ケロロ軍曹2

優しさに包まれたなら

 『カップル・デー』及び『カップル割引』などというものがある。

 要は、(主に異性同士である)ペアでモノを買ったり有料施設を利用する際に、定額から何割か割引された料金になるというサービス。客寄せ狙いがみえみえの戦略だ。

(……だからって、何でこんなコトになるんだか……)

「クルル君、大丈夫?」

「……」

「……少し休む?」

「……」

 隣からの問いは黙殺。

 人混みに疲れたのは事実だが、それを認めるのは何か悔しい。相手が平然としていれば、なおさら意地を張りたくなる。

 無視したことで、相手はいつも通りのうっとおしい落ち込みモードになったようだ。が、知ったことじゃない。

(……そもそも、遊園地ってなんだよ)

 何でもない日曜日のハズだった。それなのに、あのボンクラ隊長がくだらねぇコトを思いついたとかで、今に至る。

(何が、『遊園地に行きたいであります!』だ)

 行きたいなら1人で行きやがれ、と思う。だが、あのボンクラはどこからか持ってきたチラシを広げて、『カップルで入れば、1人1000円で入れるんであります!1人あたり500円もお得なんてありますよ?!』などと言い出した。

 ただそれだけの理由で引っ張ってこられた自分には、イイ迷惑である。

 隊長とスカートを穿いたガキ。オッサンとモア。

(……コイツが、)

 ――――今、隣にいるこの男が、『行きたい』などといわなければ……。

 いつの間にか立ち直って、とぼとぼと歩いている男を横目で見る。

(……コイツが、行きたいなんていわなけりゃ、今頃フツーに地下で……)

 多分、いつもと変わらないコトをしていた。

 女共にスカートを穿かされることも無かったし、人混みにもまれることも無かったハズだ。

 遊園地に入場した後に、妙なニタニタ笑いを浮かべた隊長の提案で、2人ずつに分かれて中を回る羽目にもならなかった。

(――――ムカつく……)

 女みたいな自分の格好も、寒いのも。

 まるでお膳立てされたような状況も、この人混みも、全部気に入らない。

 現状を嘲笑うように、ピュウッ、と風が吹き抜けていく。

(……寒っ)

 真冬には及ばないものの、むきだしの指にあたる風は充分冷たい。

(風除けになんねぇ~かな……)

 そんな目論見で、一歩先輩の後ろに下がる。腹立たしいことに、この女顔の男はそこそこ身長が高い。だから、逆にソレを利用してやろう。

「?」

「いーから先行け」

「?う、うん……?」

 首を傾げているものの、再度歩き始めたソイツの後ろを辿って行く。心持ち、風が遮られたような気がしなくも無い。

 それでも、風はやっぱりあたる。

(……あー、やっぱ寒ぃ)

 手をポケットに突っ込みたいが、この服にはポケットが無い。

 袖を少し引っ張って袖口に手を引っ込めようとすると、いきなり、ぎゅ、と手を握られた。

 咄嗟に顔を上げると、振り向いた先輩と目が合う。

「……」

「……っあ、ご、ごめん……その、違った……?」

「……何が、」

「その……手が、寒いのかと思って……」

「……」

 手を繋げば少し温かくない?などと吐かす。

「……」

「……クルル君……?」

 元々、どちらも体温はどっこいどっこいに低い。それなのに、繋がれた手はじわじわと熱を帯びて、熱くなる。

 ――――片方か、両方か……。

 そんなこと、分かりたくもない。

(――――っヘタレのくせに……!)

 

 《終わり》

絶対コッチ見んな!

 

つゆくさ様、二周年記念をありがとうございました!

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苦く、優しい

未来捏造話です。

 

 ケロン軍本部の地下は、クル兄の研究所とか実験室に宛がわれてる。だから、やって来る人間は限られているらしい。

 ゲームをしたい、と強請って遊びに来たボクをクル兄は追い返したりはしなかったけど、ボクが研究室に入ってきてからもずっとモニターを見てる。

「クル兄」

「……あー?」

 少し間が空いたけど、返事はあった。

「クル兄」

「だから何だよ」

「スキ」

「あっそ」

 ……。

 …………。

 ………………。

「っちょ!?ちゃんと聞いてヨ!」

「聞いてやっただろぉ?」

「だからって、『あっそ』って何?!明らかに信じてないジャン!!」

 そりゃあ、唐突だっていう自覚はある。でも、そんな答えにもならない反応はあんまりだ!

 おまけにクル兄は、相変わらずモニターしか見ていない。

(……何だヨ、『あっそ』って……!)

 受け入れて貰えるなんて、流石にもうあんまし思ってないけど、それにしたってあんまりな反応だ。

 クル兄が別のヤツと、ずっと付き合ってることは知ってる。

 知ってても、ボクはクル兄が好きで、ずっとふんぎりをつけられないままだった。

(だって、ボクだってずっと……)

 追いつきたくて、こっちを見て欲しくて。クル兄の気を引きたくて、色んなことをやった。

 ウイルスとプログラムを送るようになったのが、最初。で、しばらくしてからメールとチャットのやり取りを始めて、たまにゲームを一緒にするようになった。

 すごく嫌なヤツが、ボクにとって『特別』になるまでにはあんまり時間はかからなかったと思う。クル兄との遊びは、いつもボクをわくわくさせた。クル兄と遊ぶようになって、ボクは初めて退屈じゃなくなったんだ。

 ――ちょっと前までのボクは、まさかクル兄が、クル兄と初めて会った頃のボクと同い年のころから付き合ってるヤツがいるなんて知らなくて、ちょっと余裕を持ってた。

 クル兄は性格悪いし、男みたいだから、貰い手もないだろーなー、って。

(全部、予想は外れたワケだよね)

 クル兄がボクじゃない男と付き合っているってことを知ってから、ボクなりに沢山悩んだ。

 ボクはこれからどうしたらいいのか、って。

 ボクはクル兄にまだ『告白』してなかったから、コレが『失恋』ってヤツなのかよく分からない。何だろう。全部が、中途半端なんだ。

 クル兄の『特別』は、ボクじゃない。

 その事実だけでも、やっぱりボクは『失恋』したことになるんだろうか。

 でも、じゃあボクは、ボクがずっとクル兄を追いかけていた時間は、事実は、どうなってしまうんだろう?

 ――――そもそも。

 ボクの気持ちには、どんな名前をつけるべきなんだろう……?

 正直に言ってしまえば、コレが『恋』なのかどうかなんて他人の基準じゃ決められない。スキ、は、ボクにしか分からないボクの中にある気持ちだから。

(――――きっと、ボクの初恋なんダ)

 それは、ボクが決めたこと。

 コレが、初恋。

 クル兄は、ボクが初めてスキになった、女の人だと決めた。

 告白するしないの二択には、随分と悩んだし、今もこうして告白して『良かった』『悪かった』なんて分かんない。

 告白しようと思った決め手は無いけど、多分もうすぐ嫌な季節になるという焦りはあったんだと思う。クル兄が、自分も知っている男と恋人同士なんだって知った、あの嫌な季節になる。その前に――という思いはあった。

 でも、報われないと分かってる告白は、やっぱり虚しい。

 ちょっとスッキリしたような気もするけど、何せ告白した相手が相手だからなのか、虚しさもヒトシオだ。

 初めての『スキ』の返事が、『あっそ』なんて、やっぱりひどい。

(……せめて、さぁ)

 ――――それらしい返事が欲しかったんだろうか?

 例えば、『ごめん』だとか、『ありがとう』だとか……でも、改めてそんなことを言うクル兄を想像すると、何だかウソっぽい。クル兄が言っても、何か冗談にしか聞こえないかも。

「……ねえ、クル兄」

「あー?」

「せめてさ、こっち向いてヨ」

「何で」

「……雰囲気!何かそんなヤツ!」

「ククッ……ませガキ」

「っもうガキじゃないシ!……あ、」

「?」

 ……何だろ。今、初めて、クル兄にちゃんと認めて貰った気がする……。

「――――ねえ、クル兄」

「……」

「スキ」

 

 《終わり》

叶わなくても

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Happy girl's Halloween!

「Trick or Treat!てゆーか、二者択一?」

「……」

「Trickは遠慮したいでありますなぁ~。と、ゆーわけで、ほいどーぞお2人さん♪」

 そう言って、モア殿のカゴに1つ、クルルのカゴにも1つ、用意していたお菓子を入れる。どちらのカゴももう、溢れそうな位にお菓子が詰まっていた。

「おー、大量でありますなぁ」

 中の山が崩れないようにお菓子を詰めるのは、ちょっと骨が折れる。

「はい!ギロロさん、ドロロさん、秋さん、それにポールさんたちからもいただきました!」

「ポ、ポール殿まで……?それはちょっと、驚いたっつーか何つーか……」

 何とか積み上げたお菓子の山を危うく崩すところだった。

(桃華殿も来てるから、まあ一緒にいてもおかしくはないでありますか……?しっかし、参加していたというのは意外でありますなぁ……)

「……どいつもコイツも暇人ばっかってコトだろ」

 ようやく口を開いたかと思えば、ソレがクルルらしすぎる皮肉で、自然と苦笑いが浮かんでくる。

 何か言うべきだろうかとちょっと考えていると、こっちよりもモア殿の方が早かった。

「クルルさん、そろそろ夏美さんたちと合流しませんか?てゆーか、現地集合?」

「あー……」

「夏美殿たちと何か約束でもしてるんでありますか?」

 モア殿の『現地集合』という言葉が気になって尋ねると、一瞬キョトン、とした表情を見せたモア殿が、しばらくしてにっこりと笑う。

「ナイショです!それではおじ様、また後で」

 そして、ごく自然な流れでクルルと腕を組み、歩き出す。

 何だかんだで、クルルはモア殿と仲良しだと思うのはこういう時。ちゃんと歩幅をモア殿に合わせてる。

 仲睦まじい女の子2人を見送って、一旦ソファーに腰を下ろした。

(つか、ナイショでありますか……)

 気になるけれど、あの言い方だと、もう少し後で教えてもらえそうだ。そう思うことにして、別のことに頭を使おうと努力してみる。

(え~と?タママが来て、夏美殿と小雪殿が来て、冬樹殿と桃華殿が来て、今2人が来たでありますから……)

 睦実殿は、用事があるから来れないかもしれないという話だった。だから、そうするとクルルとモア殿が最後だったということか。

(でも、仮装してお菓子を貰う側もいいけど、コッチはコッチでまあ楽しいものでありますなぁ~)

 今晩のハロウィンパーティは、小隊メンバーで企画したもの。日向家の面々やパートナーたちを含め、大人組が子ども組にお菓子を渡す形式だ。

 子ども組の仮装については特に、さっきのオペレーターコンビの色違いのチャシャ猫がすごく可愛かった。

(ちょっと贔屓目も入ってるよーな気がするでありますが)

 でも、まあそんなモノだろうと思う。

 あの2人はどちらも、自分にとっては身内同然。付き合いが長く、彼女たちの幼い頃を知っているだけに、成長した今の姿を見ていると感慨深いとも感じる。

(あー……我輩、何か一気に歳をとったような気分……?)

 

 所変わって、日向家の台所では――――。

「クルル、そっちどうだった?」

「ククッ……ま、まあまあだろ」

「おいしく出来上がるといいですねぇ」

「きっと大丈夫ですよ!てゆーか、自信満々?」

「それにしても……改めて見ると、すごい量のかぼちゃよねぇ……。一体、パイとタルドが何個作れるのかしら?」

「つーか全部使う気かよ」

「腐ったら勿体無いですもんね……」

「てゆーか、大量生産?てゆーか、大量消費?」

「――――まあ、取り敢えず作れるだけ作っちゃいましょ。何だかんだで、今日は楽しませてもらったし、ね」

(――――面倒くせぇ~)

 

 《終わり》

そんなナイショの中身

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月の下にはおばけかぼちゃ

 カリカリ、カリカリカリ……

 硬いモノを削る音が、夜の空気によく響く。決して大きな音量であるからとか、そういう訳ではない。周囲の静寂によって、音が際立っているのだ。

 私が居るこの家では青年が1人、少女が1人、縁側に出ている。

 女性のような青年と、少年のような少女だ。どちらも系統は異なっているものの、整った顔貌をしている。

(この2人は、どんな関係なのだろう……?)

 ふと、そうした些細なことが気になったけれど、それは別段今すぐに答えを欲っしているという訳ではない。明日、噂好きかお喋り好きな誰かにでも尋ねてみよう。

 そんな考え事に耽っていた間に、いつの間にか蒼髪の青年の姿が見えなくなっていた。

(どこへ行ったんだろう?)

 少し周囲の様子を探ってみようか、と思うより早く、彼は再び私の視界に現れた。その手には、上着を1着持っている。

 その上着を広げ、ずっと手を動かし続ける少女の肩に、そっと上着を掛けた。

 まるで、壊れ易い大切なものをくるむように……。

(――――あ、わらった)

 しかし、その表情はすぐに掻き消えてしまう。少女は、何事も無かったかのような表情でずり落ちそうになる上着を引き上げ、袖を通す。

 上着は、青年のものなのだろう。袖は少女の手をすっぽりと覆う位の長さがあった。

 暖かそうではあるが、作業の妨げになると判断したらしい。袖口が落ちてこないよう、少女は2、3回それを折り上げた。

 改めて思う。

 青年の手も、少女の手も、白い。

 うっすら月明かりに照らされる手は、血の気を感じさせない白さが強調されている。

(なんだろう……?)

 ――生き物らしくない気が、する。

(むしろ、コッチに近い)

「でも、晴れてよかったね」

 やや控え目な話の切り出しは、青年の方からだった。容貌とは違って青年の声はそれなりに低い。低いと言っても、男性の中ではやや高めと言ったところか。

 今度は少女の方が喋るのかと思いきや、そうした予想に反し、彼女は小さく嗤っただけ。カリカリカリ……という音が絶えず聴こえてくる。

 やがて、音は2つになった。

 カリカリ、カリカリカリカリカリ、カリカリカリ……

 偶に、2つの音がピタリと重なることがあって、その度に2人の目線もぴたりと合う。私から見ると、2人の唇が微かに弧を描いている気がする。

 稀にその一瞬をきっかけとして、一言二言言葉を交わす場面もあった。

 少女の声は女性にしては低めだと思う。容姿が華やかなのだから、声が低いと落ち着きが加わって丁度良い按配かもしれない。

「――十五夜の時は、もっと月は白かったような気がするけど……」

 ふと耳に届いた、青年の独り言。それに釣られるように、私も横目で空を見る。

 十五夜の月を私は知らないが、成程、確かに今の月は白と言うには少々黄色味が強い気がした。

 それに、満月でもない――その言葉には、少女が答えらしきものを返していたようだ。

 ただ、少女の言葉は観念的で私には少々分かりかねる。十三夜が日本のものだから、とは言っていたような気がするけれど……。

「つーか先輩、手動かしなぁ~」

「え?……あっ!」

 ――――コツンッ……。 

 小さな音が、やはり大きく響く。少女の手から私の隣にやって来た『同胞』には、私には無いもの――立派な髭が彫られていた。

(はじめまして、お若いの)

(はあ……)

 私の方が先に生まれたはずなのだけれど――とは、言わないでおく。

 やはり、ある程度見た目に中身は引きずられるものなのだろう。

「つーか、こんなに必要かぁ?」

「う~ん……」

 2人の視線の先には、山と積まれた橙色のかぼちゃがある。

 これらが全て、私たちになるのだ。

(しかし、あちらさんは随分と時間をかけられておるのう……)

(――はあ)

 青年の手には、彫りかけのかぼちゃが1つ。無表情の自分とは違い、目を細め、何が楽しいのかにこにこわらっている。

 やがて2人の話は、くり抜いたかぼちゃの中身をどうするかということになっていった。

(進んで聞きたいものではないな……)

 私はそこで、意識をふわりと飛ばす。

 この後を聞きたくなったなら、老人に後で尋ねよう。

 

 《終わり》

月を見る、日。

 

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月待ち

「ねえクルル、ドロロ何か言ってた?」

「いんや~」

 まず、日向夏美が訊いて来て。

「クルルさん!」

「あ~?」

「ドロロから、何か連絡ありましたか?」

「ねぇ~よ」

 東谷小雪がやって来て。

「クルルさん」

「……」

「ドロロさんから、何かお話はありましたか?てゆーか、交際申請?」

(……どーゆー四文字選択してんだよ)

 モアで最後。

 3人共、言ってくる内容は一緒で、要はドロロ先輩がここに来て何か言って行ったかどうか、ということ。最近は話すどころか会っていないと言ってやれば、どいつも不満そうな顔をする。

 夏美と東谷小雪はその後地上に戻るのだが、モアはそのまま残る。隊長の家事を手伝った後は、ここで作業をしていくのだ。

 そして、いつもはこの話題を引きずることはないのだが……。

「――ドロロさん、おいでになりませんね……」

「あ?」

「何だか、随分お会いしていないような気がします」

「あー……」

 今日は、どうやら拘りたいらしい。

(ま、最近会議もご無沙汰だしなぁ……)

 隊長はガンプラの新作発売日のことで頭が一杯らしく、オッサンはそんな隊長をしばくのに忙しいようで。ガキは、居候先の会社系列から届けられた菓子を片っ端から食うのに時間を費やしているのだと、わざわざメールを寄越してきた。

 ドロロ先輩は、最近ラボに来ていない。

 基地の菜園には来ているようだが、ここには来なくなった。こちらから会いに行く用事も今はないから、最近、会っていない。

 きっかけについては東谷小雪から聞かされている話で大体把握している。

(で、何で今日に限ってコイツは拘ってるんだか……)

 その答えは、案外すぐに見つかった。

 ――デジタル時計の日付が、10月29日になっているのである。

 ここ3日程徹夜を続けていたからか、日にち感覚が曖昧になっていたようだ。

「お月見、明日ですね……」

 十五夜に続き、もう1度月見をする十三夜などというものが設けられているのが日本である。元々、十五夜は別の国の風習だったらしいが、十三夜の方は日本固有のモノだと言う。月見は十五夜、十三夜の両日祝わねばならず、どちらか片方を欠く月見は『片月見』と忌み嫌われる。

 片月見が忌避されることを利用し、かつて遊郭では十五夜の日に上客を招き、必ず十三夜にも来るように――と念を押していたという。

 ウィキペディアの情報を流し見ていると、横からモアが画面を覗き込んでくる。そして、しきりに感心したような様子でやたらと頷いていた。

「よく考えられているんですねぇ……」

「あ?」

「好きな人と過ごすために、ここの星の方々は、色々なことを知っていなくてはならなかったんだなぁ、と思ったんです。てゆーか、日々精進?」

「……そーかい」

 むしろ、モアのような考え方をするヤツは珍しいような気がする。

(……ま、どーでもいいがなぁ……?)

 縁起が悪い片月見になろうと、自分は気にしない。根拠の無いものを恐れていても始まらないし、そもそも月見をすること自体が面倒だ。

(……あっちは気にしそうだがねぇ~)

 東谷小雪にお節介を焼かれ、こちらを誘うように言われたあの男が、どう動くか。

 昔から、あの男は周囲からの圧力に弱い。お膳立てされた、こういう『いかにも』な状況下で指示された通りの行動をとることが、本当に苦手なのだ。

 少しでも期待に応えよう、報いよう、などと余計なことを考えて力み、失敗するというループに陥る。

(見てる分には、おもしれぇ~けどな)

 だから、会いに行ってなんかやらない。

 監視カメラの映像をモニターに表示させると、丁度隊長の部屋に件の青色を発見した。

 どうやら隊長に泣きついているらしい。すごく迷惑そうな隊長のカオが、まず嗤える。

「……あの、」

「?」

「もし、ドロロさんが来なかったら」

「……」

「その時は、モアは、女の子だけでお月見をしたいです」

「……へぇ」

 まさか、コイツがそんなことを言い出すとは思っていなかった。

(いつもなら、即行で却下してやるところだが……)

 今のところ、先輩は来ていない。むしろ、たった今モアが言ったパターンになる確率の方が高いだろう。

「ま、考えといてやるよ」

「はい!てゆーか、最終通告?」

 

 《終わり》

それは、あの男性に対しての?

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十三夜

「あのね、日本では2回お月見をするんだよ」

 いつものように夕食の卓を囲んでいたとき、ふと小雪殿がそんなことを言い出した。

「2回、でござるか?」

「うん。旧暦の8月15日をお祝いする十五夜と、旧暦の9月13日をお祝いする十三夜の2回」

「成程」

 初耳である。

 ケロン星にも地球から取り入れた行事のひとつとして『お月見』をしていたのだけれど、十五夜のみであった。

 そもそも、ケロン星からは月が見えない。その為、秋の初め頃に人工の月を空に放ち、ススキを飾り、月を見ながらお団子を食べていた。

 おそらく、地球の人々からすればままごとのような『お月見』に見えるだろう。

(――そう思うと、本当に此処は自然の美しさに恵まれた星だなぁ)

 空がこんなにも華やぐ星を、自分は他に知らない。

「ドロロ?」

「――――あ、」

「どうしたの?」

「あ、その……少々、考え事を……」

「?」

「そ、その、十三夜は今の暦では何月何日なのでござるか?」

 何とも拙い話題変換だとは思うけれど、元々気になっていたことではある。

 旧暦の年月日は、今の暦と異なっているのだと以前教わっているのだけれど、流石に旧暦の日付を現在の日付に変換するのは難しいのだ。

 小雪殿は不自然な話題変換については何も言わず、すぐに答えを返してくれる。

「10月30日だよ!」

「10月――――ついこの間、十五夜を迎えたばかりのような……?」

「うん。今年はどっちも10月なんだよ」

「では、どこの家も大忙しでござるな」

 10月3日の十五夜から、まだ月を跨いでいないにも関わらず再びお月見の支度をするのは、やはり大変だろう。

 ふと小雪殿と目が合うと、彼女はいつも通りにっこりと笑って口を開いた。

「でも、楽しかったよね!」

 きっと、これは今年の十五夜のお月見を指している。その感想だ。

「……そうでござるな」

 

 ――今年の十五夜は、とても賑やかだった。

 日向家に暮らす人々と一緒に山程お団子を作り、ケロロ君と冬樹殿が採って来たススキを飾って、月を見ながら沢山お団子を食べて……。何故か、途中から肝試し大会が始まり、冬樹殿の怪談話に皆で震え上がっていた。

 日向家の縁側には皆並びきれなくて、ギロロ君が普段椅子代わりに使っているブロックコンクリートを並べていたのだけれど――。

 たまたま、クルル君と隣同士で座った。

 偶然なのだろうけど、大勢で過ごす時に隣同士。それは、何だかとても『特別』な気がして、ひとりでずっとドキドキして――喜んで、いた。

 彼女は、多分いつも通りだったと思う。

 ただ、反対隣のモア殿のお話に、いつもより楽しそうに相槌を打っていた彼女は間違いなく機嫌が良かった。

 自分ばかりが勝手にドキドキして、彼女のことを意識している。

 舞い上がっている自分を今思い返すと情けないけれど、あの時は自分を冷静に見る余裕が全く無かった。だから、今更不安になってくる。

(……顔、赤くなってなかったかな……)

 挙動不審にはなっていなかっただろうか、とか。心配事は、挙げだしたらキリが無い。

「ドロロ、それでね」

「……?」

「お月見についてなんだけど――実は、十五夜と十三夜はちゃんと両方をお祝いしなくちゃいけないものなんだ」

「……え?」

 唐突に告げられた内容に、つい変な声を出してしまう。

 十三夜を知らなかったのだから、当然このことも初耳だった。

「今はあんまり気にしている人はいないかもしれないけど……十五夜だけお祝いする、とか、どっちか片方にしかお月見をしないっていうのを『片月見』って言って、昔は『よくないことだ』って言われてたの」

「な、成程……」

「うん、だからね、ドロロ」

「?」

「十五夜は皆でお祝いしたから、十三夜はクルルさんと二人きりでお祝いしたらいいと思うんだ!」

「え……ええっ!?」

「その日はね、私は夏美さんの部屋にお泊りすることになったんだ!だから、ね」

 クルルさんを家にお誘いすればいいんだよ、と。いつも通りの笑みを浮かべた小雪殿の無邪気な提案に、どう反応すればいいのか……。

(え、でも……十三夜のお祝いをしなくちゃいけないのは分かったけど、でも、えっと……)

 ――――ふたり、きり、で……?

(――――――っ……!!!!!?)

 

 《終わり》

ハードルがとても高いです

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GAME

 外は、雲一つない快晴。はっとする位あおい、秋晴れの空が広がっている。

 そんな空を部屋のガラス窓越しにぼんやり眺めていると、鼓膜を破るような金切り声が部屋を振動させた。

「ちょっと!何よその技!!」

 卑怯だと続くそれは、第一声よりはまだ人の声に近い。そうは言っても、音源となっているリノノの真横に居るクルルは、その叫び声を至近距離から受け止めているはずで。相当煩いのではないだろうか。

 しかし、ちらりと視線をクルルに向けると、案外平気そうな顔をしている。眉を顰めるどころか、お得意の皮肉を含んだ嗤いさえ浮かべていた。

 挑発に乗り易いリノノの叫び声は、更に大きくやかましくなっていく。

(……あー……)

 耳栓、持って来るんだったな。

「あーもう!大体、このゲームまだ壊れてんじゃないの!?何でさっきから、アタシばっか負けるワケ?!」

「弱ぇからだろ」

(やっぱり……)

 相変わらず、この年下の幼馴染は容赦が無い。ひどく愉しげに、はっきりと断言されたリノノはといえば、これまたアッサリと――キレた。

 血管だの神経だの青筋だの、まあそういったものを浮かべるだけ浮かべて、怒りで体中を真っ赤にして、そのままの勢いでガタンッと立ち上がる。

「――――リノノ、」

「うるさいっ!下行く!!」

「……はいはい」

 ダンダンダンッ

 バンッ!

