお揃いを選ばれたんでしょうか……?)
モアさんも、クルルさんと同じ薔薇のキャミソールを着ていた。薔薇の色は、赤。
色に、意味は無いのかもしれないけれど……。
(青、青色、あお……あ、)
『ドロロ先輩とクルル先輩は、お付き合いしてるんですよぉ?』
「……ドロロさんの色ですね、あの薔薇……」
落ち着いた深い青色は、あの人の瞳の色に似ている。
半分はタマちゃんの言葉からの思いつきで言ったのだけど、クルルさんと目が合って、私の予想は当たっていたことを確信した。
今度は、彼女の方が目を逸らす。
私は、そんな彼女の姿を見て、いつの間にか笑っていた。
おかしかった訳じゃない。ただ、急に彼女との距離が縮まったような気がしたこと――そして、ほんのりと耳を染めた彼女が、とても可愛いと思ったから。
(……何だか)
夏美さんたちの気持ちが、分かったような気がする。
彼女の『可愛らしさ』に気づいてしまうと、無性に彼女に対して手を伸ばしたくなるのだ。
『ドロロ先輩と居るときのクルル先輩って、いつもとはちょっと雰囲気が違うんですぅ』
(ドロロさんがきっと、もっとクルルさんを可愛らしくしていくんですね……)
穏やかで、いざという時に頼りになる人だとタマちゃんが言っていた。そんな彼に、彼女は大切にされている。
(……やっぱり、羨ましいなぁ……)
私も、好きな人を大切にしたい。
――大切に、されたい。
そんなことを考えている内に、また頬が熱くなってくる。
(夕食までには皆さんの所に戻らないと……)
そうこうしている内に、夏美さんとモアさんと小雪さんが、心配して様子を見に来てくれた。
そして、その日の夜は遅くまで5人でいろんなお話をして、次の日は起きるのが大変で……。でも、とても心が温かかった。
(冬樹君との関係は、進展しなかったけど……)
――この次は、頑張ろう!
その分の力を、私は貰った。
『お前、マジで毎回毎回ぐだぐだしやがって……結局今回も無駄骨かよ!?
――あ?違う?……わかったよ……ったく、わかったっつってんだろ?!
いいか、今度は絶対しくじるんじゃねぇぞ!分かったな!?』
《終わり》
たくさんのエールを送ろう
この小説は、syui様限定でお持ち帰りを歓迎いたします。
syui様、リクエストをしてくださり、本当にありがとうございます!
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