 ドスドスドスドスドス……。

(……凄い音)

 オマケに、ガニ股。でも、仮にも女性だろう――なんて突っ込みは、リノノに対して無意味だろう。

 やがて足音は聞こえなくなり、随分と静かになった。リノノことだから、冷蔵庫を漁って何か食べているんだろう。

(ここ、僕のウチなんだけどなぁ……)

 残念ながら、リノノの振る舞いにはもう慣れ切ってしまっているということがあって、今更何かを言う気力は湧いてこない。溜め息さえも出てこないなんて、相当じゃないだろうか。

(……静かだな)

 クルルと2人だけになった部屋の中も、静かになった。まあ、クルルとの間のこうした沈黙は息苦しさを感じない。無理に話をしていなくてもいい間柄というのも、悪くないものだ。

 それでも暇なものは暇で、何となく見るべきものを捜すように視線を動かしてみる。自分の部屋なのにおかしなものだ――と密かに突っ込みながら、結局視線はテレビ画面に落ち着いた。

 画面には、昔懐かしの格闘対戦ゲームのキャラクターたちがずらりと並んでいる。この画面で自分が操作するキャラクターを選び、2人で対戦するのだ。

 そのハードもソフトもかなりの年代モノで、もう少なくとも発売から10年はゆうに経っている。

 最近では、もっと画質もキャラクターも凝ったものが出回っていて、こうした古いゲームは見向きもされなくなった。いつの間にか自分もこのゲームをクローゼットの奥に仕舞いこんで、今日遊びに来たリノノが引っ張り出してくるまで、その存在自体をすっかり忘れ去っていたりする。

『久しぶりにやりたいわ!』

 言いだしっぺはリノノで、その提案に乗ったのはクルルだ。

 長い間ほったらかしにしていた為か単なる寿命か、起動しなくなっていたゲーム機を瞬く間にクルルが直し、今に至る。

(今のところ、リノノの全敗か)

 この機種は古すぎて、確実にクルルにとっては馴染みの無いもののはずだが……流石、と言うべきだろうか。

 つらつらとそんなことを考えていると、いつの間にか画面から視線をこちらに向けていたらしいクルルと目が合う。

 クルルの分厚い眼鏡越しに見える目は、あおい。

 丁度、今日みたいな空の色……いや、それよりももっと透明な、あお。

「何?」

「パス」

「っえ?」

 本体とコードで繋がっているコントローラーをぽいっと放り投げてくるものだから、慌てて手を伸ばす。

 何とかぎりぎりで、床に落ちるよりも先にコントローラーをキャッチして、小さく息を吐く。

「クルル、何す――――」

 脈絡の無い行動の理由を尋ねようとしたところで、バンッ!と勢い良く扉が開かれた。

「さあ再開するわよ!――あら?」

「シュペペがやりたいってよ」

「……」

 ――――嵌められた。

 と、気付いた時遅し、というやつだ。

 いい加減リノノとの対戦に飽きてきていたらしいクルルから、体良くリノノの相手を押し付けられたようである。

 しかも、リノノは別にクルルへのリベンジには拘っていないらしく、すっかりやる気になっていた。

「じゃあ、かかってきなさいシュペペ!!」

「…………クルル……」

 ――――何、わらってるのさ……。

 

 《終わり》

こんな僕等の日常は、

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丸くなって眠る

 クルルは、存外よく寝る。

 必要があれば何日でも不眠不休で仕事をするが、そうでない時には1日の大半を寝て過ごすことも珍しくない。

 ――だが、よく眠っていると思っても、眠っている最中に『何か』が近付いて来たり物音が響くとすぐに目を覚ます。傍に慣れない他者が居る場合、そもそも眠ろうとしない。

 クルルの寝顔を見ることは、こうして説明していくと難しいことのように思えるという。だが、実際自分はこの娘の寝姿など見慣れている。

 要は、2つばかりの条件を満たしてしまえばいいのだ。

 まず、クルルとそれなりに『近しい存在』となる。

 そして、クルルが眠ってしまう前から傍に居ること。

 今日も今日で、すっかり同居猫のぬくもりを気に入ったらしいコイツは、ひとの毛布を堂々と占領中だ。

(……全く……)

 最近、秋になったからなのか随分風も空気も冷え込むようになった――などと言って、この娘は猫を湯たんぽ代わりに寝ようとする。

 今朝。

 何の前触れも無くテントにやって来たかと思えば、『寝る』とだけ言って寝袋を敷布団にされてしまった。もう昼を過ぎて夕方に近い位なのだが、全く起きる様子はない。

 ただただ、時間ばかりが過ぎていく。

 何度か起こそうと思い手を伸ばしたが、目元のすっかり定着してしまっている隈を見る度に、手を引っ込めてしまう。

(どうせまた、徹夜でもしたんだろうが……)

 おそらく、もうちょっとやそっとのことでは消えない。そんな隈を見ている内に、何というか……そう、女なのだから、もう少し見た目に気を遣え、だとか……恥じらいを持て、と言いたくなる。後半は、もう余り隈とは関係無いが。

 そんな忠告をした所で、コイツが素直に頷くとは思っていない。分かっていても、言いたくなる。

 そもそも、いくら昔なじみとは言え、一応自分は男なのだ。

 この子どもに対して間違っても邪な感情は抱いていない。それでも、世間一般の常識というものと照らし合わせて、嫁入り前の娘が独身の男のテントで無防備に眠っている状況はやはり『異常』だ。

「……んっ……」

「……」

 少々寒さを感じたのか、意識が無いままクルルの体は猫に擦り寄っていく。猫ももう慣れたのか、クルルが抱き寄せても目を覚まさない。

 クルルは、膝をゆるく曲げ体を丸めた状態で眠る。

 今では、定番とも言えるこの体勢。だが、コイツが丸まって眠るようになったのは、ここ2、3年だ。

 きっかけは、成長期に入ったこと。

 身長が急激に伸び始め、体が大きく変化していく時期である。

 それまでは実年齢よりも下に見られがちだった未熟な体は、驚くほどのスピードで成長していった。ガリガリに痩せているという印象は変わらなかったが、とにかく背が伸びた。

 それに伴う成長痛は、相当なものだったらしい。

 自分にも覚えがあるが、関節や骨自体がぎしぎしと軋み続ける独特の痛みにはかなり疲弊する。

 コイツは、弱音など1度も吐かなかった。が、無意識の時の体は、流石に痛みを感じていないと装うことが難しかったようだ。

 どうやら、体を丸めると気休め程度に痛みが和らぐらしい。

 今はもう、あの時ほど激しい成長痛に悩まされることはなくなったようだが、体にはその時の体勢が『癖』として残っている。

 体を丸めて眠る姿は、幼い体から大人の体へと変わりゆく日々の名残だ。

(……俺からすれば、まだまだコイツはガキだが、)

 出会った頃の本当に幼かった時の姿を思わせる――この寝方は、珍しく自分が好んでいる、コイツの癖だった。

 兄しかいない自分にとって、コイツやタママのような年下の存在は特別と言っていい。常に良くも悪くも世話を焼かれる側だった分、つい2人に対しては口うるさくなってしまう。

 ――――そういえば。

 以前、この子どもに性的な面における危機感が育っていない原因は、クルルを『女』として見る男が周囲にいなかったからなのではないか、と言われたことがあった。

 確かに、そうかもしれない。

 元々地下に引きこもってばかりだったコイツにはそこまで多くの知り合いはいなかったし、その中に年齢の近い異性などは、タママ以外いなかった。

(……上手くはいかないな)

 恥じらいは持って欲しい。

 しかし、まだそうした意識を抱かせる男を連れてきては欲しくない。

 折り合いのつかない思いは、本当に厄介なものだ。

 いつの間にかずれた毛布を直してやって、思わず溜め息を吐いてしまう。いつまでも子どもでいて欲しい、という心境など、独身の間は知りたくはなかった――そう、思いながら。

 

 《終わり》

なにもしらないお兄ちゃん

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タソガレロマンス

「ウチ来る?」

 下心が、全く無かった訳じゃない。でも、それよりも何より、3日ぶりに会ったクルルがつまらなそうにしていたから……。

「――ククッ……仕事」

「アパートでやらない?パソコン持って行けば出来るよね?」

「意味あんのかぁ?」

「強いて言うなら、気分転換かな?」

「……ふーん」

「ど?」

 まあ、クルルの場合すぐに断らなかった時点で、答えは決まっているんだろうケド。一応、念の為に、ってやつ?

 でも、駄目押しで「ちゃんとお米も買って置いたよ」なんて言って。

「く~っくっく……じゃあ、行ってやってもいいぜぇ~」

 そして、予定通りの答え。

「では、お手をどうぞ。お姫様?」

「調子に乗んな」

 差し出した手は、素っ気無く叩かれた。でも、向こうも多少加減をしてくれたみたいで、ぱしん、という音の割りに余り痛くない。

 その後思わずちょっと笑っちゃったから、クルルには睨まれたけどね。

「じゃ、行こっか」

 

 アパートに着いてすぐに、クルルはリビングの床に胡坐をかいてパソコンを開く。多少興味が湧いて後ろから画面を覘くと、クルルたちの星で使われている文字がずらりと並んでいた。

「何、それ?」

「レポート」

「ケロロの宿題?」

「いんやぁ~」

「へぇ……」

 そのままクルルの様子を窺うと、特別な感情が見えない無表情で、端正な顔が画面を眺めている。

(……やっぱり、コレが理由なワケね)

 クルルがつまらなそうにしていた原因は、どうやらこのレポートらしい。

(しかも、隊長のケロロのところじゃなくて直接クルル宛に来たみたいだし)

 改めてケロン軍の内部事情を聞いたことは無いし、流石にクルルも軍部の情報を易々と他に漏らすことはないだろう。だから、詳しくこのことについて尋ねるつもりは無い。

 ただ、付け加えるなら、心無しかカタカタ……というタイピングの音までつまらなそうだ。

(でも、仕事に関しては妥協しないからなぁ~)

 つまらないこのレポートに、この3日間、ずっと向き合っていたのだろう。

(さて……俺は夕飯でも作ろっかな)

 

 夕飯は、定番の野菜カレー。

 風呂にも一緒に入った。

 念の為に言っておくが、誓って、やましいことはしていない。それに、クルルはいつも後から入ってきて先に上がっていく。これが、いつものパターンなのだ。

 クルルが脱衣所で着替え終わったのを確認して、それから少し間を空けて俺が上がる。

 今日もいつも通り、こんな感じで入浴を済ませた。

 ――――そして、今に至る。

「……カゼひくよ~」

 そっと呼びかけてみても、全然動かない。

 床に座ってソファーの座る部分に頭を凭れ掛ける、お得意の格好。パソコンの電源は、まだ入っていない。

(多分、ほんのちょっと体を休めるつもりでこの体勢になったんだろうなぁ……)

 寝るつもりは、多分無かったんだろう。

 でも、本当によく眠っている。

 少し近付いて、そのまま傍にしゃがんで、そっと顔を覗き込む。

(――シワ寄ってる)

 何か、嫌な夢でも見ているんだろうか。

(――――さて、)

 自分は選択をしなくてはならないだろう。

 ――毛布をここに持って来るか、ちゃんとこの娘を抱き上げてベットに連れて行くか。

 前者の方が手間はかからないし、起こしてしまう心配も少ないけれど、しっかりと体を休める為にはベットの方が快適だ。

 少し考えて、そっと腕を背中と膝裏に差し込んで立ち上がる。

「……んっ……」

(あ、やっぱり……)

 ほんの少し身じろいで、クルルが薄っすらと瞼を持ち上げた。

「……クルル?」

「……」

 名前を呼んでみたけど、眼鏡越しの夕焼け色の眼は焦点が定まっていない。ゆらゆら、ゆらゆら、生理的な水気を含んで揺れている。

「……寝てていいよ?」

 言葉が理解されているかは微妙だけど、何となく安心はしてくれたようで、ゆっくりと瞼が下りていく。

 ベットまで運んで、そっと降ろす。最近降ろした厚手の毛布を掛けると、きゅっ、と体を丸めて。何だかソレが、すごく可愛かった。

 傍に居るとまた半端に起こしてしまうだろうから、一旦リビングに戻る。

 パソコンの電源をおとして、ふと、テーブルに置きっぱなしにしていた携帯電話に目が留まった。

(――――あ、)

 ……そういえば。

(クルル、連絡してないよね)

 ちょっとした仕掛けで、クルルのラボとこのアパートは繋がっている。コレを利用すると、ケロロの私室を経由せずにラボとアパートを行き来できるのだ。

 勿論、今回もその仕掛けを使ってアパートまで来たワケで。

(モアちゃんには、「出掛ける」とだけ言ってたみたいだけど……)

 思い浮かぶのは、クルルの先輩トリオ。

(――――一応、連絡しておこうかな?)

 確か、自分の携帯にドロロのアドレスを入力していたハズだ。

 何でもクルルは外出の際に、『行き先、同伴者、帰宅時刻』を3人の内の誰かに伝える義務が発生しているらしい。

 『うざい』なんて言いながら、クルルは律儀にその言いつけだけは守っている。 

(本当、愛されてるよね)

 

 『宛先 ドロロ

  件名 no title

  本文

  今日、クルルはコッチに泊めるね。

  おやすみ(^0^)/~』

 

 《終わり》

きみのしあわせを願う

 

HAL様、60000hit達成(61000hit越え)おめでとうございます……!

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黄昏ロマンス

 約束も、打ち合わせもしていない。でも、地球で暮らし始めてから、ケロロ君の部屋に集まる回数が随分増えたような気がする……。

(……気のせい、じゃないよね?)

 今の時間は、午後5時半を少し過ぎたところ。最近は日没の時間が随分と早くなって、午後5時を回ると大分世界が暗い。

 ケロロ君の部屋に窓は無いけれど、きっともう外はかなり暗くなっている。

 ケロロ君の部屋にいるのは、ケロロ君とギロロ君と、自分。ケロロ君は、沢山溜めてしまった宿題に向かって鉛筆を握っているけれど、手は全く動いていない。時計と宿題の紙面を交互に忙しく見比べている。

 ギロロ君はと言うと、日課の武器整備をとうに終えて、怒ったような表情のまま立てた膝を小刻みに揺すっていた。

「――――ドロロ~、クルルから何か連絡あった?」

「否」

「っ……何をしているんだ、アイツは……!」

 自分たちは、お昼頃に珍しく出掛けて行った『らしい』クルル君をずっと待っているのだ。

 クルル君が外出しているということはモア殿から聞いた話で、モア殿もクルル君がどこへ行ったのか、ということは聞いていないのだという。

 それでも、自分の中には現実味のある推測があった。

 そして――――。

『でも、クルルさんは、もし今日お帰りになるとしても――帰宅時間は遅くなると思います』

 そっと教えてくれた彼女の言葉が、自分の考えをより確かなモノへと変えてゆく。

(――きっと、)

 クルル君の傍には、彼女のパートナーである少年の姿があるのだろう。

「……それにしても」

「?」

「今回は随分連絡が遅いでありますなぁ~」

 ドロロ、と名前を呼ばれて視線を向けると、困ったように笑うケロロ君と目があった。そして、ケロロ君も自分と似た予想をしているのだということを何となく感じる。

 そのままギロロ君に向き直ると、額の青筋が眉間の皺と共に増えていた。

 ギロロ君も、この様子だと自分たちと似通った予想を立てたのだろう。

(心配、もしているみたいだけど……)

 ケロロ君とギロロ君では、『心配』の現れ方がかなり違う。

 ギロロ君は特に、クルル君が睦実殿と親しく付き合うことに対して抵抗があるみたい。それを真っ直ぐに態度と言葉で示すのが、ギロロ君の愛情表現なのだ。彼が睦実殿とクルル君の仲を快く思わないのは、睦実殿への対抗心や敵対心などではなくて――純粋に、クルル君のことを妹のように思っているから。だから、心配もたくさんするのだと思っている。

(過保護だって、わかってはいるけど……)

 年下の、妹みたいな女の子。

 彼女に対してはギロロ君に限らず、自分もケロロ君も過保護なのだと自覚している。

 クルル君はもう、出会ったばかりの頃とは違う。

 背も高くなって、顔立ちも幼さから大人らしい綺麗なものへと変わっていく。

 少しずつ、彼女は子どもから遠ざかって行くのだ。幼い憧れや空想的な恋ではなく、現実に根ざした恋愛を経験してもおかしくない。

 分かっている。

 分かっているのに、彼女が誰かと付き合うかもしれない可能性に対し、自分たちは過度な警戒心を抱く。

 彼女が誰を好いて恋人としようが、それは彼女の自由。当然の権利だと、心得てはいる。

(クルル君からも睦実殿からも、しっかりと聞いたわけではござらんが……)

 果たして、あの2人が『実は付き合っている』という関係なのか否かは、判別できない。気が合っているということに関しては疑いの余地がなく、2人はきっと、誰よりもお互いを理解しあっている。

 けれども、2人が恋人同士だという話は聞かない。

 よって、今自分が考えるモノは、『仮』の話だ。

(――もし、睦実殿もクルル君も、お互いが異性として好きだとして……)

 ――――自分は、2人を祝福できるのだろうか?

(……うーん……)

 個人的な見解で言えば、睦実殿自身は良い御仁だと思っている。本人の性格や行動が身軽な印象を与えるため、ギロロ君はそこから『軽薄な奴だ!』と言ったことがあったけれど――。歳の割りに、彼は冷静な視点と思考を併せ持っている。

 ただ、睦実殿もクルル君も、とにかく若い。

 2人が所有知識量や機転、応用について自分たち以上であったとしても、生きている年数がかなり少ないのだ。年齢を重視しない考え方が最近主流になってきているとも聞くが、年齢差はある意味絶対的なものである。

 時間は、等しく回り続けていくもの。経験の量は、生きた年数によってある程度規定されてしまう。

 1日24時間。1ヶ月30日および31日。1年12か月。

 流れ行く限られた時間の中では、『出来ること』も限られる。つまりは、時間的制約下で人はその人なりにさまざまな経験をしてくのだ。

 恋愛も勿論『さまざまな経験』に含まれる。が、恋愛というものは取り返しのつかない『疵』をつけていくことが多い。

 幼い頃の『憧れ』ならば、いいだろう。

 近所のお兄さんやお姉さん、幼馴染やクラスメート、先生や学校の先輩。憧れは、多くが一方通行である。伝わらない思いを持て余すという痛みはあるものの、『憧れ』が終わる時、よほどのことが無ければ『あのひとがすきだったんだよ』と笑えるだろう。

 だが、若い頃の『恋』は事情が変わる。

 深い付き合いをどちらかが求めることもあるだろう。そうなった場合、『付き合っているから』『好き合っているから』という理由のみで行為を繰り返すことの危険性。行為は、恋愛感情を語るためだけのモノではないという、夢の無い現実――。

 歳を重ねて、自分の中では後者のような考えが『恋愛関係』と深く結びついている。

 だから、どうしても――――もし、2人の間に恋愛関係が成立しているとしても、真っ直ぐな心で2人を祝福することができない。

「ドロロ?」

 はっ、と意識を思考世界から引き上げると、曖昧に笑うケロロ君が「携帯、マナーモードじゃないでありますよね?」と問い掛けてくる。

 慌てて携帯通信機を確認すると、ちゃんと着信音が鳴るように設定していた。

 ディスプレイの時計は、午後6時5分前。

「――――っもういい!様子を見て来る!」

 そしてとうとう、ギロロ君の心配は破裂してしまった。

 立ち上がった彼を止めるために、ケロロ君と2人で言葉を重ねる。効果は、全くと言っていいほど無かった。

「ちょっと落ち着くであります!」

「は・な・せ!!」

「あ、後5分まってみようよっ?」

「もうすぐ6時だぞ!?そんな悠長なことを言ってられるか!」

「だーもう!とにかくその手に持ってる銃をせめて離すであ――――」

 ぴよぴより~ん

「あっ!」

「ほら!クルルからでありますよ、きっと!」

 丁度ぎりぎりのタイミングで鳴った着信音。これは、メールを受信した時の音だ。

 何とかギロロ君が踏み止まってくれている内に、と慌てて画面を開く。

 

 『宛名 北城睦実殿

  件名 no title

  本文

  今日、クルルはコッチに泊めるね。

  おやすみ(^0^)/~』

 

「………………」

「ドロロ、クルル何だって?」

「――?おい、ドロロ?」

「…………………………………」

 

 《終わり》

どう、説明すればいい?

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テララ

超劇場版ケロロ軍曹第4弾を踏まえたお話です。

 

 

 真夜中に、テララは目を覚ました。パチパチ、と何回か瞬きをしてそのままがばっ!と跳ね起きる。

「シオン!」

 隣には同じベットで寝起きしているシオンがコチラを向いたまま目を閉じていた。

「シオン、シオン、シオン!!起きてっ!!」

 ぺしぺしと顔や腕を叩くのだが、相当疲れていたのだろう。シオンは微かに身じろぎはするものの、一向に目を開けない。

「……シオンー……」

 少しずつテララの声からは勢いが無くなっていき、やがて諦めたのか、声は聞こえなくなった。

「……」

 一度目を醒ましてしまうと、子どもはなかなか眠らない。特に今日のテララは、日本から来たシオンの『トモダチ』と沢山遊んで昼間に沢山寝てしまった。今は全く眠くないのだ。

「……ねーねー、シオーン……」

 起きて。

 遊んで。

 抱っこして。

 お話して。

「…………シーオーンー」

 何度呼んでも、シオンは起きない。

(――――くらい……)

 部屋の中は、照明が落とされている為暗くなっている。いつもテララはシオンよりも先に眠り、部屋の明かりを消すのはシオンだ。

 テララは、夜の部屋に慣れていない。

 ――――部屋の中は、静かだった。

 そして、暗い。

 真っ暗ではないけれど、昼間とは比べ物にならない程に暗かった。

(……くらい)

 ――――――ぞくっ……。

「――っ!?」

 悪寒が走り、テララは慌ててベットから飛び降りた。

(シオン、ねてる……っ)

 シオンはいる。ちゃんとそこに居るけれど――起きていない。

 シオンが遊んでくれない夜の部屋は、何だか怖かった。

 何で怖い?何が怖い?

 答えは、存外早く導き出された。

(……あそことおんなじ、だ)

 大きな扉を夢中で押し開けて、走る。

 長い廊下にはまだ明かりが残っていたが、それでも世界を照らす光は昼間に及ばない。

 長い廊下は、小さなテララにとって終わりの無い世界だった。何処がゴールなのか、誰かいないのか、どこまで走ればいいのか――何一つ分からないまま、テララは走る。

(っ……や、だ……!!)

 ――――やっと、ひとりぼっちじゃなくなったのに!

(っテララ、ひとり、や……っ!)

 

 ――――ドンッ!

 

「っぷわぁ!?」

「っ……て、クソチビ……」

「――っクルル!」

 急に角を曲がったテララは、勢い良く歩いてきたクルルと衝突したらしい。子どもとは言え、不意打ちでかけられた力に抗いきれず、クルルは尻餅をついた。

 クルルはテララを見た瞬間、何とも言えない表情に顔を歪めたのだが……そんなことはお構い無しに、テララは立ち上がると、そのままむぎゅっとクルルに抱きつく。

「クルル、クルル!」

「――っ離せ、」

「テララ、起きた!」

「…………はぁ?」

 がばっと顔を上げたかと思うと、子どもは唐突に脈絡の無いことを言い始めた。

「テララ、もうねむくない!シオンねちゃった!」

「……」

「テララ、おきた!テララ、くらいのや!テララ、ひとりやだ!――――こわいの、きらい!」

「…………あのなぁ……」

 ぶつぶつと切れる訴えに対し、クルルはあからさまに眉を顰める。

 こんな面倒ごとには関わりたくないらしい。それに、ぐりぐりと小さな頭を胸に押し付けてくるため、いい加減息苦しかったようだ。

「いい加減離せ。離れろ」

「っイヤ!!」

「――――っ!?」

 ぎゅうぅ、と。テララは服と一緒に、その下の皮膚まで握り締める。痛みでクルルの表情が歪んだことなど気付かずに、小さな子どもはあくまで自分の主張を叫んだ。

「こわい、や!」

 目が覚めたら辺りが暗くなっていて、大好きなシオンは眠ったまま。

 ――ひとりでいるのが怖いのだと、テララは訴える。

 喋れない、抱き締めてくれない、遊んでくれない、眠ったままのシオン。そんなシオンと一緒にいるのは、ひとりぼっちと同じだ、と。

「……おい」

「――――?」

「部屋に戻れ」

「っイ・ヤ!!」

「――――っ……クソチビ」

「チビじゃないもん、テララだもん!」

「テメェなんざチビで充分だっつーの。――とにかく、部屋に戻れ」

「い・やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー!!!」

「っ……部屋までは、ついて行ってやる……」

「テラ……?」

「まず、離れろ」

 今度こそ、大人しくその言葉に従う。

 ようやく立ち上がったクルルは、そのままテララが走ってきた通路を歩き出す。それを見て、慌ててテララは走り出した。

「……クルルぅ」

「あー?」

「シオン、ねてるよぉ?」

「だろ~な」

 ガキは寝てる時間だ――と、小さく呟いた言葉の意味は、何となくテララにも分かる。

「……クルルぅ」

「……」

「……テララ、ひとりぼっち、やだ」

「いるだろ、お前の『飼い主』が」

「『かいぬし』ちがう!シ・オ・ン!!」

「うるせぇ~な……ちったぁ黙って歩け」

「クールールー!」

「……」

「クルル!クルル!!クルル!!!」

「用もねぇくせに呼ぶな」

 そんなやり取りをしている内に、2人はシオンの私室に到着した。

 テララが苦労してやっとこさ開けた扉を、クルルは幾分か簡単そうに開く。

 当然だが、室内は暗かった。そして、部屋にある1つだけのベットの上で、シオンは気持ち良さそうに眠っている。

 テララは最初、なかなか入り口から動かなかった。

 しかし、クルルがさっさとベットの傍に行ってしまったため、しばらくして渋々ベットに歩み寄る。

「――クルル、だっこ」

「……」

 面倒くさい、という内心を隠しもしなかったが、それでもクルルはテララをベットに持ち上げた。

 そのまま離れようとしたクルルの指を小さな手が、ぎゅ、っと掴む。

「……いてぇ?」

「……」

 煩わしそうではあったが、結局クルルはベットの傍に置かれた椅子に腰を下ろした。

 テララは、この上なく上機嫌。

「テララ、クルル、すき!!」

 にこにこと満面の笑みで断言すると、クルルの眉間の皺が1本増える。

「テララ、クルル、すき!!」

「……さっさと寝ろ」

「ねむくない、もん!」

 離れていかないクルルの手は、シオンとは違う。白いけど、かたい。それが小さな傷跡だということに、テララは気付かない。

(――クルル、やっぱいいやつ!テララ、知ってた……!)

 

 その日、テララは夢を見た。

 まだ卵の中にいた頃の、夢。

『待っててね』

 沢山話しかけてくれたシオン。優しいシオン。テララが大好きな、シオン。

 そんなシオンとは違う、声を聴いた。

『しょーがねぇな……』

 しょうがないから守る、という約束をくれた声。

 他の3人のウォリアーとは何かが違う。むしろ、シオンに近いと感じた。

(……あたたかい……)

 目が見えているのに世界は真っ暗で。体は動けそうなのに、世界は狭い。自由になったのは、耳だけだった。

(……はやく、あいたい……)

 

 色んなことがあって、その願いはちゃんと叶った。

 卵から出てきて、シオンに抱っこされた時。ようやく近くなった大好きなシオンが、クルルの言葉で笑った。

 待っててね、と言っていた時よりも嬉しそうに笑ったシオンを見て、テララはもっと嬉しくなったのだ。

『いいやつ!!』

 優しいシオン。テララが大好きなシオンが、クルルの言葉で笑った。

 テララがクルルを『すき』になった理由は、それだけで充分なのだ。

 

 カーテンの隙間から朝日が零れ、シオンは目を覚ました。

「――――?」

「……」

「ボンジョールノ、クルルさん」

「……クク……落ち着いたものデ」

 目覚めると、何故かクルルが部屋にいる。

 経緯を把握する前にまずは挨拶、というお嬢様に、クルルは小さな皮肉を返す。生憎、シオンにはその皮肉が通じなかったが。

「……でも、どうなさったんですの?」

「……」

 無言でクルルが指差す先には、クルルの左手の中指をしっかりと握ったまま寝ているテララの姿。

「まあ……」

「……」

「テララは本当に、クルルさんがお好きですのね」

 どうやら、何故テララがクルルの指を掴んで眠っているのか――そこまでの経緯は気にならないようである。

 もう突っ込む気も起きないようで、クルルは何も言葉にはせず。

 ただ1度だけ、小さく溜め息を吐いた。

 

 《終わり》

こどものこころ

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むかしは、いまは。

「ギロロ、クルルどこにいるか知らない?」

「――――ラボじゃないのか?」

「さっき見てきたけどいないのよ。全くもう……」

「また何かやらかしたのか?」

「違う。単に、一緒に出掛ける約束してるの」

 出掛ける前に、アイツの身なりを色々弄りたいのだと言う。夏美の右手には櫛が。左腕には、おそらくアイツに着せるつもりなのだろう、女物の服が引っ掛けられている。

 夏美やモアにとって、あの引きこもりはいつの間にか丁度良い着せ替え人形になっているらしい。

「何時に出発するんだ?」

「3時」

「……まだ2時にもなってないぞ」

「女の子の支度なのよ?時間には余裕を持っておかないと」

「……そういう、ものか?」

「そーゆーもの!……それに、クルルは下手すると、まずお風呂に入れなきゃならないかもしれないし」

(……確かに)

 パソコンを弾いている時はいいが、何かを作っている時には全身油と埃まみれになる奴だ。夏美はそのことを指摘しているんだろう。

「ギロロ?」

「――――すまん」

「謝らなくていいけど、大丈夫?」

「ああ。……クルルのことだが、アイツはアレで1度約束したことは守るからな。その時間には姿を見せるだろうが……」

「――――時間になれば、ね」

 チラリ、と。

 一瞬、探るような視線がテントに向けられた。だが、それは溜め息と共にあっさり逸らされる。

「……了解。いざとなったら、出発を少し遅くして貰うわ」

「……」

「――――ねえ、ギロロ」

「何だ?」

 一旦、ガラス戸から室内に向かったはずの足が立ち止まって、振り返る。

 僅かな逡巡を見せたものの、やがてゆっくりと唇が動き言葉が紡ぎ出された。

「――――余計なお世話だろうけど……多分、ちゃんと言葉にした方がいいと思う」

「……」

「それだけ。じゃあ、風邪ひかないようにね」

 そのまま夏美は、どうやら2階へ戻って行ったらしい。

 ついさっき消したばかりの焚き火に視線を落とし、思わず溜め息を零す。

(……言葉、か)

 ――――妙な、心境だった。

(…………なつみ、)

 ――――俺は、お前、が……。

(お前のことが、俺はずっと……好き、だった……)

 強くて、でも本当は寂しがり屋で。大体のことをこなせるのに、たまにちょっと抜けているところもあって――――。怒りっぽいのだけど、何だかんだでお人好しで、面倒見が良くて。

 そんな夏美を。

(――――好き、だった、はずだ)

 ――――好き、だったはずなのだ。

「――――……」

 音をたてないようにそっとテントの入り口をめくると、床には猫と、今の今まで夏美が捜していた奴が転がっている。お互いの体温で暖を取り合い、体を丸めて目を閉じていた。

 薄い毛布を引っ張って被せると、どちらも小さく身じろいだが、起きる様子は無い。

 昔よりも少しだけ伸びた金髪をそっと頬から払った時も、微かに体を震わせたものの、やはり目を覚まさなかった。

 安心する一方、妙にやりきれない。

「――――クルル、」

 名前を呼ぶ。やはり、コイツは目を開けない。

「――――猫は、あたたかいか……?」

 

 《終わり》

揺ぎ無いものがよかった

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関係性における法則考察

「コーヒーはいかがですか?お嬢さん」

 にっこり、と口角を上げたまま問い掛けると、定位置に座っている相棒は小さく嗤う。

「不法侵入~」

「ちゃんと入り口から入ったよ」

 まあ実体化ペンで作ったファスナーの入り口から、だけど。

 でも、そんなことは今更で、相手も殊更『不法侵入』について議論しりつもりは無いハズだ。

 その予想通り、形の良い唇は弧を残したまま「ブラック」というリクエストだけを寄越す。ミルクも砂糖も加えない黒い液体を注ぎ込んでカップを渡すと、片手で持ち手を、もう片手でカップの丸い側面を支えて唇を寄せる。

 ゆっくり、ゆっくり、ちょっとずつ。

 猫舌だから一気に熱い飲み物を飲み干せないんだろう。こんな姿は何遍も見ている。それなのに、まだ飽きが来ない。

「どう?」

「ククッ……まあフツウ」

「それはそれは♪」

「で?」

 何の用だ、と。

 上目遣いで尊大に口を開く相手に、今度はちょっと苦笑した。言葉で用件を言う前に、ずらりと並ぶモニターの1つを指差しで示す。

 そこに映っている場所は、ケロロの私室。

 部屋の中にいるのは、ケロロと遊びに来ているタママ。そして――暗雲のようなものを背負う、蒼髪の忍者モドキ。

「ケロロから伝言があるけど、聞く?」

「く~っくっく……いらね」

「そっか。でも、珍しいね。クルルがここまで引っ張るのは」

 ついさっき、ケロロたちから聞いた内容によると。何でも、かれこれ12日間、クルルはドロロとの接触を悉く拒否しているらしい。

(この2人のことだから、喧嘩はしてないだろうし)

 ドロロが穏やかな性格だから、口喧嘩している所も見たことがない位だ。

 ――――で、今回はクルルがドロロに対して一方的に怒っているらしい。

「で?テメェは隊長に泣きつかれてわざわざ説教でもしにきたのかぁ?」

「んー……それはちょっと違うかな?」

 ケロロから『そろそろドロロと口きくように、クルルを説得してきて欲しいであります!』とは言われたし、それをクルルにも伝えてくれとは頼まれたけど。

(『わかった』とは言ってないし?)

 だから、伝言も言わないし、下手に説得じみたことを言うつもりも無い。恋人同士の諍いは、傍観している方がよっぽどいいのだ。

「でも、俺としてはゲーム仲間がずっとあの調子だと、対戦相手がいなくて退屈なんだよね」

「そ~かい」

「クルル、相手してくれる?オセロの」

「パス」

「ちぇ~」

 軽口を交わしながら、もう1度モニターに視線を移す。

 体育座りをしてずっと落ち込んだままのドロロに、ケロロがうっとおしそうにしながらも声をかけている。タママはドロロをケロロに任せて、何処かへ行ってしまったようだ。

(……ドロロには難しいだろ~なぁ)

 多分、ドロロはもう既に何回もクルルに謝ったんだろう。そして、そっけなく追い返されたに違いない。

 ドロロは、分からないのだ。

 何故、クルルが怒っているのか――――その理由が、探し出せていないのだろう。

 ただ、流石にクルルが謝罪を求めている訳では無いと分かってはいるらしい。だから今、ケロロの部屋でひたすらどうしたらいいのかと途方に暮れているのだろう。

(でも、ドロロだしなぁ)

 ドロロが『理由』を察するのは、まず無理だ。クルルとドロロにも勿論、考え方や価値観に違いがある。それらは恋人だからと言って無理矢理擦り合わせるものではないし、だから食い違いがあってむしろ当然。

 しかしまあ、言葉で教えてしまうことは、出来なくもない。 

(でも、時間はもう少し掛かるだろうけど……クルルもずっとこのままではいないだろうし?)

 自分とクルルの思考は案外似通っていて、だからこそ分かる。多分、あと数日後、クルルは怒っていた理由を嗤ってはぐらかしつつドロロをからかっているはずだ。

(その間、ケロロにはちゃんとドロロのフォローをして貰うことになるだろうねぇ~)

 たまには『隊長らしく』ってことで。

 

 《終わり》

そんなものだろう?

 

ほたるび様、10000hit達成おめでとうございます……!

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うたたね

このお話には後半に性的な単語が登場します。苦手な方は、そっとUターンをしていただければ大丈夫ですので……。

 

 

 ――――ちょっとだけ……。

 そう言ってベットに横たわってから、既に4時間が経過していた。

(……っ寝過ごした……!?)

 慌てて起き上がろうとして、すぐに固まる。ちらりとそこで隣に視線を向けると、こちらに背を向けた少女が小さく丸くなっていた。

 微かに届く呼吸から、彼女がまだ夢の世界にいることを知る。

(……どう、しよう)

 珍しく非番になった自分とは違い、彼女には公的な休みというものが存在しない。その為、彼女は沢山の仕事を徹夜続きでこなしてしまうことが多くて……眠る直前の会話でも、最後に寝たのは4日前だという返事があった。

 きっと、疲れているんだろう。

 このままそっと眠っていて欲しいというのは、自分の我侭だ。

(……僕が起きた時に、声をかけるって言っちゃったけど……)

 暗殺兵時代の名残で、この体は余り睡眠を必要としない。纏まった休息がなくても動けるように訓練されている。

 眠ることが趣味だと言う人もいるらしいけれど、自分は不都合が無ければ眠ることなく動き続けたいと思うタイプだ。そうして起きたまま、常に何かをしていないといけない――そんな、一種の強迫観念に駆られる。

(――――でも……)

 そっと、眠る彼女の背中を窺う。

 彼女の伸ばしかけの髪は、背中の肩甲骨に届く位になった。淡く輝きを放つ、きめ細かな金糸の髪。

 柔らかそうな質感に誘われて、思わず手を伸ばしかけ――慌てて引っ込める。

(……きっと、とても疲れてたんだよね)

 彼女は他人の気配に敏感だ。

 こうして自分の傍で眠ってくれていることは、きっと奇跡のようなもので。この事実は、空っぽな心をほっこりとした温もりで満たしてくれる。

 そうは言うものの、流石に体に直接触れてしまったら彼女は目を覚ましてしまうだろう。

 自分が体を起こしたことで出来てしまった毛布の隙間を埋める。その為に、再び自分もベットに体を横たえた。

 ――初めて、こうして一緒にベットに潜り込んだ時。

 彼女は本当に小さくて、すっぽりと腕に収まってしまう程小さくて……自分なんかよりもずっと広い視野を持った彼女の心を『大人びている』と思う一方、その体に視線を向けるたびに彼女を『幼いこども』だと感じた。

 2年の歳月は、そうした見方を変えるのに充分すぎる時間だ。

 今の彼女は、あの外観と内面のギャップをどんどん縮めていく。

 成長期を迎えた彼女は、どんどん綺麗な、大人の『女性』へと変貌を遂げた。

 長期任務に就いてばかりだった自分は、そんな彼女の急激な成長をずっと見ていることはできず――その分、彼女のそうした変化に驚いたことは、まだ記憶に新しい。

 彼女の成長は、純粋に嬉しい。ただ、その半面『寂しい』と思う自分もいる。

 それは昔、幼馴染たちと一緒に居る時に絶えず頭の隅に居座っていたものと似ていた。

(……『おいていかないで』なんて、変だよね)

 言ってはいけない。

 考えてはいけない。

 押し込めて、目を逸らしてしまわなくては――きっと、ダメになってしまう。

「…………おやすみ」

 そっと毛布を肩まで引き上げて、自分も目を閉じる。

 

 ――――更に、3時間が経過した。

「……」

 枕もとのデジタル時計を見て、舌打ち1つ。同じく枕元に常備している眼鏡をかけて、思いの外惰眠を貪っていたらしい現実に悪態をつく。

(……起こせっつったのに)

 しかし、自分の隣には眠っているらしい青い髪の男が居る。それを確認して、今度は小さな溜め息を吐いた。

 自分が『落ちる』前に言った台詞を思い返せば、確かに道理なのだ。

 ――起きたら、起こせ。

 つまり、今までずっと男も眠っていたのであれば、別にそれを反故にされたことにはならない。

 そう考えて、こんな時間まで熟睡していたらしい自分に驚きを感じる。たかだか4、5日くらいの徹夜でどうこうなるほど、やわな体ではないと自負しているが……。

 思いの外体に疲労が蓄積されていたか。それとも――――。

(……ククッ……冗談じゃねぇ)

 馴染んだ嗤いを浮かべて、たった今の考えを一蹴する。余りにも自分には合わない仮説だ。

 そこで一旦、上体だけを起こそうとした。が、その気配だけで隣が身じろぎをしたため早々に諦める。その行動に、理由はつけない。

(それにしても)

 分かってはいたが、相変わらず色欲からは程遠い関係だ。

 自分がすぐに眠ったということもあるだろうが、それにしても……と思う。一応、女みたいな見た目とは言うものの、これは男だ。とうに成人済みの、列記とした男。そして、まあ一応、自分とこの男は恋人になっているハズで……。

(男はしたがるモンだと思ってたんだがなぁ~)

 コレが規格外ということもあり得るが。

 自分も、いつまでも子どもという訳ではない。もう16になったし、背だって伸びた。だが、この男はあからさまに行為を避けている。

 ごくたまにするキスにしても、仕掛けるのはもっぱら自分の方だ。

(……不満、なのかねぇ~?)

 自分が現状に不満を持っているのか、と言えば……おそらく、不満はある。だが、それは大して問題にするほどのモノでもない。

 恋人というだけで、無意味に接触を繰り返したくはない。

 だから、別に気にしなければいいのだろう。相手から手を伸ばされることの無い現状に、どうして不満など感じるのか。

 ――任務では沢山の女を抱いていた癖に、と。

 偶にからかいのネタでそんな話を振ってやれば、赤面して弁解を試みる。泣きべそをかく男を見るのが面白くて話を混ぜっ返しているのだと思っているが、もしかするとそこには小さな八つ当たりが混じっているのかもしれない。そう考え出すと、この男に対して案外自分はやきもきしているのかもしれない――そんな考えが、真実味を帯び始める。

 男の体は、多くの女を知っている。

 逆に、自分の体は未だ男を知らない。

 その違いについてはわざわざ言うことでも無いので、改めてこの男に話したことはないが。

(――ま、気長にやるか)

 自分が焦るのは、馬鹿らしい。

 それが言い訳じみていることに気付かないほど鈍感ではいられないが、それでも目を閉じる。

 

 本日2度目の眠りから覚めた時には、少し先輩に悪戯してやろう。

 

 《終わり》

それくらいが丁度良いかも

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sometimes

 洒落た雑貨店等が立ち並ぶ街の一角。年に数回訪れている喫茶店のテーブルで、ガルルとクルルが正反対の表情で向かい合っている。

「やはり、此処のコーヒーは美味しいですね」

「……」

「どうなさいました?」

「……べつに」

 そう言って、カカオをふんだんに溶かし込んだココアを口に運ぶ。ガルルは特に何をいう訳でもなく、そっと口を閉ざしてそれに倣う。

 クルルの――少女の不機嫌の理由は、大体察していた。

 まず、自分がこうして、少女を街へと連れ出したこと。

 昨日未明、約3年ぶりにゾルルたちが本部へ帰還する目処が立った。半身を義体で補う暗殺兵は、メンテナンスの必要性から長期の任務には就かない筈だったのだが……人材の不足は暗殺部隊の中で年々深刻化していて、半年の予定で遠い惑星の遠征にゾルルも駆り出されたのだ。

 その『半年』の予定が思いの外長引き、気付けば3年。

 明後日、ようやく戻って来ることになった。

 3年の間に、実に様々な出来事が起こり、その分色々な環境が変化している。特にクルルの周りは、3年の間に随分と賑やかになった。

(その代償は、余りにも大きかったが……)

 ――――少佐から曹長への降格。

 階級に対して、クルルは執着心を持っていない。自分もゾルルもクルルを名前で呼んでいるため、日常では階級の違いを意識することはないだろうが……。

 ゾルルに、降格の経緯を話すべきか否か。

 昨夜、アパートで悩んでいたことを思い出す。知る知らないでゾルルとクルルの関係が変わることは無いだろう。だから、決められない。

(ゾルルが尋ねてきたときには、答えるつもりでいるが――――)

 その程度の心構えでいればいいのだろうか?

「……」

「――?どうなさいました」

「……べーつに」

 ふと、目の前の少女が向ける視線に気付いて問い掛ければ、少女はふいっと視線を逸らす。

(……おやおや)

 ――どうやら、心配させてしまったらしい。

 流石に足かけ5年の付き合いともなれば、多少の機微は読める。

 改めて何かを言っては却って少女の気を損ねることも、容易に想像がつく。その為、特別礼を述べるのではなく、再びコーヒーを飲んで微笑んだ。

「しかし、丁度良いカップが見つかって良かったですね」

「あっそ」

「きっと、ゾルルも喜ぶと思います」

「……ふーん」

 今日、こうして出掛けた1番の目的は、ゾルルへのプレゼントを買うことだった。久しぶりの帰還をお祝いするつもりで、お揃いのカップと寝巻きを購入。前日には、ご馳走を作るための材料を買う約束もしている。

 クルルは面倒そうにはしているものの、何だかんだでちゃんと行きつけの雑貨店でカップを選んできた。この少女は、自分を慕うモノに実は甘い。ゾルルの方がクルルよりも10歳上なのだが、弟か息子のように懐く青年暗殺兵に対し、何だかんだでクルルは優しい。

 滅多に袖を通すことの無い少女用の服を着て、面倒そうではあるものの、ちゃんとプレゼントを選んでくる。彼女のそうした誠実さが、いじらしく、愛おしい。

(しかし、やはり良く似合う)

 本日のクルルの服装は、秋らしさを感じさせるシンプルなワンピース。灰色のハイネックシャツに重ねた、紺色を基調とするそれは、袖口がふんわりと膨らんでいる。胸の下辺りにピロードのような艶を持つ黒いリボンがあしらわれ、下には裾にレースのついた七分丈のレギンス。頭に被っていた茶色のキャスケットは、店内ということで隣の椅子の上にちょこんと置かれている。

 中性的な、性別の枠を超える整った容姿は、身につけるモノでその性別を確定させた。

 今のクルルは、誰が見てもその性別を間違って認識することは無いだろう。誰が見ても『少女』に見える。それも、滅多にお目にかかることのできない極上の『美少女』だ。

 そんな存在に、つい視線を向けたくなるのが人の性である。

 ――少女が不機嫌な、もう1つの理由。

 さっきから代わる代わる、絶え間無く注がれる他人からの視線がそれだ。

 ムッとした表情も、元々釣り上がり気味の目であるためか一層鋭さを増した――位にしか、周囲は思っていないらしい。かなり怒っているのだろうが、それさえも様になるからか。好奇の視線は今も少女に注がれている。

 かく言う自分にも同じような視線は向けられているのだが、こればかりは年月に伴う『慣れ』なのだろう。自分はもう、昔のようにそれを始終気に掛けることをしなくなった。

 全くの無関心、とは言わないが、必要以上に気にすることは無くなってしまったのだ。

(歳をとったものだ)

 妙な感慨を抱き、それを全て苦笑に紛れさせてメニューを開く。

「何か召し上がりますか?」

 丁度おやつの時間ですから――と。いつもと変わらない調子で話し掛ければ、相手は溜め息をひとつ。相変わらず大人びた溜め息だが、カップを包む手の平はやはり小さい。

 実年齢よりも幼く見られがちな外見であるため、相対的に大きく見えるカップを傾けてココアを飲む姿には、周囲を和ませる効果がある。とうとう堪え切れず笑ってしまい、少女の眼差しが一気に険しくなった。

 ――――ガタン。

 空になったカップを置いて、クルルは席を立つ。

 乱暴に立ち上がった訳ではないが、やはり周囲は一斉に視線を寄越す。クルルはそれを振り払うように、さっさと歩き出した。

 自然と口元には苦笑が浮かび、そこで自分も立ち上がる。

「お代は、此処に置いておきます」

 そっとテーブルの隅に代金を置くと、顔見知りになった店主が柔和な笑みを浮かべながら腰を曲げた。

「またのお越しを」

 

 喫茶店を出て、人通りのまばらな道を歩く。

 年に数回――月に1度、通るか通らないかという道のはずだが、自分も……少女も、いつの間にか此処へ来る度、妙な親近感を覚えるようになった。

 自分の口はやはり自然と弧を描いていたようだが、そっと窺った子どもの表情は不機嫌なまま眉を顰めている。

 抱く感想はお互いに違うのだろうが、それでも歩道に映る影はしっかりと隣り合っていた。

「今晩の食材を買って、戻りましょうか」

 そう言って、プレゼントを持つ手とは反対の手で、小さな手を握りこむ。

 クルルは一瞬渋って見せたものの、諦めたのだろうか。結局、その手が振り払われることは無かった。

 

 《終わり》

時を重ねて

 

こちらは、『まだ眠くない』有栖川ゆーた様のリンクを貼らせていただいた記念に……ひっそりと、有栖川ゆーた様に、捧げます……。

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レイニー・レイニー・チェリーボーイ

 ケロン星の天気予報は、滅多に外れない。

 何故ならケロン星の天候は気象装置で人為的に管理されており、天気予報はその気象管理センターが報じるからだ。

 よって、毎朝のニュースを確認していれば、突然の悪天候にうろたえるなんてコトにはならない。

 ――まあ、つまり……ケロロは朝寝坊をして、うっかり天気予報を見ないまま出勤したのだ。

(……こんな日に限って、午後から土砂降りなんて……ついてないであります……)

 建物の屋根に避難して、そっと空模様を窺う。どんよりと重く垂れ込んだ雨雲は広範囲に広がっており、雨脚も弱まる気配が無い。それどころか、ゴロゴロと低く唸る雷、加えて風まで吹き始めた。

 慌てて建物に戻り、はあ……と溜め息を吐く。

(……こんなことなら、ちゃんと訓練に参加した方がよかったでありますなぁ……)

 昨夜遅くまでゲームをしていて、寝不足で辛いからと仮眠室で居眠りなんかするんじゃなかった……。気付いてみれば、時計は夜の9時をとうに回っていて、本部の建物にはほとんど誰も残っていない。

 ポケットを探ってみるが、入っているのは缶ジュースも買えないくらいちょびっとのお金。とてもじゃないが、ビニール傘の売値には届かない。

(今から寄宿舎に戻っても、晩ご飯にはありつけないでありますし……)

 軍本部の敷地に建てられている寄宿舎は、食事付きで何より家賃が格安。だが、その分時間に融通が効かないという欠点がある。門限を過ぎてしまうと中に入れないし、ご飯だって食堂では食べられない。

 今からずぶ濡れで帰ったとして、その後自分に待ち構えているのはシャワーを浴びて眠ること。

 寝てしまえば空腹を忘れられるだろうが、生憎たった今起きたばかりの身では、その眠りがいつ訪れるのか分からない。

(う~ん……)

 ――どうしようか。

 考え事をする体勢として腕を組み、首を傾げてみる。そのまま辺りを見回して、ふとエレベータの所で視線が止まった。

 同時に、とある妙案が脳裏を過ぎる。

「……ゲロゲロリ♪」

 

 ――――現在地、ケロン軍地下フロア第一研究室……。

「――と、いうわけでぇ~……今晩泊めて♡であります!」

「濡れて帰れ」

 こちらに背を向けたままで返された台詞は、そっけない。

 視線はモニター。タイピングは乱れることなく、カタタタタタ……と忙しなく流れていく。

 こちらの存在など全く興味が無い――とも取れる態度を見せる相手に向かって、ケロロは必死に言葉を紡いだ。

「クルルー!そんな冷たいコト、言っちゃヤであります!」

「……」

「濡れて帰って、もし我輩が風邪でもひいたら大変でありましょう!?」

「何で?」

「え!?ヒド!!」

「く~っくっく……アンタ、別にそれ位じゃくたばらねぇだろぉ?」

 そこで初めて、子どもがコチラを向いた。

 ――大きな椅子に不似合いな小さな体。

 分厚い眼鏡に顔半分が隠れているものの、少し血色の悪い形の良い唇が弧を描けば、思春期の少女特有の危ういイロが混じる。

(……やっぱ、綺麗でありますな……)

 あと2、3年もすれば、さぞかし美しい女性になるのだろう。それについては、確信を持っている。

(2、3年後は忙しくなりそうでありますなぁ……ゲーロゲロ)

 本当に、自分が忙しくなりそうである。

「……」

「――ね、クルル。お願い、であります!」

「……」

「?」

「――で、何寄越す?」

「ゲロ?」

「世の中、ヒトサマにものを頼む時にはギブ&テイクが基本だぜぇ~」

「ゲロォ!?マ、マジっすか?!」

 ――10歳はゆうに歳下の女の子に、世の中を語られた!

 意地悪く、でもやはり見惚れるような、性別の曖昧な笑みの前で、硬直する。

 自分よりも相当高給取りであるはずの少女から代金を請求されることへの憤りを持て余しながらも、選択肢も選択権も無い状況では、どうしようもない。

 ここで、ここまで来て追い返されてしまうのは、イヤだった。

「……ゼ、ゼロロの着せ替え用の衣装一式、プレゼント……する、で、あります……」

「ククッ……交渉成立~」

「うぅ……クルル、しどい……」

「出て行くかぃ?」

「いえ!滅相もありません!!」

「なら、向こう行ってなぁ~。イイコにしてろよ?」

 およそ子どもらしくない物言いで、クルルは嗤いながら1つの扉を指し示す。

 研究室と隣接する、クルルの私室。

 私室にあっさりと男を招き入れる少女相手に、正直、いろいろと内心は複雑だ。が、それらは全て知らん振りをして押し込めた。

「クルルは寝ないの?」

「テキトーに寝る」

「そっか……じゃあ、ちゃんとベットは空けとくでありますから!」

 なるべく早く来てね、なんて言えば、見慣れた嘲笑が返される。

 しっし、なんて虫を追い払うような手つきに傷つきながら、久しぶりにクルルの私室へ足を踏み入れた。

(……う~ん)

 中は、相変わらず殺風景である。

 机、椅子、ベットとタンス。目ぼしい大きな家具は、それ位しかない。

 今まで沢山の女性の私室を見てきたけれど、クルルの私室程閑散とした部屋は無かった。研究室とは違い、あくまで平均的な面積であるはずの部屋が広く見えるのは、一重にこのそっけなさによるものだろう。

 そんな中、唯一この部屋を彩るぬいぐるみの前に腰を下ろした。

 ベットの上にきちんと行儀良く座っている、オレンジ色のぬいぐるみ。自分が床に胡坐をかくと、ちょっと下を向けばボタンの目と自分の目が合う。

「ひさしぶりであります!」

 返事は無い。

 傍から見れば相当怪しい光景なのだろうが、クルルは今研究室で作業中。この部屋には、自分たちしかいない。だから、構わないだろう。

 ぬいぐるみは随分と小奇麗にされているが、所々くたびれている箇所は見られ、繕いの跡もある。ガルルか、若しくはクルルが丁寧に縫ったのだろう。

 意外にも年季が入ったぬいぐるみにそっと笑って、頭の辺りを撫でてみる。案外手触りが良くて、撫でている内に何だか楽しくなってきた。

「……お前のご主人様、いつ帰ってくるんでありますかねぇ?」

 あの子どもが最後にベットで眠ったのは、一体いつ頃なのだろうか?

「クルルはよく無茶をするでありますから、心配であります」

 以前だったら、そんな心配をする資格なんて無かった。クルルと自分との間には、確かな繋がりが何も無かったから……。

 ――今は。

 今は、違う。

「……でも、お前にだけは謝らなくちゃいけないでありますなぁ」

 ――クルルをここから連れ出すから。

「とっちゃって、ごめんね?」

 呟いた台詞には、乾いた笑みが零れ落ちた。

 

 現在、自分もクルルも、ギロロもゼロロも、本部で個別の任務をこなしている。

 しかし、それも後1人のメンバーを決めるまでのことだ。後1人、メンバーが決定すれば、自分たちは『ケロロ小隊』として任務に就く。

 駆け出しの小隊に与えられるのは、大抵が他の惑星への遠征。出発すれば、今度はいつ帰って来るのかも分からない、長期戦が当たり前のミッションである。

 半ば、存在を隠すように地下で開発を請け負っていたクルル。ほとんど外へ出ることなく、地下で完結する生活を送っていた少女。

 そんなクルルを外へ連れ出そうとしているのは、別に正義の味方を気取りたかったからではない。

 自分がクルルを小隊に誘った理由は、もっと俗物的なものだ。

 ――――腐りきった戦場。終わりの見えない、泥沼化した長期戦を強いられていた状況で、初めて会った時。

 疲弊した自分たち軍人を見て、『死にたいなら、サッサと死んで来い』と言い切った。

 迷いの無い一言で駒をふるいにかけた少女に焦がれた自分を、他人がどう評価しようが興味は無い。

 ただ、『ああ、彼女だ』と。

 欠陥だらけの感情が、随分と久しぶりに動いた。

 

「だって、あんな綺麗な子は初めて見たんであります」

 あの日、自分は強烈な一目惚れを、した。

 そのことだけは、ハッキリと断言できる。

 他の女性との関係をそれこそ命懸けで切るほど、自分は彼女に焦がれている。

(――雨で、ちょっとばかしブルーな気分になってるんでありますかねぇ……?)

 もしかして、今向き合っているぬいぐるみに不思議な力があるのだろうか。

「……我輩、一生マトモな恋愛はできないと思ってたんであります」

 それどころか、マトモな生き物として他人と関わっていくこともできないだろうと思っていた。

 幼馴染たちのようにキレイな感情を他人に向けることもできず、そんな自分を伝えることもせず。騙し騙しを繰り返す内に、埋まらない溝が深まっていった。

 寂しさを感じたことは無い。

 ただ、何もかもが空虚だった。

 何も無い状態と、同じだった。

 女性たちと体を重ねても、すぐに熱は冷めてしまう。好きだと囁かれても、自分の足りない心は動かない。

 割り切って付き合っていた女性との会話は楽しかったけれど、その楽しさもどこか他人事になる。

 ――――何が、おかしいのだろうか?

 ――――何が、足りないのだろうか?

 ――――どうして、変われないのだろうか……?

 それは、陳腐な迷路として増殖し、心の内を蝕んでいく。そんな毎日の中で、クルルと出会えた……。

「――――あのね」

 ぬいぐるみは答えない。

 だからいい。

「……我輩、クルルが……」

 

 バンッ!!!

 

「――――っケ、ロロ……!」

「ゲロォ!?」

 けたたましい振動は、扉が壊れた音だった。そしてそこから現れたのは、鬼のような形相のギロロ――。

 妙な迫力に押され、思わずケロロは後ろにずり下がる。そして、その分ギロロの雰囲気も鋭さを増した。

「――っ……」

「ケロロ……貴様、クルルの部屋で何をしている……?」

「い、いやぁ~……雨が降ったんで、傘も無いから泊めてもらおうかと思って……みたいな?」

「馬鹿モンがぁぁぁぁぁ!!」

「っちゃんとクルルに許可だって貰ってるんであります!つーか、ギロロは何しに来たんでありますか!?」

「寄宿舎にまだお前が戻ってきていないと、お前の同室者が言いに来たんだ!まさかと思って来てみれば――――」

 ――――目が完全に据わっている……。

(ちぃっ!こんな時に限ってカンが働くヤツでありますな……!)

 クルルのことを妹同然に思い始めた男は、ケロロがクルルに惚れていることを知っている。それを明かしたのは他でもないケロロ自身なのだが、こんなことなら黙っておけばよかった――そう思っても、後の祭り。

「とにかく帰るぞ!」

「ぐへぇっ!?」

 いきなり後ろの襟首をつかまれ、そのまま引きずられる。当然首が絞まるので呼吸困難に苦しむ羽目になり、ふと、椅子に座っているクルルと目が合った。

(あーあ……)

 偶然にかこつけて一緒に過ごせるチャンスだったのに――とは、心の中の愚痴である。

 抵抗してもどうせ、筋肉ダルマには敵わない。仕方なく抵抗を諦めて、クルルに向かって手を振った。上手く声が出せないので、唇だけを動かして『またね』の挨拶。

 研究室から引きずり出される寸前で、クルルが一瞬口元を緩めたような気がしたけれど……。すぐに扉が閉まったため、確信は持てなかった。

 

 

 結局、ギロロはエレベータを降りた所でようやくケロロを解放した。

 散々文句を言うケロロに怒鳴りながら、ちゃんと用意していた傘を1本渡し、多少勢いの弱まった雨の下を歩いていく。

(――たく、油断も隙もあったものではないな……)

 転んでもタダでは起きようとしないケロロが、雨宿りにかこつけてクルルの元に転がり込むことに思い至ったのは、幸運だった。

 いくら女らしさに欠けるとは言え、『あれ』も少女だ。

 何より、こうも邪な煩悩の塊のような男が泊り込むなど――。

「もー、ギロロってば本当に気が利かないであります!」

「ふざけるな!大体、訓練をサボった挙句嫁入り前の娘の所に泊まろうとするんじゃない!」

「好きな子と一緒にいたいって願望は、むしろ当然であります!」

「開き直るな!!」

「あーもうっ!……じゃあ、別に応援してくれなくていいでありますから、邪魔しないでよね」

「……断る」

「はぁ!?」

「当然だ。大体、散々『ただれた』関係を複数の女と持ちまくっていた貴様に、ロクに人付き合いをしていないアイツを任せられるか!」

 ケロロの女関係については、軍でもかなり有名だ。

 ――ケロロが女に溺れていくことを止められなかった自分に、ケロロを咎める資格があるとは思わない。ただ、だからと言ってクルルとのことを黙認できるかといえば、それはまた別の話だ。

「だーかーらぁー、女の子たちとはもう、そういうコトはやってないであります!」

「だからといって、過去が無くなる訳ではない!」

「大切なのは現在、今!」

「貴様のソレは、単に都合の悪いものを隠す方便だろうが!」

「だから何だっつーわけ!?」

「だから開き直るなこの馬鹿モンがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 《終わり》

傷口に沁みる雨

 

こちらは、『カレー博士(||@=@||)のひみつきち』つゆくさZ様へ、相互記念として捧げさせていただきます……!

つゆくさZ様、大変お待たせいたしました!

苦情、スルー、そっとテイクアウト、すべてOKですので……!

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だってもう、笑うしかない。

 自分の性格が捻くれていることは十分に理解している。捻じ曲がった性格は自分が気に入っているから直すなんて気は全く起こらない。

 ――――が。

 まさか、自分の『嗜好』まで腐りきっているなんて思わなかった。

 よりにもよって、何となく気に入ったモノが、絶賛ロリコン確定済みの咬ませ犬だなんて、バカバカしい。

 今日もいつも通り、地球最終防衛線に微妙なアプローチをしかけて玉砕している光景がモニターに映し出される。音声機能は他のモニターとの兼ね合いでOFFにしておいた為、話の内容までは分からない。まあ、知る必要もない訳だが。

(……だっせぇ~)

 ――ロリコン男も、自分も。

 モニターの隅に映っていた猫が、哀れみ半分呆れ半分といった様子で、落ち込んでいる30路近くのおっさんを慰めている。

 オッサンは、つくづく救えない。救われない奴だ。

 すぐ隣に居る、オッサンに惚れている猫の内心に気付きもしない。言葉が通じないからという問題ではなく、おそらくもっと根本的な所に欠陥がある。とにかく、このオッサンは鈍いのだ。

 あの、気を回すことが趣味になっているようなガルルとは似ても似つかない鈍感さである。兄弟だからといって、必ずしもそうした部分が似てくるわけではないというイイ事例だ。

 

 ――コンコンッ

 

「――――?」

「クルル、入るわよ」

 あっさりと扉が開く。

(……ロック忘れてた……)

 最近、やけに来客が多かったからか。それとも、散々あのヘタレに悪態(?)をついていたせいか……。どちらにせよ、自分は初歩的なミスをしたらしい。

 入ってきたのは、赤達磨とどっこいどっこいに鈍感な女である。

「――で、何の用だぁ?」

 予想がつくだけに、本当は訊きたくないのだが。

 そして案の定、想定していた話を夏美は切り出した。

「前から約束してたでしょ?洋服とか下着、買いに行くわよ!」

「……」

「モアちゃんも小雪ちゃんももう、上で準備して待ってるんだから」

「……」

 ――――面倒くせぇ……。

 何故か、こいつ等はやたらと自分に服を買えだのなんだのと煩く言ってくる。地球に来てから女物ばかり買わされたせいで、いつの間にかタンスを3つに増やすはめになった。そして、そのタンスはどれも既に容量をオーバーしていて、そろそろ壊れてもおかしくない。

 その内、実際に着ている服はせいぜいタンス1つ分弱だというのに……。

「ほら、早く着替えて」

「――このままでいいだろ」

「ダメに決まってるでしょ!?ちゃんとツナギじゃなくて外出着を着なさい。じゃないと、折角の服がタンスの肥やしにしかならないでしょ」

 ――じゃあ買うなよ。

(無駄なモン買わせんなっつーの……)

「それに。」

「……」

「アンタだって女の子なんだから。素材もいいんだし、可愛いカッコとかしておかなきゃ絶対損よ」

「…………物好きなコトで」

「すぐそういうこと言うんだから……でも、ほら。ギロロって、何か古風っていうか――こう、女の子っぽい可愛い格好とか見るの好きそうじゃない?」

「……」

「だから、もっと沢山そういう服を着たりとかしてみたら良いと思うわ」

(…………女らしい格好、ねぇ……?)

 オッサンの分かり易い、色々とダダ漏れなアプローチには気付かないくせに、何を間違ったのか……誰にも言うつもりなどない自分の『らしくない』感情に、日向夏美はえらく興味を持ったらしい。

 本人曰く、『女のカン』とやらが働いたらしいが……だとすれば、そのカンは随分と偏った働きをするようである。

(――――ククッ)

 まあ、どれだけ着飾ったとしても中身は自分なのだ。あの男がそう言った意味で振り向くとも思わないが、自分は悲愴感を感じられない。

 その代わり、いつもわらいたい気持ちにさせられるのだ。

 

 《終わり》

変な関係の連鎖のせいで

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ノン・アポイントメント

 前触れも無く、クルルはテントにやって来た。

 また性懲りも無く自分を実験台にするつもりなのかと身構えたが、そいつはそのまま、広げっぱなしにしていた寝袋にうつ伏せになって、頬杖をつく。そして、くあ~、と欠伸をした。

「――――何か用か?」

「んー」

 ……どっちだ、それは。

 イエスともノーともとれる生返事をして、肘が痛くなったのか、ごろんと寝転がる。

 横向きになってわしゃわしゃと寝袋の表面を撫でている様子を見ている内に、まさか昼間から誘っているのかと訊けば、「気分じゃない」などと言う。

(――――本当に、何がしたいんだ……?)

 全く持って、分からない。

 放って置いていいのか、それとも構うべきなのかも判断がつかなくて、正直困っている。下手に手を出して文句を言われるにしても、何もしないままでいて拗ねられるにしても、結局最後に害を被るのは自分なのだ。

 何とも扱い辛い。

 いや、接し辛い、と言った方が正しいか。

「――おい、コーヒーはいるか?」

 散々悩んで、取り敢えず飲み物くらいは出そうと決めた。

 向こうが「いる」と言ったので、結果的に良かったのだろう。

「少し待ってろ」

 テントは大して広くない。その上、今は自分とクルル、2人が入っているから、はっきり言って狭い。

 湯を沸かすために一旦外へ出ると、入れ違いで猫がテントに入って行った。

(……牛乳も温めるか)

 以前、牛乳パックの牛乳を猫にやろうとした時に、猫用のミルクを買えと忠告されたことがある。何でも、人間用の牛乳で腹を下す猫もいるらしい。それ以来は、言われた通り猫用のミルク缶を用意するようになった。

 湯を沸かして、ミルクも温めて。

 コーヒーは、少し考えてクルルの方にだけクリームを入れた。猫舌だから、これで少しは飲み易くなるだろう。

 テントに戻ると、クルルは寝袋から起き上がって座っていた。

 その膝にくっついて、猫が丸くなっている。

「――猫は寝たのか?」

「みたいだねぇ~」

「……そうか」

 後でまた温めるか、コレは諦めて捨ててしまうか――果たして、このミルクはどちらの道を進むのか。

 うっかり皿をひっくり返さないように台の上に置いて、持っていたコーヒーをひとつ手渡す。クルルはそれを、両手で包み込むように持って受け取った。

 息を吹きかける度に、大きな眼鏡のレンズが曇る。

 何故か、こんな光景を眺めていると、もう夏は過ぎ去ったのだと思うようになった。そんな自分を自分はもう、嗤うしかない。

「……」

「……」

 コーヒーを啜る音が響く。

(――――結局、コイツは何をしに来たんだ……?)

 いきなり来て寝袋を下敷きにして、睦みに来たのかと問い掛ければ違うと言う。

 ならば他に何か用があるのかと思っていたが、コーヒーをゆっくりと飲むコイツの口は何も言わない。用件らしい用件を言わないまま、黙々とコーヒーを飲んでいる。

 たまに目が合ったような気がするが、それはいつの間にか自然に逸れていく。

(……分からん……)

 妙に大人しいクルルは不気味だ。だが、こうしてコーヒーを飲んでいるコイツは、単なる年下の女でしかなくて、どうしたらいいのか――皆目見当がつかなかった。

 

 《終わり》

分からないからだいじょうぶ

 

こちらの小説は、ひっそりとつゆくさZ様へのリンクを貼らせていただいた記念に捧げさせていただきます……!(恐れ多いことを!)

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ナイス・バディ・ガール!

 レジャーランドと温泉の両方が楽しめる、西澤グループ経営のゴージャスなホテル。

 2学期が始まってからの初めての休みに、桃華は思い切って冬樹をそのホテルに招待した。

 あわよくば2人きりで――という願いはいつも通り叶わず、いつものメンバーで現在プールを満喫中。なのだが……。

「……西澤さん?」

「え……あ、はいっ!」

「?どうしたの?ひょっとして具合が悪いんじゃあ……」

 さっきからプールに浸かったまま微動だにしない桃華に、冬樹は心配そうな表情で問い掛ける。桃華は慌てて「大丈夫です……っ!」と答えたものの、今度は「でも、顔も赤いよ?」と指摘されてしまう。

 まさか、『貴方の顔が近くてドキドキするんです……!』などと言える筈も無く、

「何でもないです、大丈夫です!」

と繰り返すしかなかった。必死に弁解すると、冬樹は1度ビーチチェアで休んできてはどうかと勧めてくる。

 その気遣いを無下にするのは悪い気がして、「それじゃあ……」と後ろ髪を引かれつつビーチチェアが置かれたプールサイドに向かった。

 ビーチチェアは2つ。

 一方には、パーカーにハーフパンツという格好のクルルが座ってノートパソコンを開いている。

「――クルルさんは、泳がないんですか?」

「気が乗らないんでねぇ~」

「はぁ……」

 それでも、パーカーの下には水着を着ている筈だ。泳ぐつもりが無いのならば何故着替えたのだろうか……と首を傾げるが、やはり分からない。

 取り敢えず、空いている方のビーチチェアに腰を下ろした。

 プールへ視線を向けると、他のメンバーがそれぞれ思い思いにプールを楽しんでいる。

 そして桃華の視線は、ある1点に釘付けだった。

(……大きい、ですよね……)

 夏美は特に、遠目で判別可能な位に胸が大きい。女性として理想的なプロポーションを誇っている。

(それに引き換え、私は……) 

 ――無い。

 いや、それは言い過ぎだとしても、明らかに足りない。

 小さい。胸が、小さ過ぎる。

 分かっていたことだとしても改めて現実で比較すると、やっぱりショックだ。

 そのまま桃華は、そっと視線を横に移す。

 だぼっとしたパーカーを着ているから――ということではなく、クルルの胸もまた小さい。

 いや、クルルの胸に関して言えばそれこそ『無い』というか……つまり、桃華以上の平面なのだ。

(――――でも、クルルさんは……腰が、とても細いから……)

 全体が痩せているクルルは、それに見合って腰がきゅ、っと引き締まっている。

 スリーサイズを擬音で表す時、女体の理想は『ぼん・きゅ・ぼん』となり、このメンバーでは夏美とモアのような体型だ。

 クルルと小雪は、所謂『きゅ・きゅ・きゅ』で、全体的に脂肪がなく、その分締まるところは引き締まっている体型。

 そして、桃華は、というと――――。

 ……凹凸が、無い。

 ものの見事に、『すとーん』なのだ。これを人々は、『幼児体型』と言う……。

(……うぅぅ……)

 いくら発育途上であるという逃げ道があるとはいえ、流石にこうまで『すとーん』となっている体を見ると涙が出てくる。周りの女性たちの体には、ちゃんと見るに値する部分があるだけに、余計……。

 ふと、一瞬パソコンから視線を外したクルルと目が合った。

 咄嗟にパッと顔を逸らすと、たった今まで相手の体を凝視していたことに対する羞恥心が膨らんでくる。

(い、いくら女同士でも、失礼、ですよね……っ)

 チラリともう一度横の様子を窺うが、既にクルルは何事も無かったかのようにキーボードを弾いている。

 声を掛ける隙が、無い。

 相手の出方次第で謝罪しようと思っていた桃華は、正直肩透かしをされたような感じだった。

(――クルルさんと会話を成立させるのは、何だかとても難しそう……)

 隣にこうして桃華は座ってる筈なのに、まるでクルルは桃華が存在していないかのように振舞っている。少なくとも、桃華にはそう感じられた。

 普段、接点が無いに等しいのだから仕方が無いのかもしれない。

 それでも、やはり少し寂しかった。

 

「クルル、髪洗うからコッチ来て」

「ほっとけ」

「ダメ!あんたテキトーに洗って終わらせる気でしょ!ほら、座って」

 そう言って、夏美は有無を言わせずクルルを小さな椅子に座らせる。シャンプー、トリートメント、リンスで長い金髪を磨き上げていく最中、夏美は何だか楽しそうだ。

 現在、夕食の前に汗を流そうということで、全員大浴場に来ている。

 男湯の方からは、誰かが温泉で泳いでいるような音や怒鳴り声が絶えない。

 一方でこちらの女湯では、女性陣が貸切の大浴場を堪能していた。

 クルルの髪を洗い終えた夏美は、小雪と2人で背中の流し合いっこをしているし、モアとクルルも同じことをしている。

 そんな4人を桃華は大きな湯船の後ろの方から、遠巻きに観察していた。

 服を身に着けていない状態になると、より正確に体型の違いが分かる。その為、桃華は何となく気後れしてしまい、4人の輪の中に入っていけなかった。

 やがて体も洗い終わって、4人も温泉に体を沈める。

 ちょっと熱い位の温泉が、体を芯から温めていく。

「……ごめん、何かちょっと熱くなってきちゃった。お先に失礼」

「あ、夏美さん。折角ですし、『さうな』にも行ってみたいです!」

 そんなちょっとズレた会話を交わして、夏美と小雪が一足先に上がっていった。そして少し時間が経過した頃、

「そろそろ私も失礼します。てゆーか、温泉最高?」

と、モアも出て行った。

 残ったのは、桃華とクルルの2人だけ。

「……」

「……」

 会話は無く、かと言えどお互いを避けている訳でもなく――ただ、お互い共通の話題が無い為に生じた沈黙。

 ……実は、桃華は4人が髪や体を洗っている最中もずっと温泉に入っていたため、そろそろのぼせそうなのだ。

 ただ、この幼児体型を無闇に晒したくない――という思いだけで、ねばっていた。

 脱衣所で一緒になることも、出来れば避けたい。

(……せめて、どっちか片方があれば……)

 大きい胸か、細い腰。

 そのどちらか一方が自分にあったなら、もう少し自信が持てただろう――と、桃華は思う。

 ほんの一瞬、そっとクルルを見て、今度はすぐに視線を逸らす。

(……冬樹君も、やっぱりプロポーションが良い女の子が好きなんでしょうか……?)

 気持ちが沈んでいる時、人はどこまでも落ち込めるものなのかもしれない。溜め息を吐いて、そのまま顔を伏せようとした時――――。

 ――――ぺた。

「――っひゃあ!?」

 変な悲鳴が口から飛び出した。

 ……胸を触られたのである。

 胸を触った手の平はすぐに離れていったが、次いでその人物から衝撃的な台詞が突きつけられた。

「A70」

「――――――――っ!?!?!?!?!?」

「クーックック……図星かぁ?」

 ニヤリ、と口角を上げて嗤う。

 いきなり胸のサイズを言い当てられた桃華は混乱し、口からは解読不能な音しか出てこない。

 そんな少女に追い討ちをかける様に、クルルは言葉を続けた。

「まさか、今日一日、じろじろと他の連中を見ていたこと――気付かれてないなんて目出度いことは考えちゃいねぇよなぁ~?」

「っあ……そ、、やっぱ、り……」

「バレバレだっつーの……くくっ……」

「――――っ!」

 どうするつもりだったのか自分自身もわからないまま、桃華は勢い良くバシャンッと立ち上がる。

 だが、体はついに限界を超えたようだ。

(あ……れ……?)

 ――視界が歪む。

 ――頭が揺れる。

 ――気持ち悪い……。

(……もしかして、私――――)

 ――――のぼせた……?

 認識する前に、意識は闇に沈んだ。

 

 目を開けて最初に見えたものは、淡い茶色の天井……。

(……えっと……?)

「飲め」

「…………え?」

「……記憶も飛んじまったのかぃ?」

「え、あ、いえ、その…………あ、ありがとうございます……?」

 よく分からないまま上半身を起こそうとして、ぐらりと視界が揺れる。倒れそうになったけど、クルルさんがコップを持っていない右手で支えてくれて何とか大丈夫だった。

 何とかコップを受け取って、口をつける。中に入っていたのはお水で、冷たいそれを一口飲むとまた少し眩暈がした。

 でも、そのお蔭で私が温泉で倒れたのだということを思い出す。

 そして今、私は脱衣所の扇風機の前にいた。体は少し汗をかいていて、熱っぽい。

「……すみません、ご迷惑をおかけしてしまって……」

 おそらく、彼女が私を運んでくれたのだろう。その上、体も拭いてくれたらしい。

 下着は着ていないけれど、新しいバスタオルが体に被せられていたので、それを引っ張って体に巻きつけた。

 ――本当に、何から何まで迷惑をかけたらしい……。

 感謝の気持ちと、それ以上の申し訳無い気持ちで言った言葉を、彼女は嗤って受け流していった。

 彼女もまだ体に熱が残っているのか、服は身につけていない。

 彼女は白色無地のキャミソールに、同じく白色無地のショーツを穿いた下着姿で、少し扇風機から離れた位置に腰を下ろす。

 ふと、彼女の肩にかかっている紐がキャミソールの肩紐のみであることに気付いた。こちらの視線に気付いたクルルさんが、小さくわらって口を開く。

「着けてねぇよ」

 アッサリとした一言。

 何となく予想していたことで、ついさっき、プールの後で着替えた時も、そういえばキャミソールを羽織っただけだったな――と思い返す。

「……でも、着けた方がいいのではないですか?」

「アンタのは、サイズが合ってないみたいだぜ」

「え……?」

「A70ジャストサイズのブラばっか持ってるだろ」

「っ……は、はい……」

「1つ位は、そうだねぇ……B75かそこらのやつを持ってた方がいいかもなぁ?」

「?」

 ――彼女の話によると。

 発育途上の体にジャストサイズのブラジャーばかりつけるというのは、あまり良くないらしい。あくまで、そういう話もあるということだけど。

「特に胸を大きくしたんなら尚更だな。周りの肉をカップに詰め込んで、贅肉が胸につくようにするっつー方法を使うなら、ブラはでかめにしておいた方がいい」

「そ、そうなんですか……分かりました!」

「ま、せいぜいガンバレ~」

「……あの、」

「あ?」

 ――――不思議。

 何となく、いつの間にか会話になってきてる。

「クルルさんは、その……胸を大きくしたいと思ったことは無いんですか……?」

「ねぇな」

 ――即答だった。

「……あの、理由をお訊きしても?」

「周りにいるからな。胸のでかい金づるが」

「……そういう、もの……なんですか……?」

「ククッ……俺は、な」

 彼女は迷い無く、そう断言した。

 ――内容はともかくとして、そうやって『自分』を持っているということは、ずごいことだと思う。

 誰かと自分を比べて羨んで、卑屈になっているよりもずっと素敵だ。

「……あ、」

「?」

「いえ、その……そういえば、今クルルさんが着ておられる下着は、クルルさんがご自分で選んだものですか?」

「……まあな」

「あの、では――昼間に着ておられた下着もですか?」

 私が言っている下着は、プールの着替えで見たキャミソールだ。

 あの時にクルルさんが着ていたキャミソールは、基本の色は白色だったけれど、裾に青い糸で薔薇の刺繍がされていて、とても華やかなデザインだった。

「……」

「どこで買われたんですか?」

「――モアがテキトーに買ってきたんだ。アイツに訊け」

「……クルルさん?」

 どうしてなのか、そこで急にクルルさんは黙ってしまう。

 ――綺麗なキャミソールが、とても似合っていたと言いたかったのに……。

「……クルルさんは、色や柄の入った下着はお嫌いなんですか?」

「…………別に」

「……」

 では、どうして彼女は不機嫌なのだろう?

(そういえば、モアさんはどうして色違いのお揃いを選ばれたんでしょうか……?)

 モアさんも、クルルさんと同じ薔薇のキャミソールを着ていた。薔薇の色は、赤。

 色に、意味は無いのかもしれないけれど……。

(青、青色、あお……あ、)

 

『ドロロ先輩とクルル先輩は、お付き合いしてるんですよぉ?』

 

「……ドロロさんの色ですね、あの薔薇……」

 落ち着いた深い青色は、あの人の瞳の色に似ている。

 半分はタマちゃんの言葉からの思いつきで言ったのだけど、クルルさんと目が合って、私の予想は当たっていたことを確信した。

 今度は、彼女の方が目を逸らす。

 私は、そんな彼女の姿を見て、いつの間にか笑っていた。

 おかしかった訳じゃない。ただ、急に彼女との距離が縮まったような気がしたこと――そして、ほんのりと耳を染めた彼女が、とても可愛いと思ったから。

(……何だか)

 夏美さんたちの気持ちが、分かったような気がする。

 彼女の『可愛らしさ』に気づいてしまうと、無性に彼女に対して手を伸ばしたくなるのだ。

 

『ドロロ先輩と居るときのクルル先輩って、いつもとはちょっと雰囲気が違うんですぅ』

 

(ドロロさんがきっと、もっとクルルさんを可愛らしくしていくんですね……)

 穏やかで、いざという時に頼りになる人だとタマちゃんが言っていた。そんな彼に、彼女は大切にされている。

(……やっぱり、羨ましいなぁ……)

 私も、好きな人を大切にしたい。

 ――大切に、されたい。

 そんなことを考えている内に、また頬が熱くなってくる。

(夕食までには皆さんの所に戻らないと……)

 そうこうしている内に、夏美さんとモアさんと小雪さんが、心配して様子を見に来てくれた。

 そして、その日の夜は遅くまで5人でいろんなお話をして、次の日は起きるのが大変で……。でも、とても心が温かかった。

(冬樹君との関係は、進展しなかったけど……)

 ――この次は、頑張ろう!

 その分の力を、私は貰った。

 

『お前、マジで毎回毎回ぐだぐだしやがって……結局今回も無駄骨かよ!?

――あ?違う?……わかったよ……ったく、わかったっつってんだろ?!

いいか、今度は絶対しくじるんじゃねぇぞ!分かったな!?』

 

 《終わり》

たくさんのエールを送ろう

 

この小説は、syui様限定でお持ち帰りを歓迎いたします。

syui様、リクエストをしてくださり、本当にありがとうございます!

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ならず者と夏の夜

 キッカケは、弟がアパートに持って来た花火セットだった。

 デパートで夏場に良く見かける花火セットを5、6袋ばかりスーパー袋に詰め込んで、ずいっと差し出してくる。無言のまま袋を突き出してくる相手に苦笑し、取り敢えず袋は受け取った。

「――それで、どうしたんだ?こんなに沢山」

 改めて理由を尋ねると、ギロロは随分と年季の入った溜め息を吐く。そして、ぽつぽつとこの花火の出所について話し始めた。

 ――――内容を要約すると。

 シーズン・オフで割引セールをしていた花火をケロロ君が買い込んで、ここ3日、毎晩花火をしているらしい。

「流石ケロロ君、やることが大物だな」

「感心するな!大体、この歳になって毎日毎日花火をして遊び呆けるなど……!」

「ギロロ、お前も一緒に遊んでいるのだろう?」

「無理矢理付き合わされているんだ!――あの馬鹿は、懲りずに夏休みの課題を溜め込んで、追加課題も全部ほったらかして遊びやがって!」

(そういえば、昔からケロロ君は提出期限ギリギリにゼロロ君とギロロのノートを写していたな)

「俺はアイツのお守りでも何でもないというのに、教官からあのボンクラに課題をさせろなどと言われたんだぞ!?何が連帯責任だ!!」

「そうなのか。それで、何故花火をここに?」

「……寄宿舎の中じゃ、捨てるにしても未使用の花火はな……アイツは、こんな時ばかり捨てるのは勿体無いだのうるさいし……。流石にお前に渡したということになれば、いくら何でもケロロも諦めるだろう」

 いい加減課題をしなくては、ギロロも連帯責任で罰則があるのだという。近くに遊ぶモノがあるとついそちらに夢中になるからと、花火を没収してきたらしい。

「だからソレは、好きにしてくれ。いらなければ、悪いが処分してくれ」

「勝手にそんなことをしていいのか?」

「知るか。課題を溜めたアイツが悪い。……それに、その花火は割り勘で買わされたしな」

「成程」

 ケロロ君には悪いが、思いがけずにやってきた花火は有り難かった。

 思い浮かぶのは、本部の地下で生活をしている1人の小さな子ども。おそらく、彼女は自分からこういったものに手を伸ばしたりはしないだろう。

 

「――という訳でして。今晩、花火をしましょう」

「独りでやってろ」

 地下の研究室に通い始めてから2年以上が経ち、今ではクルルも何だかんだで反応を返すようになった。そのことに密かな喜びを感じるものの、実際の返事は色よいものではない。

(予想通りか)

 元々、彼女がアッサリ首を縦に振ってくれるとは思っていない。

 どうやってクルルを説得しようか――と考えていると、別の方向から声が聞こえた。

「花、火……?」

「ゾルル」

「……クル、ル……花、火……」

「あ?」

「花、火ハ……空、二、打……チ上ゲ、ル……モノ、ダ、ロウ……?」

 人工声帯で声を出しているため、ゾルルの言葉は途切れ途切れになりやすい。それでも、このクルルの研究所で義体整備を受けるようになってからは、随分と話し方が分かりやすくなった。

 しかし、今のゾルルの言葉を反芻して、1つ気になったことがある。

「……ゾルル、もしかして手持ち花火をしたことは無いのか?」

「――――ナ、イ……」

 すると、掠れた声が剣呑な雰囲気を纏う。

 ゾルルは、クルルにかなり懐いているのだが、どうやらコチラには敵対心か対抗意識のようなものを持っているらしい。

(……どちらかと言えば、後者か)

 昔、ギロロがよくそんな目で自分を見てきたものだと思うと、少し可笑しかった。

 つい口元が緩んでしまい、それがゾルルの気に障ったようだが。

「……ケ……ルカ……ッ」

「?」

「負……ケ、ルカ……!!」

 唐突に叫んだかと思うと、次の瞬間にはもう、ゾルルの姿が見えなくなった。

「――ゾルルは……」

「……あのバカが……」

 おそらく、ゾルルも花火を買いに行ったのだ。

「今日は、花火をすることが決まりましたね」

「テメェら2人でやれ。俺を巻き込むんじゃねぇよ」

「そう言わずに。――たまには、ちょっとした息抜きも大切ですよ?」

 毎日デスクワークばかりでは疲れるでしょう?と言えば、不機嫌な声が小さく、「……どいつもこいつも、くだらねぇ」と呟く。愚痴と呼ぶには強く、そして何かを諦めたような響きの声。

 クルルの任務内容を、自分は知らない。自分はただ、ここを訪れ、食事を一緒に摂ったり話をしたりという関係なのだ。

 私的な関係で公的なことを尋ねるのは難しい。

 ――結局、曖昧に笑って話題を変えることしか、選べなかった。

 

 その夜。

 あの後、1度公務に戻り諸々の雑務等をこなして再び地下を訪れた。

 第一研究室に入って真っ先に視線が向かった先、机の上には、見覚えのない打ち上げ花火のセットが2袋置かれている。

「――ゾルルが買って来たんですか?」

「他に誰がいるんだよ」

「いえ……それで、ゾルルは?」

 クルルは無言で、部屋の隅を指す。

 そこには、暗雲を背負い大きな体を丸めるようにして体育座りをしているゾルルが居た。

(……クルルに、何か言われたな)

 3人で消化するのは苦しいのではないか、という大量の花火。取り敢えず、一応全部大きな袋に纏めて入れた。

 改めて見ると、いっそ感心したくなるほどの量だ。

「それでは、行きましょうか」

 クルルは舌打ちしたものの、この段階で留守番を主張することはなく、2人で歩き出せばちゃんとゾルルもついて来た。

 相変わらず恨みがましそうな視線を向けてくるゾルルに苦笑し、クルルを真ん中にした状態で歩く。

 向かった先は、軍本部の敷地を出てすぐにある河原だ。

 8月は川遊びや花火をする親子連れで賑わっていた場所も、9月に入った今はガランとしていて、静かだ。

(季節外れではあるが、むしろ好都合だな)

 人混みを嫌うクルルには、歓迎される状況だろう。

 そんなことをつらつらと考えながら、持参したバケツに水を汲み、ロウソクに火を点ける。ぽたっ……と一滴のロウを空き缶の上に落とし、その上に火の点いたロウソクを立てた。

「初めは、オーソドックスな手持ち花火からにしますか?」

「……勝手にしろ」

「では、どうぞお好きなものを」

 取り出し易いように袋を開けて、地面に広げる。クルルはしばらくして、ねこじゃらしに似た形状のシンプルな花火を手に取った。

 自分も色のついた紙が巻かれた花火を持って、ロウソクの炎に近付ける。

 先に、自分が持っている花火に火が点いた。

 白い滝のように流れていく光は、思いの外長く続く。そして、しばらくしてクルルの花火にも火が点いた。

 しび花火は、稲妻のようにバチバチッと小気味良い音を立てる。火の形は線香花火に似ているが、それとは比べ物にならないほど力強い。

 燃え尽きたのは、ほぼ同時。

 黒くなった花火をバケツに入れ、2本目に手を伸ばす。今度はクルルの方に早く火が点いた。そして、こちらの花火はなかなか始まらない。

 緑色に発光する火を眺めて、ふっと、ある考えが浮かんできた。

「クルル、ちょっと失礼しますね」

「?」

 一言断ってか、シュワーッと火を噴くクルルの花火に、点火前の花火を近づける。

 すると、あれだけなかなか火が点かなかった花火が、ジュワーッ!と勢い良く鮮やかな火を噴いた。

 そこで、もう1本別の花火を左手に持って、右手の花火に近付ける。あっという間に火は右手の花火から左手の方へ移り、色の異なる炎がそれぞれの輝きを放ち始めた。

「こうすると、案外早く火が点いたりするんです」

「くっ……邪道だなぁ~」

「クルルもやりませんか?」

 この誘いに、クルルはわらって応じる。1本1本に火を点けていたのでは、とてもではないが終わらない――という事情も分かっていたのだろう。

 そうしている内にロウソクから少しずつ離れ、そこでふと「そういえば……」と首を傾げる。

「ゾルルはどうしたんでしょうか?」

「さっきからやってるぜぇ~」

「………………あの、教えた方がいいと思いますが……」

「つーか、アレだけやって気付かねぇ方がどうかしてるだろ」

 ゾルルも、確かに花火を持っていた。毎回同じ種類の花火を生身の右手でつまみ、ロウソクの火にかざしている。

(……本当に、やったことがないんだな)

「……クル、ル……コ、レハ……変、ダ……ッ!」

「変なのはテメェの脳みそだ」

 ゾルルは黙々と、線香花火を『逆向き』に持って、火を点けていたのだ。

 花火を咲かすことなく灰となった残骸たち。袋に入っていた線香花火の大半が、物寂しげにバケツの中を漂っていた……。

 

 結論から言えば、花火を使い切ることは出来なかった。

 持って来ておいて何だが、流石に打ち上げ花火は近隣の人々に迷惑だろうとようやく気付いたのだ。そう言った事情で、10時過ぎに帰路につくこととなった。

 その為、ゾルルはずっと拗ねている。

「……クルル」

「却下」

「まだ何も言っていませんよ?」

「海なんざ誰が行くか」

「お見通しですか」

「……打ち上げ花火が堂々と出来る場所の、代表格だからなぁ~?」

「ですね。――――では、コレは来年用ですかね?」

 火薬がしけってしまわないよう祈りましょう、と言えば、クルルがわらう。ゾルルの右目が釣り上がった気配を感じたが、自分もまた口元を緩めた。

(――しかし、それでも2つは多いな……あ、)

 

 後日。

 手持ち花火の『お礼』と称して、打ち上げ花火1袋をギロロに渡した。

 ――その後、花火がどうなったのかということまでは聞いていない。

 

 《終わり》

ゆっくりと進む夏名残

 

こちらの小説は、月菜様限定でお持ち帰りを歓迎いたします。

月菜様、リクエストをして下さり、本当にありがとうございました!

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愛ずる

「ねえおばあちゃん、ママの紺色の浴衣ってどこ?」

「そこの2段目の引き出しに入ってないかい?」

「あ、あった!!」

 お目当ての物を見つけた夏美の歓声に、祖母は柔和な笑みを向けている。そして、そんな2人を眺めるクルルは、明らかに不機嫌だった。

(――ったく……何で俺まで……)

 日向家の面々の帰省について行く、と言い出したケロロたちに付き合わなくてはならないのか。

 ギロロもタママも、日向秋奈には敬愛の念を抱いているらしく、すぐにケロロの提案に便乗した。そして、天井裏で話を聞いていたらしいドロロが、『拙者も行くでござる!』と自主参加を主張。

 どうにもそこで妙な気を回したモアが、『私がお留守番をしていますから、クルルさんも行って来て下さい!てゆーか、婚前旅行?』などと言い出し、ここでクルルの強制参加が決定した。ちなみに、秋は仕事が終わってから来るということで到着は明日の昼頃になるらしい。

「はい、クルル立って!」

「……へーへー」

 夏美に逆らうのは面倒くさい。

 そして、実はもう下着姿に剥かれているため、流石に肌寒いのだ。夏とは言え、この田舎町の夜風は涼しすぎる。

 体を平らに整える為にと巻かれるタオルは、全く脂肪のついていない胸には1枚も無く、腰にばかりぐるぐると巻きつけられた。これは、息が詰まって結構苦しい。

 そうした作業をテキパキと、大層楽しげに進めていく夏美の様子に、クルルは短く溜め息を吐いた。

「――――よし、着付け完了!」

「……」

「やっぱり似合うじゃない。私の見立てに狂いは無かったわ!」

 そんなことを上機嫌に言う夏美に引っ張られるまま、鏡の前に移動する。

 全身を映す大きな鏡には、紺色の浴衣を赤い帯で締めた『女』が立っていた。

「あんた、ママと同じくらいの背丈だから柄もちゃんと表に出るし。紺色と金色も相性抜群だし……」

「クルちゃんは、顔立ちも整っているからねぇ……ようく、似合ってるよ」

 別嬪さんだね、と。笑ったままそんなことを言ってくる。

 女2人がかりにあれこれと言われるのはどうにも居心地が悪く、視線だけはせめてもと下の方に向けた。

「じゃ、次は髪ね」

「……まだやんのかよ」

「当然!ここまできたら、徹底的にやるわよ!!」

「……」

 

「クルル先輩たち、遅いですねぇ~」

「女の子の支度は時間がかかるものなんでありますよ、タママ二等」

「花火が始まるのは8時半だし、ゆっくり行っても充分間に合うよ」

 3人の会話を聞きながら、ふと会話に参加していないギロロ君に視線を向ける。

 濃い灰色がかった緑地の浴衣を着た彼は、クルル君たちが居る部屋の方を見ているみたいだ。

「クルルがどんな浴衣を着てくるか、気になる~?」

「――っケ、ケロロくん!?」

「ゲ~ロゲロゲロ!修行不足でありますなぁ~、ドロロ!」

 悪戯が成功した時の、一番馴染み深いケロロ君の笑顔。でも、いきなり耳元で話すのは止めて欲しいな……。

「つーかギロロ、さっきからずぅーっと部屋の襖ガン見してるけど、それはかなーり怪しいでありますよぉ~?」

「っな……!」

「でもぉ~、フッキーのおばあちゃんの家って、すごく沢山浴衣があるですぅ~」

 話の流れを変えるタママ君の言葉を受けて、冬樹殿がそれに対する答えを示す。

「うん。おばあちゃん、昔からよく洋服とかも作ってくれたから……軍曹たちが今着てる浴衣は、おじいちゃんと父さんのなんだって」

「ほっほーう……では、コレも提督殿の手作りでありますか?」

「うん、もちろん」

 綺麗に話が進んでいく。

 こうやって、すぐに会話に溶け込めるのはケロロ君のすごいところだと思う。

「ドロロ、どうした?」

「――いや……お借りした浴衣が、とても丁寧に縫われているな、と」

「……確かにな」

 ケロロ君の蒼い縞模様の浴衣も、ギロロ君の浴衣も。

 自分の着ている白地に竹の模様が入っている浴衣も、タママ君の赤色地に金魚が泳いでいる浴衣も、みんなあたたかい優しさが詰まっている。

 そうした考えにふけっていると、ガラッと襖が開いた。

「お待たせ!」

「あ、ナッチーはそっちにしたんですかぁ?」

「うん、結構悩んだんだけど」

 からし色の布地に淡い手毬が散った浴衣を、薄い碧色の帯が引き締めている。揃いの巾着袋を持った夏美殿が、くるりと回った。

「どう?」

 一番近くに居たギロロ君に向かって尋ねると、ギロロ君の顔がみるみるうちに赤く染まる。

「――っい、いや、その……っ」

「おー夏美殿!馬子にも衣装であります!」

「っなんですって!?」

「ケ、ケロロ君――――っ……!?」

 ――――時間、が。

 時間が、止まった。

 平凡な自分の貧しい語彙では、月並みな言葉しか見つからない。でも、そう。

 ――――僕は、見惚れたんだ。

 それはケロロ君たちもだったみたいで、皆一瞬、言葉を忘れていた。

「どう?クルル綺麗でしょ?」

「……」

 彼女自身は、少し疲れたような様子で唇を引き結んでいる。でも、夏美殿の言う通り彼女はいつも以上に『綺麗』だ。

 紺色の布地には、格子窓と薄雲と蝶が舞い、落ち着いた赤色の帯が華やかさを引き立てる。

 長く伸ばされた金色の髪は天辺でひとつに纏めて結い上げられ、帯の色と合わせた簪が彩を添えていた。

「うわぁーっ!クルル先輩、キレーですぅ!!」

 無邪気なタママ君の一言をキッカケに、ケロロ君もクルル君への賛辞を重ねる。ギロロ君は、言葉を口に出来ない分、顔が真っ赤だ。

 ――自分も、彼のことは言えないのだろうけれど……。

「ドロロ!」

「ドロロ先輩!」

「――――っ!」

 名前を呼ばれて、不自然に体が跳ねる。そして、改めて周りを見ると、ケロロ君とタママ君と夏美殿が、じーっとこちらを見ていた。

「あ、あのぅ……?」

「ドロロ、クルルの浴衣姿、どう?」

 名指しで問われて、ビキッと体が固まった。

 それでも、なんとか気力をふりしぼって持ち直し、深く息を吸い込む。ゆっくり空気を吐き出して、ぐっとお腹に力を入れた。

「……そ、の……」

「……」

「――――とても、良く、似合っている、と……!」

 精一杯だった。

 自分の今の、一杯一杯の言葉だった。その言葉は、あっさりとクルル君に黙殺される。

「行くんだろぉ……祭りとやらに」

「あ、う、うん……じゃあ、行こうか。皆揃ったもんね」

 ――――冬樹殿の言葉が、遠い……。

「気をつけて行っておいで」

 玄関から見送ってくれた祖母殿の姿が遠くなった頃、ケロロ君がこっそり耳打ちをした。

「何か、クルル怒らせたの?」

「……」

 ――――分からない。少なくとも、覚えが無い。

(うぅ……)

 折角のお祭りに、先行き不安な『不安』を抱えての出発となった。

 

 田舎町とは言え、これはそこそこ大きな祭りなのか。人通りもそれなりに多かった。

「はぐれるなよ」

などというギロロの台詞を無視して、ケロロは一目散に屋台に走る。その後を、怒鳴りながら追い駆ける光景が見慣れた過ぎたモノで、クルルは嗤った。

「クルル先輩は何かやらないんですかぁ~?」

「クックッ……興味ねぇ」

「コレ、結構おいしいですよぅ?」

「どんだけ食う気だ?」

「屋台、全制覇ですぅ!!」

「あっそ」

 せいぜいガンバレ、と。うるさいので、テキトーなエールもどきは送ってやる。

 綿菓子、りんご飴、ホットドック、チョコバナナ。串に刺さった食べ物を一通り持ったタママは、それらを順番に口へ運んでいた。

(――――つか、歩きにく……)

 脚が開き難い浴衣に加え、履物は普段使うことの無い下駄である。

 男用の2つ歯がついたものではなく、所謂ぽっくり。歩く度にカランコロンと音が鳴るソレも、秋が履いていたのだという。

 ――秋は、イイ女だ。

 スタイルは抜群だし、性格だって悪くない。むしろ、クルルはあの豪気な性質を気に入っている。全てをひっくるめて、日向秋はイイ女だ。

 秋が身につければ、大体の服がそれなりに見えるだろう。

 そんな存在が着ていた浴衣を身に着けた自分に、あれこれと言葉をかけてくる周囲がクルルは煩わしかった。

 クルルは、胸が皆無であることを気に病んでいる訳でもなく、大きくしたいとも思っていない。

 周囲が嫌う性格もむしろ気に入っているし、男のようだという振舞い方を変えるつもりも毛頭無い。

 他人の評価で、自分の何かを変える必要性をクルルは感じていないのだ。

 ――――だが。

 他人が、自分とは異なるものさしで導き出した『褒め言葉』は、不快だ。そうした褒め言葉を正面から立て続けに言われると、白けることを通り越して腹が立つ。

 自分を馬鹿にされた、とでも思うのだろうか?

(クッ……くだらねぇ)

 全くもって、くだらない。

 ふっと視線を上げると、両手の食料を完食したタママも加わって、全員が射的屋台を占領している。夏美とケロロが張り合って、それを見物する野次馬が集まってくる様子に、また嗤いが零れた。

 ――――ドンッ!!

「――っ!」

「あ、ごめんなさい!」

 急いでいたのか、かなり勢い良く子どもがぶつかってきた。お互い別のモノに気をとられていたため、不意打ちのような状態だ。

 バランスを崩したクルルは何とか転ぶことは免れたものの、ぽっくりでは踏ん張りきれず、ぐきぃっ!と嫌な感覚が走った。

 次いで、鈍い痛みがじわじわと右足首から伝わってくる。

 子どもは、謝ったからいいだろうと思ったのか、もういない。

 別にだからどう、ということではないが、ズキズキと痛む足にクルルは眉を顰めた。

 ――歩けないことはない。

 おそらく捻っただけで、骨はつながっている。だが、そこでふと足に別の違和感があることに気付く。

(――――げ、)

 鼻緒が、切れた……。

 元々古いものらしいとは感じていたが、このタイミングで切れるとは――というやつだ。

 まさか、ここに置いて行く訳にはいかないだろう。置いて行ったら後々面倒と言うか、後味も悪そうだ。

 仕方なく鼻緒の切れた下駄を手に持ち、屋台とは反対側の道の端に何とか辿り着いた。

(――さて、どうすっか……)

 柱に掴まって片足立ち、という奇妙な格好で思案する。

 こんなことなら、フライングボードのリモコンくらいは持ってくるべきだったと思っても、後の祭りだ。ヘッドフォンでさえ、浴衣に合わないという理由で没収された。

(今持ってるモンって言えば、スカスカの巾着とナイフ3本)

 なかなかショボい。少なくとも、『足』になりそうなモノではない。

(いざとなりゃ、片足で帰れってか?オッサンじゃあるまいし……)

「クルル君!」

「………………あ、」

「――足、どうしたの!?」

 すっかり忘れていた男の登場に、一瞬思考が停止。まあ、それは極短い時間ではあったが。

「怪我したの!?」

「鼻緒が切れた」

 言葉と共に、現物を見せる。

 明らかに気が動転している相手の問い掛けに馬鹿正直な返答をしては、ロクなことにならない。それは勘と、経験から得た結論だ。

 だが、無駄に夜目のきく男からは、右足首の現状がよく見えたらしい。

 おそらく、赤くなっていたか腫れていたのだろう。

 下を見て、再度顔を上げた相手は、見事に真っ青だった。

「――っごめん!」

「は?――――――っ!?」

 何が『ごめん』なんだ――と言う前に、体が地面から離れる。危うく落としかけた下駄を引き寄せてから現状を把握するまでに、4秒。

(――――っ何だこの体勢は!?)

「しっかり掴まってて!」

「どこにだよボケ!下ろせ!」

「っあ、危ないよ……!?」

 現在、体は横抱きにされている。別名、『お姫様抱っこ』とも言う体勢――。

 くさっても元暗殺兵ということか、両手でバランスがとれない格好のまま電信柱の上を跳躍していく。

 しかし、掴まれというが……この体勢で掴める部分は服の裾か若しくは……。

(首か?むしろ、首を絞めろってかっ!?)

「ク、クルルく……っ」

「下ろせ!それか、持ち方変えろ!!」

 ――それか、心の準備とかいうものの時間を用意しやがれ!

 と、いうのは、心の中のみでの台詞である。

 

 あの後、取りあえずおんぶの形でクルル君は落ち着いてくれた。

 そのまま祖母殿の家に戻り、彼女が用意してくれた救急道具で足首の手当てをする。

 骨は何とも無さそうで良かった。

 でも、捻挫は癖になってしまうから気をつけて――と言うと、クルル君はぷいっとそっぽを向く。

(……やっぱり僕、何かやっちゃったのかなぁ……?)

 訊いてみようか、とも思ったのだけれど、クルル君の背中が会話も何もかもを拒絶していて、許してくれない。

 途方に暮れていると、祖母殿がゆっくりと話を切り出した。

「二人共、そこの縁側からも花火が見えるんだよ。ちょっと下の方は、家や木で切れてしまうけどねぇ……それでも、なかなか綺麗だよ?」

 そして、何故か彼女自身は別の部屋へ行ってしまう。

 ――思いがけず、2人きりになった。

「……」

「……」

 長い。長い、長い、長い、沈黙。

 遠くで、時計の秒針が進んでいく音が鳴っている。

 ――――今、何時なんだろう?

 花火は、もうすぐ始まるのだろうか?

「……」

「……」

「…………………あの、」

 

 その夜。

 僕らは2人、縁側で、綺麗な花火を見た。

 

 《終わり》

たくさんのきれいな、いとしいもの

 

この小説は、れむ様限定でお持ち帰りを歓迎いたします。

れむ様、リクエストをして下さり、本当にありがとうございました!

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とまり木探し

 2ヶ月に1回、クルルは必ず『日中に』外出する。

 普段の、深夜や明け方前にふらりと出掛けて行く時は、『ついて来るな』と言われてしまうのだが。この1回だけは違う。

 ケロン星貧困街で開催される『闇市』には、荷物持ちとして堂々と一緒にいられるのだ。

「はいよ。――たく……相変わらずえげつねぇ買い方してくれるぜ……」

「く~っくっくっく……ソリャドーモ」

 店先でそんな会話をしながら、馴染みの店主は品物が入った袋をゾルルに差し出す。

 細かく小さなものが多いとは言え、全て金属。大き目の袋一杯に詰め込まれたそれは、手の平に食い込む程の重さである。そんな袋を4個、左手に軽々と持っているゾルルに、店主たちは驚いたり感心したりと様々な表情を見せていく。

 初めての店に立ち寄ると、まだ若い店の主は、自分よりも更に幼いクルルと明らかに只者ではないゾルルを見比べて、

「アンタ等、どういう関係なんだ?」

と尋ねてきた。

 ゾルルが答えに窮していると、クルルは一笑してさっさと先に歩いていってしまう。慌ててその後を追うゾルルの姿に、近隣の店から笑い声が溢れた。

「新入りさんよ、あの2人にそんなことを訊くのは止めときな」

「え?」

「あの2人は、よく闇市に来るお得意さんだけど――色々事情がありそうでしょ?」

「きょうだい、とか、家族って訳じゃないだろうしなぁ……見た目があんまりにも似てねえから」

「半分義体の人は、多分暗殺兵だと思うけどねぇ」

「――――はい?」

 さらりと出てきた単語に反応して、新入りが間の抜けた声を出す。それを無視して、隣近所の店の主たちは、自分たちのおしゃべりに夢中になった。

 不思議な組み合わせの2人は、店番で退屈を持て余している彼等にとっては格好の玩具なのだ。

 当然、そんな会話の肴にされていることなどゾルルは知らない。

 ようやくクルルに追いついて、ゆっくりとしたペースに歩みを戻す。

 小さな体に大きなフードを被ったクルルは、後姿がてるてる坊主そっくりだ。

 ギラギラと地上を照らす太陽と見比べながら、ゾルルは無表情のまま笑う。そんなゾルルもクルルと同じく頭から布を被った姿であるため、第三者は大きいてるてる坊主と小さなてるてる坊主とが並んでいる光景に和んでいる。

 非合法の裏世界であるにも関わらず、闇市にはどこかのほほんとした空気が漂っていた。

 

 1軒、2軒、3軒、4軒……と、店を回っていくうちに、太陽の位置はどんどん高くなっていく。ずっと同じ速度を保って歩いているはずのゾルルは、いつの間にかクルルの隣に並んでいた。

「――――?」

 歩幅が明らかに違うので、ゾルルはクルルと出掛けた時は、ゆっくり歩くことを常に心掛けている。

(……イ、ツノ間……ニカ、速、ク……ナッ、テタノ、カ……?)

 うっかり追い越してしまわないよう、心持ちペースを緩める。

 ――くんっ。

「……?」

 一瞬、フードの裾を引っ張られたような気がした。

 しかし、隣に視線を向けてもクルルの手はこちらのフードを掴んではいない。

(気ノ、セイ……カ……?)

「……何だよ」

「イ、ヤ……」

 何でもない、と咄嗟に答えると、クルルは無言でほんの少し歩みを速めた。

(……ヤハ、リ、気……ノセ、イカ……)

 やはり……クルルが、まるで縋るようにフードを引っ張るなんてことは、無いのだろう。そうした仕草は、きっと頼りにしている存在にするのだ。

 ……自分で考えた癖に、何だか哀しくなってきた。

「おーい、兄さん?」

「……ッ!」

 ハッと気が付くと、店主がこちらに袋を差し出していた。

 考え事に気を取られてボーっとしている内に、次の買い物が終わっていたらしい。慌てて袋を受け取ると、「そういえば、」と店主に呼び止められた。

「あの子、ずいぶんと汗だくだったけど大丈夫かい?今日はまだ暑いから、熱中症とかにならないように気をつけ――」

「アッ!」

 店主の話の途中で、ぐらり……と小さな体が大きく傾く。

 倒れたりはしなかったが、歩き方が危うい。足の裏を引きずるように、ずるずる……と前進していくが、その速度はどんどん遅くなっていく。

「――――ッ!」

「っ兄さん!?」

 考えるより先に、ゾルルは地面を蹴った。そのままクルルを抱き上げ、走る。

 抱き上げたクルルは、くたりと寄り掛かってきて、その体は熱くなっていた。

(――マズ、イ……ッ)

 走り出したものの、貧困街の地理にはそこまで明るくない。目的地がある訳でも、休めそうな場所を知っている訳でもないのだ。

 熱中症の対処は、分かる。

 水分補給と、涼しい休憩場所があればいい。

 水は、仕事柄常備している水筒がある。問題は、休憩場所の確保。

 ケロン星の北方に位置する貧困街は、土地が痩せている。その為、作物などが育ちにくい。雑草さえも貧困街を嫌う――という揶揄もある位だ。

 そんな場所に、そう都合よく木が生えているなんてことは無く。

 建物の影は埃っぽい空気が溜まっていて、風が通らない。

(……貧、困街……カラ、出、ル……シ、カナイ、カ……?)

 そんなことを考えていた時。

 ――――ふわっと、風が吹いた。ほんの、一瞬。

 その風には、植物の青くさいにおいが微かに含まれていた。

 

 急いで風上に向かうと、建物も無い、開けた場所――そこに、小高い丘があった。そのてっぺんには、立派な大木がどっかり、と立っている。

 枝には溢れんばかりに葉が生い茂り、風で揺れる度にザワザワ……とざわめきが広がっていく。

 地面を覆う背丈の低い草同士のこすれ合う音も重なって、それは心地よく耳を満たした。

「――――っ……」

「ック、ルル……!」

「……降ろせ」

 声は掠れているが、言葉は相変わらずしっかりしている。

 丁度木陰になっている場所まで歩いて行ってから、そっとクルルを地面に降ろす。流石に体がだるいのか、すぐに立ち上がることは無い。手渡した水を少し飲んだ後で、そのままごろりと地面に寝転んだ。

「……大、丈夫……カ……?」

 ――返事は無い。

 そのまま眠るつもりなのか、もそもそと腕を後ろに組んで枕にしようとする。そんなクルルを見て、ふといいことを思い付いた。

 一度立ち上がり、脚を正座の形にして座り直す。

「サ、ア……!」

「……『さあ』じゃねぇよ」

「遠慮、ス……ル、ナ……!」

「してねぇし」

「腕、ガ……ダル、ク……ナ、ルダ……ロ、ウ……?」

 だから、と必死に膝枕をアピールする。

 物語では、女が男に膝枕をしていた気がするが、別に逆でも構わないだろう。

 鍛えた脚は筋肉や筋で硬いだろうが、頭に血が上るよりはいいハズだ。多分。

「……」

「サ、ア……!」

「……」

「……」

 背筋を伸ばして、準備をしていることを態度で示す。クルルは呆れたような半眼で、微動だにしない。

 ……だんだん、気持ちがしぼんできた。

「……クル、ル……」

「…………………………」

 

 ――――はあ……。

 

 そんな、小さな溜め息を1つ吐いて、クルルはごろんと寝返りを打った。

 そして、膝にそのまま頭を乗せるのかと思えば、ぺしぺしと手の平で膝をはたく。

「?」

「高い」

 言われて、慌てて脚を崩した。

 伸ばした脚の上に、今度こそクルルはごろんと頭を乗せる。

 当然のように、義足の方を選んで、だ。

「……クル、ル」

「あー?」

「……痛、ク……ナイ、ノカ……?」

「反対もどーせかてぇんだろ。なら、コッチのがマシ」

「……」

 随分な言われ様である。

 だが、おそらく事実だと思うので、それについてはこれ以上言わないことにした。

 ――――静かな時間が、ゆったりと流れていく。

 沈黙は苦ではない。それでも、何となく言葉を交わしたくて、何気ない感想のようなものを口にした。 

「……正、直……驚、イタ……」

「……」

「貧困、街、二……コ、ンナ……場所、ガ、アル……トハ、思ワ……ナ、カッタ」

「……」

 金銭的に恵まれない者が多い街。ココ以外に家を持つことのできない者が住む、下層階級の世界。

 そんな場所に、これ程まで大きい樹木が育つものかと驚いた。

 そこで話を切ると、硬い脚の上でクルルが微かに嗤う。

「?」

 しかし、何を言う訳でもなく、ただ嗤っただけだ。何となく、今のクルルは機嫌がいいみたいだが……何故急に機嫌が良くなったのかは分からない。

「……クル、ル……?」

「……」

「……?」

 ――――すぅ……。

(……寝、タ……?)

 前触れも無く、眠ってしまった。

 滅多に見ることの無いクルルの寝ている姿に、本日何度目かの衝撃を受ける。

 どうやら、暑さにやられたのは、元々疲れていたということも含まれていたようだ。眼鏡越しに見える目元の隈が、くっきりと黒い。

 少しでも眠り易いようにと、気休めに手をパタパタと動かして風を送る。クルルは身じろぎひとつしない。

 そして、ホンモノの風が吹いた。

(――――イイ、日……ダ……)

 のんびりとした時間。

 様々なハプニングについては考えないようにして、ふとそんなことを思った。

 

 《終わり》

暑い世界に憩いを下さい

 

 

こちらの小説は、有栖川ゆーた様限定でお持ち帰りを歓迎いたします。

有栖川ゆーた様、リクエストをして下さり、本当にありがとうございました!

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お揃いアイスキャンディー

 貰い物のチケットの期限が今日までだったので、思い切って彼女を誘い、出掛けた帰り道。

 長かった昼が少しずつ、確実に短くなっている。長く伸びた影が2つ並んでいることが、嬉しい。

 改めて意識すると、かっかと頬がほてり始めるのを感じた。

(夕日が、この熱を隠してくれますように――――)

 こっそり祈りつつ、歩き続ける。

 不意に、彼女が立ち止まった。

「――どうしたの?」

 自分も慌てて歩みを止めて問い掛ける。彼女は、「べつに」と短く言葉を紡いで、再びカツカツと歩き出した。

 麦藁帽子と、白地に水色の縦縞模様がはいったワンピースとに合わせた、ちょっとヒールが高いサンダル。彼女は、あまり履き慣れていないであろうソレで、いつもと変わらずに歩き続ける。

 それでも、心持ちゆっくりとしたペースではあった。

(靴擦れ、じゃないよね?)

 ちらりと彼女のかかとを窺い、皮膚が赤くなっていないことを確かめる。

(だとしたら――――疲れた、のかな……?)

 今日の目的地は、電車で3駅行ったところにある植物園だった。少し有名なところで、地球の一般的な植物から珍しい植物まで、沢山の草花を栽培・世話しているのだという。

 彼女は、愛でるための花は特別好きではないと言った。それでも今回の植物園は、生き物の温度に反応して動くもの、色が変化する植物もいるということで、誘いに応じてくれたのだ。

 そして、彼女も楽しんでくれていたと思う。

 向こうでお昼ご飯を食べて、もう1回園内を回って――。

 こうして考えると、確かに疲れてもおかしくない。一緒に居る彼女は、自分よりも歩幅の小さい華奢な少女だということを失念していた。

 家までは、まだ距離がある。

 少し近道になる公園の遊歩道を通っていく、いつもの道。ここにはいくつかのベンチが置かれていて、道行く人々が休めるように配慮されている。

 ――――少し、休んでいこう?

 そう言いかけたところで、ふと、少し前に視線を向けた。

 ピタリ、と足を止める。

「――っクルル君、ちょっと待ってて!」

「はぁ?」

「すぐ戻ってくるね!」

 

 走って戻って来ると、さっきの場所から1番近いベンチに彼女は座っていた。

「ごめんね、お待たせ……!」

「……アイス?」

「うん!」

 この公園には時々、アイス屋さんのワゴンが停まっている。いつもという訳ではないし、今日は時間も少し遅いからどうかな?と思ったけれど、ギリギリ間に合ったのだ。

「でも、流石にほとんど売り切れてて、この味しか残ってなかったんだけど……」

 クルル君、みぞれ味は大丈夫?と尋ねると、返事の代わりにスッ、と白い手が伸びる。

 その手にみぞれのアイスキャンディーを1本差し出して、そっと隣に腰を下ろした。

 ちろちろとアイスを舐めていると、彼女がちょっとわらって、

「アンタ、そーやってる内にアイスが溶けて、地面に落とすタイプだろ」

と、見られていないはずの自分の過去を言い当てる。

「ど、どうして分かったの!?」

「くっくっく……やっぱりなぁ~」

 ベタだねぇ~、と続く彼女の言葉に首を傾げていると、彼女はわらう。

 その顔が、夕日でうっすらと明るく染まって――――綺麗、だった。

 

 《終わり》

夏の終わりに

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錆びた力

 昨日メールが届いた。

 送り主はゼロロで、本文は短め。『相談したいことがあるから、会えないかな……?』という感じの誘い文句だ。

 特に用事は無かったから、すぐに『OK』と返事を出して――――。

 ――今に至る。

「……」

「……あー、うん……ゼロロ」

「……」

「あのさぁー……まあいいや。つまり、何?最近ようやく任務を調整するようにして時間もできて、クルルに会いに行くようにしてるけど、会いに行っても何を話したらいいのかさっぱり分かんない――って?」

 自分なりに要約したものを話すと、何も喋らずにただコクン、と頷く。

(……惚気かよっ!)

 ついでに言えば、コレは絶対無自覚だ。

 何せ今のゼロロの様子は、『悲壮感漂うお悩み中の青年』にしか見えない。うざったい暗い雰囲気を纏っているせいで、ゼロロの周りだけ照明が落ちている気がする程だ。

(……これ、一応相談してるつもりなんだろーけどさぁー……)

 別に、ゼロロはクルルと喧嘩をした訳でもない。以前の時のように、ゼロロがクルルに片思いをしているのでもない。

 2人は列記とした恋人同士で、しかも昨日今日告白をし合った仲ではないのだ。

 少なくとも、自分がこの幼馴染から『クルル君と、その……お……お付きあ……っお付合いすることに、なれた、よ……!』という報告を受けてから2年は経っている。

(長いでありますなぁ……)

 こうして、ゼロロの話を聞くようになってからの期間は、もっと長い。昔からの腐れ縁とは言え、独り身の自分がよくもまあ、こんな話に付き合っているものだ。

(……コーヒー、冷めちゃったでありますなぁ……)

 ちらりとテーブルの向かい側に居る、ゼロロの様子を窺う。

 ゼロロは相変わらず俯いたままだ。

 お馴染みの体勢を崩そうとしない幼馴染に思わず溜め息を吐くのは、仕方が無い。

 その溜め息が聴こえたらしく、ゼロロの肩が大げさに揺れた。

(――――ったく……)

「……」

「……ゼロロさ、今まで何をやってたわけ?」

「……何、って……?」

 ようやく喋ったその声は、掠れている。

(ま、だからって手加減してやる必要は無いだろうし)

 ついでに思っておくなら、自分は案外世話焼きみたいだ。

「クルルと何について話した?趣味とか、好きなものとか――何処へ出掛けた?何を見てきた?2年以上あった時間で、クルルのために、何をしてきた?」

「――――っ!」

 パッ、と、ようやく顔が上がった。

 その表情が、今にも泣き出しそうな、自分の1番よく知っている幼馴染のものだったことに、少し安心する。

(でも、これとそれとは話が別)

 付き合い始めてから2年以上。ようやく恋人と一緒に居るための時間を、積極的に作り始めたと言う。

 それは進歩だとしても――余りに遅すぎやしないか、と。

(任務任務任務――って、逃げてばっかだった分のツケであります)

 クルルは1度も、『寂しい』なんて言わなかった。そんな素振りさえ見せなかったけれど、ゼロロが来た日の次の日は、ちょっとだけ機嫌が良かったと思う。

 きっと、ゼロロが地下に来てくれることを喜んでいた。だから――任務で会えないことを、寂しいと思っていたのではないか、と思う。

 あの子も色々忙しい子ではあるけど、あの子はいつも地下に居る。ゼロロは、簡単に会いに行くことが出来たはずだ。

(今回は、ちょっと痛い目を見た方が後々のためにもいい気がするし)

 クルルに寂しい思いをさせてきた分の報いくらい、真正面から受けた方がいいだろう。

 ――――何より。

(……恋人とのコミュニケーションのとり方くらい、自分で試行錯誤しろっつーの、バーカ)

 

 《終わり》

いつもは、逆の立場だけどね。

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ハイスクール・デイ

 高3の夏休みなんて、あってないようなモノだ。

(実質、休みなんて8月の真ん中くらいだし)

 高3の夏休みは、まだ実感の湧かない『受験勉強』のためにあるのだと言う。学校から渡されたスケジュール表には、所々に受験対策模試が組み込まれていた。

「……つまんないよねぇ」

 思わず独り言が零れるくらい、つまらない。

 それを耳にしたクラスメートの1人が、ジロッと向けてくる視線は無視して。教室の正面に掛かっている時計を見た。

 始業ベルが鳴るまで、余り時間は無い。後数分で担任が教室に入って来るだろう。

(仕事も無いし、気が向いたから来てみたけど)

 クーラーが効いている室内は快適。

 でも、とにかく退屈だ。

 テスト勉強に勤しむ優等生も、勉強を放り捨ててお喋りをしている連中も、自分の好きなことをしている奴も。

 皆、どこかつまらなさそうなカオをしてる。

(――サボろっかな)

 いっそ、帰ってしまおうか。

(でもなぁ……)

 そうなると、出席日数がヤバイ。

 夏休みの補習は、自由参加ではなく強制参加。普段仕事で余り登校していない分、来れる時は来ないと留年してしまう。これが、義務教育じゃない高校生のツライところだ。

(人生なんてそう長くもないんだし、好きなコトを好きにやればいいのに――不便だよね~)

 くるくる、くるくるっとシャーペンを回してみるけど、すぐ飽きた。

 窓の外を見れば、雲一つ無い晴天。明らかに暑そうだけど、気持ち良さそうな青空だ。

 こんな日に、コンクリート校舎の天井や黒板を眺めるなんてもったいない。

(……屋上、行こっかな)

 ちょっと1限目に遅れるくらいなら、多分大丈夫なはず。

 立ち入り禁止の屋上は、授業をサボるのにもってこいの場所なのだ。

 

 屋上に出ると、目が痛いくらい青い空が視界に広がった。

 予想通り日差しは強いけど、風があるからかそこまで気にならない。

(うん、やっぱりこうでなくっちゃ)

 日陰になっている部分で少し涼もう、と思って、足を向ける。

「――――あ、」

「……」

「クルル?」

「サボり発見~」

「え?どうしたの、その格好」

 紛れも無く、日陰に居たのはクルルだった。

 しかも、何故か自分と同じ、ココの制服姿で。

 こっちの反応に満足したのか、にんまりと嗤うクルルが口を開く。

「何デデショウ?」

「あ――――やっぱ、ケロロ?」

「ぴんぽーん」

 ちょっと考えれば、確かに簡単だよね。

「へぇ~……流石に、詳しい経緯までは分からないけど……侵略者から地球への留学生に身分が変更にでもなった?」

「クック……単なる隊長の暇つぶしだぜぇ~」

 何でも、『侵略に行き詰った時は原点に戻るであります!』と言い出したケロロ発案で、しばらく皆でこの高校へ通うことになったらしい。

 ちなみに生徒たちの記憶は操作済みで、ケロロたちは高校1年生からずっとココに通っているという設定になっているのだという。

「俺にはきいてないみたいだけど?」

「必要あるかぁ?」

「ない。成程ねぇ~……ところで、皆同じクラスにいるの?」

「いんや。隊長はお前と同じトコだけどな」

「クルルは?」

「2-C」

「あ、1コ下か」

 ケロロ、ギロロ、ドロロが3年だからということで、クルルは2年。タママは1年のクラスに入ったらしい。

(クルルとタママは大丈夫だろうけど、あの3人はどうなんだろ?)

「銃で年齢を合わせてやったからなぁ……ま、捕まることはねえだろうよ」

「そうなんだ。でも、クルルはそのままなんだね」

「ガキもなぁ~」

「成程成程」

 そして、クルルにも男子用の制服を着せている――と。

(理由は、まあ……分かるけど)

 クルル自身も嫌がったのだろうけど、何よりクルルが性別通りの制服を着ることを他の4人が許さなかったんだろう。

(クルルのスカート姿は捨て難いけどね)

 でも、自分と結果的にお揃いになった男子の制服も、クルルは驚くほどに似合っている。

 顔立ちが中性的ということもあるんだろうけど、男子の制服を着たクルルは、文句のつけようの無い『美少年』だ。

(女子の制服だったら、ボーイッシュな美少女で通用するだろうな)

 腰まで届く長い金髪は、モアちゃんが編んだんだろう。緩く、1本の三つ編みに纏められて背中に流している。

 お日様の光を弾く、きらきらとした髪。

 白い肌も、細い体も、整っている、性別に拘らない顔立ちも。

 ――全部、きれい。

「……」

「?睦――」

 

 ――――――ちゅ。

 

 おでこに、触るだけのキスを、した。

 何だか、急にしたくなったという理由で。

 口にしなかったのは、まあ流石に青少年の学び舎でそこまでしてしまうのはよろしくないんじゃないかという迷いがあったからで……。

「――クルル?」

「…………………………っくたばれ……っ」

「あー、まあまあ、落ち着いて」

「消えろ留年しろ今すぐどっか行け」

「あのさ、今日は半日で補習終わるから――帰る?一緒に」

 黙りこんで、こっちを睨んでくるクルルが可愛い。

 悔しそうにしてるけど、きっとこの誘いをクルルは断らないだろう。

(だって、今日、2年は学校無いし)

 ケロロたちの付き合いで来たのだとしても、この暑い中屋上に居たのは――自分を待っていてくれたんじゃないかと思う訳で。

 それが当たってても外れてても構わない。

 でも、折角なんだから……。

「下校デートって、何かいいじゃん?」

「――――ククッ……アホか」

 本日の約束、成立。

 嬉しさを込めて頬に唇を寄せると、手の平で拒否された。

 残念だったけど、無理強いをするつもりはないので引き下がる。

「待ち合わせはどこにする?」

「ココでいい」

「了解――――あ、でも、校門っていうのも捨て難いね」

「寒」

「そう?ベタでいいと思うけど?」

「却下」

「分かった。じゃあ、ココに迎えに来るから、待っててね」

 そう言い残して、屋上を後にする。

 授業開始のベルは、とうの昔に鳴り終わっているけど、今日はちゃんとこれから授業に出てこよう。

(昼飯、何がいいかな……?)

 考えることは、授業とこれっぽっちも関係無いことだけど、ね。

 

 《終わり》

楽しみがあれば、暑さも退屈も何のその!

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今宵、月が見えずとも

この小説には性的な単語が含まれます。苦手な方はそっとUターンをお願いいたします。

 

 

 やさぐれていたというか、まあ、やんちゃをいてした今までの自分のツケを払っていくことにした。

 まず初めに手をつけたのが、女の子たちとの関係。

 好き合っているとかじゃなくて、いわゆる『セックスフレンド』だった彼女たちとスッパリと切れよう、と思った訳だ。理由は、『好きな子ができたから』なんてベタなやつで、ギロロにそう言ったらものすっげぇカオをされた。

「失礼なヤツでありますなぁ」

「……おい、まさかとは思うが……」

「だって、もとはと言えばギロロが言ったんジャン?我輩がクルルのこと好きになった惚れたって言った時、『ただれた関係を持ちまくりの奴が言った所で、説得力が無い!』って」

 だから、と言えば、眉間の皺が2本増える。

「確かにそう言ったが……本気、なのか?」

「もち。つーか、ずっとそう言ってるっしょ?」

 あの日、くだらない戦場で初めて会った時から、ずっと変わらない。

 真剣に言ってるっつーのに、ギロロはしばらくしてからこれ見よがしに溜め息を吐いた。

「よりによって、あんな奴に惚れるか?」

「失礼だよチミィ!……クルルの魅力が分からないなんて、やっぱギロロはお子ちゃまでありますなぁ~」

「――っ10以上も年下のガキにうつつを抜かすボケに言われたくはないわ!!大体、そもそもあのガキには貴様の好きなち――」

「じゃ、またネ~」

 何か長くなりそうだったから、サッサとその場を去る。後ろで何か喚いてはいるけど、ギロロは追いかけては来なかった。

 

「――――で、アタシが最後って訳?」

「……ハイ」

「この場合、最後っていうのを喜ぶべきなのか怒るべきなのかね――でも、確かメールを貰ったのは1ヶ月以上前だったと思うんだけど?」

「あ――――……話せば長いことながら……」

 セックスフレンド――セフレの皆とセックス関係を止めると言って回ることを決めてから、1ヶ月と少し。

 せめてちゃんと誠意を示した方がいいとプルルちゃんからアドバイスされて、携帯メールじゃなく直接話すという方法を選んだ。思えば、それが運のツキだったんだろう……。

 冷静に話し合うなんて、夢のまた夢だった。

「包丁とかカッターとかナイフで刺されたり切られたり刺されそうになったり……あと、帰る直前で鈍器を頭に叩き付けられそうになったり……マシなので、足踏まれるとか階段から突き落とされるとか、ビンタとか?」

 何度か病院のお世話になり、ぐちぐち言いつつギロロたちはその度に見舞いに来ていた。

「皆ひどいんでありますよ?『自業自得だ』って、そればっか!」

「良かったじゃないか。本当のコトを言ってくれるお友達で」

「……相変わらず、容赦無いでありますなぁー……」

「アタシのそーゆートコ、あんた好きだろ?」

「……うん、好きであります」

 分かり易い優しい言葉は1個もくれなくて、でも、体を重ねた時のぬくもりは1番心地よいと感じたひと。関係を持った女の子たちは皆それぞれ好きだったけど、この人は特別だと今も思う。

「我輩の好きな子と、よく似てるであります」

「へぇ~……で?告白できそうなのかい?」

「現在、絶賛片思い中でありますけどねー……実は、ちょっち怖いんでありますよ……」

 最近、ようやくまともに口をきいてくれるようになったばかりだから、怖い。そう呟くと、彼女はとても楽しげに唇で弧を描く。

「ほら、やらないならサッサと帰りな。じゃあね」

 そう言って、嗤っていた。

 

 《終わり》

いい、女

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変わらない、僕ら

『パスタのおいしいお店、教えて貰ったの。だから今日の夕食は、3人でパスタを食べに行くわよ!』

 いきなり勤務時間に電話をかけてきたと思えば、これである。

(しかも疑問形じゃなくて断定形ときたものだ……)

 気を抜くと口から零れ落ちそうになる溜め息を何とか飲み込んで、携帯通信機の向こうに居るリノノにゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

「……僕はいいけど、クルルの予定は大丈夫なの?」

『知るわけないじゃない』

「……」

 何で、そんな自信たっぷりなのだろうか。

『でも、今日は絶っ対、3人でパスタを食べるんだから!シュペペ、ちゃんとクルルを誘っておいてね!』

「…………了解」

『じゃ』

 アッサリと、通話終了。

 パチンっと携帯を折り畳んで、デスクに置く。目の前には書きかけのカルテがあって、そういえばこれを書いている最中だったんだよなぁ……と、今度こそ溜め息を吐いた。

(いつもリノノは唐突なんだよね……)

 リノノは俗に言う『幼馴染』で付き合いは長いから、そんなことは初めから分かり切っているつもりだけど。それでも、たまにこうして溜め息を吐きたくなる。

(――――さて、)

 もう1人の幼馴染に連絡を取るために、もう一度携帯を開く。

 カチカチと片手でメールを打つことにも手慣れたな、なんて。どうでもいいと言えばそれまでのことを改めて思う。

(さて、どうかな?)

 送信相手は、リノノと違って携帯の電源はつけっぱなし派なんだけど、とにかく3人の中では一番忙しい。10歳も下なのにリノノより階級は上だし、給金だって自分とリノノの分を足してもまだ足りないくらいだ。そして、それに見合う仕事量を常に抱えている。

 だから、返事がくるかどうかは半々の確率だと見込んでいた。

 

 ――――ピピピピピピッ ピピピピピピッ

 

 そんな予想に反して、すぐに着信を告げる音が響く。

 

 『名前 クルル

  件名 Re;夕食の予定

  本文

  ノーコメ』

 

「……」

 パカッ

 ポチポチポチ

 プルルルルルルッ プルルルルルッ……

「――クルル?」

『ただ今留守にしております。ご用の方は、発信音の後に――』

「今忙しい?」

『クックッ……冗談通じねぇヤツ~』

 おそらく裏声を使っていたんだろう。本当にコールセンター嬢と区別がつかない位、ソックリな声真似から、いつものクルルの声にがらりと変わる。

 からかうような調子を含んだ、久しぶりの声。携帯越しで肉声とは少しズレを感じるけど、クルルの声だ。

「さっきのメールの件に付け足すけど。リノノはさ、クルルと久しぶりに会いたいんだと思う。パスタは、まあ元々行きたいんだと思うけど――ちょっと、口実のような気もするんだ」

『く~っくっく……コッチの予定は無視して、な』

「いつものことだけどね」

『ま~な』

「――で、やっぱり忙しい?」

『さーな』

 表情が見える訳じゃないから、本当に忙しいのか少し時間を作れそうなのか、判別がつかない。

「……もし無理なら、クルルからリノノに『また今度』って連絡してよ。僕の言うことなんて聞きやしないし、さ」

 リノノはクルルの言うこともすんなり聞いたりはしないけど――とは、お互い言わなくても了解している。

 ただ、自分ばかりがリノノの八つ当たりを受けるのはゴメンだ。

 正直にそう言うと、携帯の向こうから愉しげな嗤い声が聞こえてきた。

『イヤなこった』

「――やっぱり……」

『行きたきゃテメェらだけで行けよ』

「リノノは3人で、って言ったんだってば。……取りあえず、もし何か気が変わるようなことがあったら、さっきメールで送った場所に来てよ」

『……じゃ~な』

「……じゃあね」

 ――通話終了。

 久しぶりの会話は、1分も続かなかった。

 切り替わった画面に溜め息を吐いて、そのままブチッと電源を切る。

(――もし3人揃ったら、何ヶ月ぶりになる……?)

 確か、3人で映画を見に行ったのが最後だ。

(……2ヶ月……2ヶ月半、ぶりかぁ……)

 そう言えば、アレも言いだしっぺはリノノだったな、と。そして、あの時も今回のようなやり取りをしていた覚えがある。

 だから。

 だから、今日も何となく、クルルは店に来るような気がした。

(案外、リノノが居るから続いてるのかも)

 リノノとクルルと、自分。

 ちょっと紆余曲折を経た、少しばかり奇妙な幼馴染という縁は、今もこうして続いている。年月にして、約8年という所か。

(――じゃあ、残業にならないように頑張ろう)

 頭を切り替えて、カルテに向かう。

 

 《終わり》

続いていく関係性

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朝と夜を繰り返す、その先は

「何をしている」

「――――くっくっ……ソッチこそ、何か用デスカ?」

「……用は特に無い……だが、何故よりにもよってこんな日の真夜中に、ココに登っているんだ、貴様は……」

 『ココ』とは、日向家の屋根の上。時計をしていないため、今の正確な時間など分からない。

 それでも、近所と呼べる範囲の家はほとんど静まり返っており、当の日向家も全て明かりが消えている。

 梅雨の名残だろうか。最近はずっと曇天が続き、見上げた空にはやはり星はおろか、月も無い。

 手を後ろについて屋根に座ったままのクルルは、こちらの問い掛けに答えるつもりはないらしく、振り向いたかと思えばニヤリと嗤っただけだ。そして、輝くものの無いまだらな空に、視線を移す。

(このクソガキ……っ!)

 あくまで自分のペースでしか動かないコイツに腹が立つのは、むしろ当然だろう。

 何故さっき、下から姿が見えたからといって屋根に登って来てしまったのだと過去の自分を罵倒する。が、それは今更だ。

 そして、どうやら自分は地上に戻るタイミングを逃したらしい。

「……」

「……」

 少し迷ってから、開き直って一歩、子どもの方に進む。

 流石に隣に座るのは気が咎めて、その斜め後ろに腰を落ち着ける。クルルは一瞬、チラリとこちらに視線を向けたものの、すぐに興味を失ったようだ。

 じっと、空ばかり見ている。

(……面白いのか?)

 月も星も見えない、漆黒でもない、暗いばかりの、空。

 まあ、知り合ってからこれだけ付き合いが続いていれば、この子どもに自分の思う『一般的少女像』など適用できるはずかないのだという現実を思い知る。

 ついこの間の七夕で、それを再認識した。

(天の川も、こいつに言わせれば『石ころの集合体』だからな……。全く、可愛げも女らしさも無い……せめて、欠片くらいそうしたものがあればいいものを)

 だが、あったらあったでそれは怖い気がする。

 もう、自分にとってのクルルは、『女らしくない嫌味な年下の女』でしか無いのだと、そんなことを感じてしまう。

 

 ――――ビュウ……ッ!

 

 突然、強い風が吹き抜けて行った。

 クルルも自分も咄嗟に腕を風除けに構えたが、その風でぶわぁっ――と、長い金髪が宙で踊る。

「――――っ……!」

 風は、ずぐに止んだ。

 しかし、たった今の光景が鮮烈に、脳裏を支配する。すぐには目を逸らすことが出来ず、思わずその金色の長髪を凝視してしまう。

 すると、こちらの視線に気付いたクルルが、怪訝そうに眉を寄せた。

「な……何だ?」

「そりゃ、コッチの台詞だぜぇ~。オッサン、アンタ自分の今のツラ、鏡か何かで見てみれば?」

「――――?何だ?どういう意味だ?」

 答えは無い。

「……クルル?」

「あー?」

「……いや、何でも無い……」

「じゃあ呼ぶな」

「…………お前な…………」

 ただ。

 今更だが、クルルの髪は初めて会ったときから随分と長くなったのだと思ったのだ。

 あの頃は髪を伸ばすなんて面倒だと言っていた癖に、いつ頃からか、クルルは髪を伸ばし始めた。理由があるのか無いのかさえ知らないが、月日が流れているのだと、改めて気付かされたような気がする。

 結ばずにただ流しているだけの髪は、それ自身が輝いているかのように、淡く光を放つ。

 ――綺麗だ、と。

 そんなことは、決して口にしたりなんかしないのだが。

(――――時間、か)

 出会った頃は、本当に、誰から見ても『子ども』だったクルル。あの頃少年のように短かった髪は、腰ほどにまで伸ばされた。

 確実に、時間は過ぎている。

(俺もそれだけ、歳をとったということか――――)

 初めのきっかけや理由を無視して、考えは勝手に転がり始めているらしい。

 ――再び、訪れた沈黙。

(そういえば、ドロロはコイツの髪を『月の色』だと言っていたな……)

 首を曲げて空を仰いだが、やはり月は見えなかった。

 

 《終わり》

見るものをさがす夜

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夜を眺める特等席

「少しお時間をいただけますか?」

 そう言って、ガルルは有無を言わせぬ笑みを浮かべクルルを地下から連れ出した。

 溜め息を吐く暇さえなくガルルに抱き上げられ、クルルは何日振りか分からない程久しぶりに、地上の空気を吸う。

「――――で?」

 何処へ連れて行くつもりだと、いつもより近いガルルの耳に不機嫌な声で問い掛ける。皮膚を刺すような剣呑さをアッサリと受け流し、ガルルはにこやかに言葉を紡いだ。

「今日は、花火大会なんですよ」

「……」

「一昨日お伝えしたと思いますが?」

「行かねえっつったハズだけどな」

「ええ。クルルは、『人混み』が嫌いだと言っておられましたね。昨年行った場所は、辿り着くまでに人混みを抜けていかなくてはならないと言うことでしたので――――今年は、別の場所を調べてきました」

 そんな会話をしている2人の後ろを、いつの間にか半身義体の暗殺兵が黙々と歩いている。恨みがましそうにガルルへ向けられた右眼は、『お前だけクルルを抱いて仲良く喋っているのが、ズルイ』と雄弁に物語っていた。

 生憎、その無言の訴えは苦笑と黙殺によって流されてしまったが……。

 そうして、3人がやって来た場所は、軍本部の敷地内にある1つの建物だった。この敷地内で最も高い、スラリとそびえ立つ、ひときわ目立った建物だ。

「……天、守……塔……」

 本来、外部から攻めてくる敵を真っ先に見つけられるようにと高く造られた塔。監視カメラや衛星の精度が上がった最近ではほとんどその真価を発揮するような出番は無い。が、先人たちの造った建造物としての評価が高く、今も何となく残されている。

「ここの眺めはイイからな――――ようこそ、天守塔へ」

 聞き覚えの無い声に、クルルとゾルルがそれぞれ身構えたが、それをガルルが制した。そして、塔の扉が開き、そこから1人の男が姿を現す。

 歳は40前半といったところだろうか。がっしりとした体躯に無精ひげ、前をはだけさせた制服からは厚い胸板と日に焼けた皮膚が見える。

 どちらかと言えばいかつい顔を少し緩めて、男は小さく手を挙げるだけの挨拶を済ませた。

「急に無理を言って済まない」

「ま、暇だからオレは構わんが……で、そのお前が抱いている子どもが、例のお姫さんか……」

「……ガルル、テメェ何言いやがったんだ」

 クルルの怒気の篭った台詞に、「彼は信頼できる男ですよ」と応じて、微笑む。明らかに話を逸らした相手に対し、クルルは小さく舌打ちした。

 そうしたやり取りを見ていた男は、しばらく興味深そうに顎を撫でながら観察を続けていたのだが。途中で、ずっと男を警戒するように睨んでいる暗殺兵に気付き、肩を竦める。

(――――『星の悪夢』に『殺人人形』か……)

 初めて会った最年少少佐。その少女を守る布陣を見てみると、なかなか圧巻だと男は己の心中で思う。

 しかし、それ以上に、この軍内の一部で恐れられている『クルル少佐』当人を見て、少し笑いたくなった。

(陰険、陰湿、冷酷無慈悲の悪魔――には、とてもじゃないが、見えないな)

 旧知の間柄であるガルルから聞いていた話と耳に届く噂の間に、ずいぶんと大きく深い隔たりがあったため、果たしてどんな人物かと思えば――――。

 ガルルの腕に抱かれているのは、子どもだ。

 聞いていた年齢よりも小さく見えるものの、何てことはない。どうやら仕事が絡まなければ『これ』は単なる子どもで、訓練所に通う自分の子どもと大して変わらないようだ。

「――立ち話をするにしても、そろそろ行くかい?もうじき始まるだろ、花火がよ」

 

 男は3人を最上階一歩手前に設けられた、ベランダへ連れて行った。

 夏とは言え、多少肌寒さを感じさせる風から子どもを守るように、ガルルは持参した上着をそっと子どもの膝に掛ける。

 少女相手にも紳士な男だと、男は呆れと感心半々の心持で笑ったが、暗殺兵はやはりくやしそうな羨むような眼差しを向けて、唇を噛む。

(これはまた――――ガルルから聞いてはいたが……)

 『殺人人形』も、この少佐が絡めばただの子どもだ。

 殺気の矛先が自分に向いている時はおちおち笑うこともできなかったが、ガルルと少女のやり取りを睨むゾルルを、今度こそ男は愉快な気持ちで笑った。

「そろそろですね」

 腕時計を確認したガルルが呟いた2秒後。

 景気良く、大きな花火が打ち上げられた。

 赤色の輝きを目一杯に散らした花火の音は、距離がそこそこ離れているためか、少し遅れて耳に届く。

「やっぱりズレますね」

「離れてるからなぁ……しかし、眺めだけはオレが保証する」

 ふと、男とクルルの視線が合う。

 本当に偶然だったが、男は何となく少し口元を意識して笑ってみた。ガルルのような鋭い目付きではないが、やはり面構えのことでは男も色々苦労をしてきたのである。

 クルルは別に、男の顔に怯えることは無かったが、すぐに視線は逸らされてしまった。そして、分厚い眼鏡に覆われた双眸が夜空へと向けられる。

 おそらく正確に言えば、そこで『咲く』花火に――――だろう。

(――しかし、こうして見るとやっぱ、子どもにしか見えんなぁ……)

 多少、横顔は大人びて見えた気もしたが。

 その時ばかりは灰色髪の暗殺兵も大人しく花火に見入っていたため、男とクルルの一瞬のやり取りを咎める者はいなかった。

 

 花火はおよそ1時間半、先を急ぐように打ち上げられた。

 終わってすぐにクルルとゾルルは「帰る」と言い、ガルルと男は2人ベランダに残っている。

「今日は本当に助かった。礼を言う」

 改めて謝辞を述べるガルルに男は苦笑しつつ、煙草を勧めた。ガルルの吸っている銘柄のモノではないが、男の誘いをガルルは有り難く受けることにしたらしい。

 お互いが1本ずつ煙草をくわえ、火を点ける。

 深く深く煙を肺に吸い込み吐き出したところで、男が口を開いた。

「しかし、随分と大事にしてるんだな」

「クルルのことか?」

「ああ。まさか、吸わせて貰えないとは思わなかった」

 ガルルは元々、そこまで煙草を消費する方ではないが、男はヘビースモーカーである。花火の最中、1度煙草に手を伸ばした時、ゾルルが無言でくわえた煙草を切り捨てたのだ。

 その時のことを思い出し、ガルルは少し困ったように笑う。

「ゾルルはそもそも煙草を吸わないからな」

「お前も、あの『少佐』殿のトコでは吸ってないってワケか――――」

 吐き出した紫煙がゆらゆらと上へ昇る様子を眺めて、2人は苦く笑い合う。

「悪かったな」

「まあ、気に入ったならまた来年も来い、待ってると、あの2人にも伝えてくれ。何せここは、眺めだけはいいからな――――ただ、」

 灰色にはもう少し礼儀を教えておいて欲しい、という科白に、ガルルは声をあげて笑った。

 

 《終わり》

夜空の花と、昇る紫煙に

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あまずっぱいね

 折角の夏休みだというのに、どうもここ数日(正確には、夏休み開始の前日から)日向家にはどことなく気まずい空気が漂っている。

 ピリピリしているというよりも、モヤモヤと、すっきりしない澱んだ雰囲気の日が続いているのだ。

 そして、日向家の地下にあるケロロの私室では――――。

「……ねー、クルル」

「あー?」

「夏美殿、一体どうしたんでありますかねぇ?」

 ――ガシャンッ!

 音を立てて落とした武器をギロロは慌てて拾い上げる。

 いつもならばケロロがそこでからかいそうなものだが、今回はそんなギロロを無視してパソコンに向かうクルルに話を続ける。

「何かさ、元気無いっつーの?まあ、明らかに何か落ち込んでるか悩んでるのは丸分かりでありますが……クルル、何か聞いてない?」

「ククッ……何も」

「そっかぁ」

「むしろ、今の内に(くだらねぇ)作戦でもやりたいとか言うのかと思ったぜぇ」

「あーうん、そーね、それもアリっちゃアリねー」

 どこまでも軽い言葉からは、侵略をこの隙に進めてしまうという気概は感じられない。

 衝突することも多いが、何だかんだでケロロにとっては夏美も大切な友人のような存在なのだろう。だから、最近どうも張り合いの無い夏美の様子を純粋に心配しているのだ。

 クルルもそこら辺の事情は分かっているからか、侵略云々の話題をそれ以上引っ張ろうとはしない。

 毎度小言を口にするギロロも、話題が惚れた少女のこととなれば話は別のようだ。

(……一体、何があったのか、俺には見当もつかんが……)

 終業式の前日は、明日から夏休みだと喜んでいた。しかし、その日学校から帰って来た夏美は浮かない表情をしていた、とギロロはその時のことを思い返す。

(やはり、学校で何かあったと考えるのが妥当か――――)

 ――それはそうと。

「ケロロ」

「ゲロォ?」

「いい加減離れろ」

 言い終わるより早く、クルルと背中をくっつけるようにして座っていたケロロの頭をぐわしっと鷲掴んで、ぐきぃんっ、と床に押し付けた。強制的前屈体勢は、日頃柔軟維持を怠っている男にはきつかったようで、「いっでー!!」という平凡な悲鳴が響く。

「何すんだよ!」

「やかましい!」

「うらやましいなら、ギロロもやればいいジャン!」

「誰がうらやましいと言った!?大体、貴様がそう頓着せんから、いつまでたってもコイツに自覚が生まれんのだ!」

「そんなこと、シスコンでロリコンなギロロにだ・け・は、言われたくないであります!!」

「なっ……!」

 痛いところを突かれたギロロが言葉に詰まった時。ノックの後、ガチャンとドアノブが回り、扉が開いた。

 ケロロとギロロがおそらくタママかモア辺りだろうと思っていた来訪者は、何とついさっきまで話題の中心だった夏美である。

 驚いている男2人には何も言わず、やはりどこか気落ちしているような少女の視線は、真っ直ぐに科学者に向けられていた。

「クルル、今、暇?」

「クククッ……何かぁ~?」

「――ちょっと付き合ってくれない?」

 殊勝というか、やはり普段の彼女らしくない不安そうな問い掛けに対して、尋ねられたクルルでは無くケロロが代わりに口を開く。

「クルル、いってらっしゃいであります」

「隊長が勝手に決めんなよなぁ」

「まあまあ!」

「――――ま、りょーかい……高付くぜぇ?」

「……?」

 やけにあっさりと了承したクルルに対しギロロは首を傾げたが、そうこうしている内に少女2人はサッサと部屋から出て行ってしまった。

 少女が居なくなったことで急に部屋がむさ苦しくなった、とケロロが冗談を言って。そのままの流れなのか、

「んじゃ、尾行するでありますか」

と、当然のように言い放つ。

 軽く眩暈を感じて額を押さえたギロロだか、何だかんだで彼もまた気になるのだ。

 結局、大の男たちは少女たちの後をつけることになったのである。

 

 夏美とクルルが向かった先は、町のカラオケ・ショップ。

 全室防音ということだが、ケロロたちは2人の隣部屋でクルル印の盗聴器を使い、会話を聴く準備を整えた。

 そんなことは露知らず。

 夏美は、会話を始める前に重い溜息を吐いた。

「……」

「……」

 カランカラン……。

 ストローで、グラスの氷を回す音。それが、モニター上のアイドルが歌う最近のヒット・ソングに重なる。

 クルルは大抵自分から話を振ることはないので、夏美が黙っていては会話が始まらない。

 しかし何故か、夏美を見るクルルには、面白いことに対し高見の見物を決め込んでいるような余裕がある。

「……」

「……」

「……あの、さ」

「……」

「……クルルは、その……貰ったこと、ある?――ラブレター……」

 

 ぐわっしゃあぁぁぁぁん!!

 

 突然、隣から伝わった騒音と振動に驚いて、夏美の言葉が一度そこで切れてしまう。

 そんな夏美にクルルは嘲笑を浮かべたまま、「ほっとけ」と言って先を促した。

 夏美はしばらく躊躇したものの、その後すぐに大きな音楽が隣から聞こえてきたため、気にしないことにしたようだ。

「……その、」

「フッたんだろぉ~」

「――――――えっ……!?」

「終業式の時のヤツ。会って、フッたんだろ」

 先回りをして告げられた内容に、夏美はぼしゅぅっ!と赤面した。

「っ……な、何で知って……!」

「く~っくっくっく……何デデショウ?」

 いつもの、嫌味をたっぷりと含んだ嗤いを見せ付けるクルルの前で、夏美は見事に『百面相』を披露している。

 ラブレターを差し出され、それを断るまでの一部始終を、どうやらこの科学者はいつもの如く監視カメラか何かで覘いていたらしい。

「……の、覗き見しないでよっ……!」

「だから、付き合ってやったんだぜぇ?」

「……」

「で?」

 全く悪びれない態度は憎らしいが、いっそ潔い。

 もう、文句を言う気力も尽きてしまいそうだと吐いた溜息を、クルルがまた嗤う。明らかに、楽しんでいる。

(――他人事だと思って……)

 実際クルルにとっては他人事なのだが、本人としてはこの定番の不満を思わずにはいられない。

 

『夏休み前に、告白したかったんだ』

 

 夏美に正面から好意を伝えた男子生徒の、告白冒頭の1文である。

 相手の男子生徒とは夏美は1度もクラスが一緒になったことがなく、面識は無いに等しい。そんな相手に告白をされても、正直夏美は困るしかなかった。

 試しに付き合ってみる、などということは、出来ない正確である。

 とにかく、相手に対して失礼にならないように返事をした。それが、せめてもの誠意だと思ったからだ。

「……でも、誠意って言っても『ごめんなさい』が相手を傷付けることには、変わらないのよねぇ……」

 ふっ、と零れた台詞をクルルは何も言わずに聞いている。

 この、クルルの対応が夏美は好きだった。いつもなら冷たいと思うが、意見や助言を求めない時には、彼女のただ聞いているだけという姿勢は有り難い。

 何とか、この問題は自分の中で決着をつけようとしたのだけど、そう上手くは立ち回れなかった。

(でも、好き、は)

 知らない男子からの告白は、困ったけど、嬉しかったのだ。

 だから、それを受け取れなかったことに罪悪感がある。好きとはいえないが、嫌いでもない相手だから、尚更――――。

 いよいよ考えに行き詰ってしまい、そんな時相談相手として思い浮かんだのが、クルルだった。

(ただ、話を聞いて欲しかったっていうのはあるけど……)

 何より。

 クルルにはちゃんと、『恋人』がいるから――――。

「……クルル」

「あ?」

「クルルとドロロって、そういえばどっちから告白したの?」

「は?」

「話が飛んでるのは、自分でも分かってるけど」

 何故だか、急に気になった。

(こんな相談をしていたから?)

 一方、クルルはとても嫌そうに眉間に皺を寄せている。

「―――――くっくっ……」

「?」

「女の話ってやつは、すぐに話題が飛ぶねぇ……付き合ってらんね」

「って、アンタも女の子でしょ!?」

「く~っくっくっく……じゃ~な」

 元々、ここの会計は夏美持ちということで最初から同意していた。そのため、クルルはどうやらこのまま帰るつもりらしく、さっさと扉に向かう。

 その背中に、夏美は今一度声をかけた。

「少しカラオケでもしようとか、そういうことは思わないの?」

「これっぽっちも」

 あっさりと誘いを蹴って、クルルは今度こそ部屋から出て行ってしまう。

 そのあっさりした去り方は、らしいと言えばそうなのだが。

(ああ、成程ね……)

 やっぱり、自分はあの男子を傷つけたのだろう、と改めて思い知った。

 

 

「……クルル君」

「何だよ」

 実は、ケロロの部屋からずっとついて来ていたドロロ。クルルがカラオケ・ショップから出て来ると同時に姿を見せた青年は、躊躇いつつモゴモゴと口ごもる。

 大層聞き取りづらくはあったが、一応その後ドロロが口にした言葉らしきものは、クルルに伝わったらしい。

 曰く。

 ケロロの部屋で、ケロロが「何か聞いてる?」と尋ねた際に、どうして「何も」と答えたのか――――と。

「日向夏美から聞いてた訳じゃねぇ~からな」

「……」

 別に嘘は言っていない、とは彼女の弁。

「――ケロロ君たちは、」

「放っとけ」

「……ギロロ君、大丈夫かな……」

 最初のあの音は、ギロロがショックで気絶した時机に激突したためのものだったのだ。

「ほっとけよ」

「でも、」

「オッサンの場合、何回もフラれてるようなモンだろ。今更それが1回増えようがライバルがいようが、変わるモンがねぇよ」

 幼馴染として長く付き合っているケロロやドロロには無いつながりが、ギロロとクルルの間には存在する。本人たちは否定するだろうが、そのつながりはこうした時に度々、彼等の前に片鱗を見せた。

「……強いね、ギロロ君は……」

「――アンタは、昔からよわっちかったな」

「うぅ……!」

 ざっくり、と容赦の無い一言に半べそをかくドロロを見て、やはりクルルは可笑しそうにわらう。そして、そのままスタスタと歩き出した。

 今度は並んで、青年も地上を歩く。

 そんな青年を少し見上げて、少女は歩いたまま口を開いた。

「晩メシ、ポークカレー」

「……っうん!」

 

 それは、『泊まりに行く』という、意思表示。

 

 《終わり》

少女たちの恋愛絡み

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望み薄い恋を見てる

「お前のトコのガキがムカつく」

「……はぁ」

 そうっスか、と取りあえず答えておく。こういう時の師匠には、何を言っても無駄だということを経験から知ってるからだ。(ちなみに、『口答え』にだけはちゃんと反応する。師匠に、ものすっごいオシオキをされる師匠の同級生を見た回数は数え切れない)

 地球への視察は、いつも自分の所属するガルル小隊が行うようになってから、いつもオイラは地球に来る度師匠に会いに行く。

 隊長とプルル看護長はケロロ軍曹とギロロ伍長たちのところへ。

 そして、師匠が言う『ガキ』――トロロは、到着するなりクルル曹長のラボラトリーへ一目散に駆けて行くのだ。

(トロロが自分から走るなんて、この時くらいっスよねぇ……)

 口よりもずっと素直な行動を隊長たちは『子どもらしくて微笑ましいな』とわらっていたっけ。

「おい」

「――っあ、はいっス」

「聞いてるのか?」

「聞いてます、聞いてるっス!――――でも、まあ……何で、師匠がトロロをそんなに毛嫌いしてるのかなぁ……と思いまして」

 慌てて口から出た言葉は、半分本心。

 最近、地球に来る度1回は『トロロが気に入らない』宣言を聞かされている気がする。

 それをトロロ本人じゃなくてオイラに言うのは、単にトロロと話す機会が無いからだろう。いい加減、自分としてはいい迷惑なのだけれど――――。

(言った所で通じないっスし、)

 だから言わない。

 でも、そういえば『何でトロロが嫌いなのか』ということをこっちから訊いたのは初めてだ。今まではそれこそどうでも良くて、改めて知りたいとも思っていなかったから。

 今更だとでも師匠は思ったのか、ちょっと怪訝そうな顔をしてから、不愉快そうに答えを寄越す。

「あのクソガキが、」

「ハイ?」

「あのクソガキが、明らかにクルル先輩に色目使ってんのが気に食わない」

「――色目って……」

 トロロには荷が重そうな、怪しい表現だ……。

(だって、今のトロロにそんなどうこうする度胸は無いっスよ)

 それに、これはあくまで自分の意見だが、トロロがクルル曹長に向けている感情は『尊敬』だとか『構って欲しい』だとか――そっちの気が強い『好き』であって、そんな師匠の言う様な恋愛色は薄い気がする。

(……あー……でもコレは、むしろオイラがそう思いたいだけっスか……?)

 何となく、クルル曹長は自分以上にトロロの感情の中身を分かっていて、あしらっているような感じがした。そこそこ構っている所を見ると、クルル曹長はトロロを気に入っているのだろうが――それこそ弟か、そんなものとして認識してそうだ。

 つらつらと考え事をしている間に、師匠はコーラの500mlペットボトルの中身を一気に流し込んで、盛大にげっぷをする。テーブルにカラのペットボトルを叩きつける様子は、性質の悪い酔っ払いそっくりだ。

「アイツ、タルルの後輩だろ」

「まあ、一応は」

「妙なことしねぇように見張ってろよ。それか、鎖でもつけて引きずっとけ」

「カゲキっスね」

 でも、面倒なんで嫌っス。

 そう返事をすると、まあ流石にコッチが頷くとは思っていなかったらしくて(それでも眉間に皺は増えた)2本目のコーラに手を伸ばす。今度は、缶ケースのコーラ。

 オイラのコーラは、まだ1本目でしかもあんまり減ってない。

(クルル曹長――――について、オイラはほとんど知らないっスけど)

 とても頭が良くて、実は女の人で、多分好みとかを考えなければ全員が美人だと判断するような見た目の人。

(ガルル隊長とゾルル兵長は、結構昔からの付き合いがあって――――ん?)

「――タルル?」

「……ねえ、師匠」

「?」

「師匠は、『ケロロ軍曹』が好きなんスよね?」

 ずっとずっと、ずーっと、オイラは師匠からそう聞いていた。

「だから?」

「うーんと……」

 師匠はケロロ軍曹が好きで(この際、『好き』の種類云々は考えないことにする)、だから、そう。良く考えれば、分からなくなる。

 

「師匠は、何でトロロがクルル曹長を好きになっていることが嫌なんスか?」

 

 だって、別にそれで師匠が損するわけでも無い。

 正直、やっぱりオイラはトロロの『好き』が恋だとしたら、それが叶うなんてこれっぽっちも思ってない。だって多分、それはトロロの初恋で、初恋で上手く立ち回れるヤツなんてほとんど居ないから。

 オイラは、当たり前のことを訊いたつもりだった。

 でも、この質問の後、師匠は急に黙り込んでしまった。

「……」

「……師匠?」

「―――――ムカつくから」

「?」

「ムカつくんだよ、アイツ。それ以外に、理由なんか無い」

 

 《終わり》

だって、ふさわしくない

 

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編集者と科学者の優雅な休息

 仕事が一息ついて、一度家に帰れることになった。

(家に帰っても誰もいないけど、ね)

 夏美たちは今日、西澤さんの遊園地に遊びに行っているはず。夕べ、夜中に帰ることになりそうだからと電話で話した時、うきうきと弾んだ声で「行ってもいい?」と問い掛けた夏美を思い出して、つい笑ってしまう。

 しっかり者でいつも頑張り屋なあの子も、まだまだ幼い子どもなのだと思えて、申し訳無さ以上に微笑ましかった。

「――――よし、ちょっとお菓子でも作ろうかしら」

 いちごのシャーベットなどは、今の季節に合うかもしれない。最近、そう、いつの間にか暑くなってきたから。

(もうすぐ、夏になるのね)

 長い、長い、子どもたちの休みがくる。

 

 ――ガチャ。

(……あら?)

 ただいま、と言った所で、予想外の状況に首を傾げた。

(靴は無い、わよねぇ……?)

 玄関はいつもの賑やかさから一変して、ガランと物足りなさそうなのに。

 ふわふわ~っと、とてもおいしそうな匂いが流れてくる。匂いは、台所からやって来るみたい。

 靴を脱いでそのまま台所へ向かうと、そこではクルちゃんが大きなお鍋の中をお玉でかき混ぜている所だった。

「クルちゃん?」

「……ああ」

「これからお昼ご飯なの?」

「いんや。コレは晩メシ」

 ぐつぐつ、ぐつぐつ、お鍋の中では、クルちゃんの大好きなカレーが煮立っている。

 大きなお鍋一杯のカレーは、煮詰め始めたばかりなのか少し水っぽい気がした。

(でも、)

 どうして、クルちゃんがココにいるのかしら――――?

「てっきり、ケロちゃんたちと遊園地へ行ったのかと思ってたわ」

 思っていたことをそのまま伝えると、クルちゃんはわらって、「こんなクソ暑ぃ時に、外でハシャぐ連中の気が知れない」と言う。

「でも、せっかくだから、少し遊んできたら楽しかったかもしれないのに」

「クックッ……ゴメンだねぇ~。アイツら、今日中には帰るってよ」

「わかったわ。ありがと、クルちゃん」

 夜に帰ってくるとしたら、すれ違いになるかもしれない。それはやっぱり切なく感じたけれど、今クルちゃんが居てくれるから、寂しさは少なかった。

 ようやくそこで手洗いうがいをしに洗面所へ行って、また台所に戻る。

 前に皆おそろいで買ったピンクのウサギ柄のエプロンは、やっぱりクルちゃんに似合う。そんなことを思いながら、氷を入れたグラスに麦茶を注いで、少し休みましょうと誘いかけた。

「最近、本当に暑くなってきたわね」

「まぁな」

 テーブルに向かい合わせで座って、ごくごくとお茶を飲む。

 リビングに吊るしている風鈴が時々、チリリン……と小さく鳴る。

(久しぶりねぇ……)

 この、ゆっくりとした感じは、久しぶり。

 のんびりと過ごすことが実はとても贅沢なことだと思うようになって、いったいどれくらい歳を重ねただろう?

 微かに風が吹く。風鈴が揺れて、体のまわりが少し涼しくなったように思える。

 そして、目の前に居る子と、ふっと視線が合う。

「――――クルちゃん」

「あー?」

「睦実君も呼んで、ちょっとお茶会をしない?」

「…………………………何で、アイツが……」

 呟いたクルちゃんは、本当に『年頃の女の子』で、抱き締めたい位かわいかった。

 

 《終わり》

穏やかに満ちる場所

 

ひっそりと、『有限と微小のパン』HAL様に50000hitおめでとうございますの気持ちを込めて捧げます――――。

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思春期少年ヒミツのお時間

「……面白い?」

「ククッ……まあ、な」

 風呂から上がってリビングに来て見れば、隠していたはずの――まあ、所謂『そういうDVD』がテレビで再生されている、なんて。

 服を脱いだ女優のアップが修正モザイクでぼかされて、何故かクルルが可笑しそうに嗤う。

 ――――俺としては、ちょっと居たたまれないんだけど、ね。

「……本まで引っ張ってきたんだ?」

「一緒に入ってたんで?」

「――クルルってさ、女の子の体見て、楽しい?」

 これは、純粋と言えば純粋な好奇心からの質問だ。

 だって、クルルは宇宙人だとかそういう以前に女の子な訳で。女の子の水着姿が沢山掲載されているグラビア雑誌だとか、大人向けのDVDを見て『面白い』という感じが、ちょっと分からない。

 冷蔵庫で冷やしておいたコーラをコップに注いで1つ差し出すと、白い指がするりとコップを包んで、上機嫌にコーラをあおる。

「睦実ぃ」

「うん?」

「お前、結構コッチの趣味はフツーだなぁ」

「……クルルさーん?」

 思い切り、話を逸らされた。

 言いたくないのか、単にこちらをからかって遊びたいのか。多分、この相棒は後者なのだろうと思う。

 自然に浮かんだ自分の笑いは、苦い。

 クルルはそんなこちらの心境なんてお構いなしに、グラビアモデルのカラーページを眺めている。

(――大概のことでは、動揺しない自信があったんだけどなぁ~)

 例えば、『地球が滅亡する』なんていう予言がでても、宇宙人が地球をいきなり攻撃してきても、自分はそれを楽しむ余裕がある。だから、今更不測のトラブル&アクシデントがあったとしても、困り果てることなんて無いと思っていた。

 で、現在。

 クローゼットの奥の一番下に入れておいた秘蔵品を見つけられ、あろうことか目の前で鑑賞されて、どうしたものかと途方に暮れている。

 ――――『大切なモノ』が壊れる瞬間って、こんな感じ?

(せめて、DVDは消したい……)

 リモコンに手を伸ばすと、雑誌をめくっている手とは反対の手がひょいっとリモコンを遠ざける。視線は相変わらず紙面に向けられているというのに、実にピッタリのタイミングだった。

「――見て無いでしょ?」

「聞こえてる」

「……それこそ楽しい?」

「んー……」

「……」

「――まあ、ソコソコ」

 たのしい、と。

 今度こそ言葉として伝えられた台詞によって、へにょり……と体の力がぬける。

(――――ああ、そうですか。楽しいですか)

 不思議というか、哀しいというか、虚しいというか――。

 遊びに来た異性が、自分の隠していた男性向けのDVDと雑誌を見ている光景は、シュールだ。

(……でも、やっぱり不思議なカンジだなぁ)

 女の子が、女の子の体をじっ、と見ている。

 クルル曰く、そこそこ『楽しい』らしいこと。確かに、女の子の体は男の体よりは繊細で綺麗だと思うが、その価値観は女の子にも当てはまるモノなんだろうか?

(――――女の子の、体)

 ソファーに座らないで床の上で胡坐をかく体勢は、クルルのお気に入り。でも、ズボンを穿いていないTシャツ1枚の格好でやると、ちょっと目のやり場に悩む。

 見たいとは思うものの、生身の女の子の体というものは紙・映像媒体とは比べ物にならないほど刺激が強い。そして、クルルも自分より先に上がったとは言え、風呂上りではある訳で――。

(……うん、止めよう)

 惜しい気もするが、とにかく一度この煩悩から離れた方が良さそうだ。

「クルル、晩飯食べよう」

「男って、どいつもこいつも似たような場所に隠すよな」

「無視ですか」

 何が何でも今は、『男のロマン』から話題を逸らさないつもりらしい。

 でも、クルルがたった今口にした『どいつもこいつも』ってトコが気になる。結局、好奇心に従ってクルルの話に乗ることを決めた。

「ケロロたちのこと?」

「そ」

「ケロロと、誰?」

「オッサン。オッサンはベットの下に――今は寝袋置き場の後ろのダンボールに隠してるぜぇ~」

(うわぁ……)

 定番といえば定番の隠し場所。それだけに、他人に知られた時の精神的ダメージは倍増する。

 クルルが隠し場所を知っているコトをギロロが気付いているのかは分からないけれど、少し同情してしまった。

「隊長は全部パソコンにおとしてるからなぁ~。ちなみに、オッサンは女子高――」

「うん、せめてそこは伏せておこうか」

「クック……何だよ、知りたくねぇの?」

「そうは言わないけど……何か、同じ男としてちょっと気の毒に思えてくるから、さ」

「お優しいこって」

「……クルル、あのさ、1つ訊いていい?」

 実は、さっきからずっと『気になっているコト』がある。

 自分は男で、クルルは女の子で。その1つの違いが、どういった感じ方、考え方をするのかという相手の像をぼやけさせる。

 分からないことを知ろうとするなら、『尋ねる』ことが有効手段の1つだ。

 クルルは、ようやく視線をこちらに向けて先を促す。

(――――あ、ちょっと……)

 緊張、する。

 その影響で、口の中がカラカラに、乾く。

(話しにくいなぁ……)

「……」

「……その、」

「……」

「怒っ、た……?」

「――――――は?」

「……あ、怒ってない?」

「……何だよ、ソレ」

 本当に分からない、という反応。その反応に安堵して、でもそれなら訊かない方が良かったなぁと思う。

(……浮気、してる気分になるんだよね)

 だって、恋人がいるのにこういうものを見てる、なんて。

 ちょっと後ろめたい気持ちになったりするんだ。

「おい」

「――晩ご飯にしよっか。カレー、温めてくる」

 そういってそそくさと、台所に避難した。

 

 《終わり》

男の子でゴメンね

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熱帯夜

 不意に、天井が見えた。見慣れきった、とまではいかない、見覚えのある天井。

 眠りから覚めたのだと理解するまでに大して時間はかからず、そして、ココが日向家の隣家であることもすぐに思い出す。

(――――あつ……)

 現在、梅雨明けを迎える前の7月初旬。

 とうの昔に掛け布団は放り投げていたようで、今の自分はかろうじて汗だくの浴衣を身に着けているのみ。汗と湿り気を多分に含んだ熱い空気が、体にまとわりついて離れない。

 とてもではないがもう1度眠る気にはなれそうになく、取りあえずごろんっと寝返りを打った。

(……居ねぇし)

 ぼんやりとした視界に映ったものは、おそらく几帳面に折り畳まれているであろう布団。

 自分が意識を手放す前には、あの男が居た場所だ。

(つーか、気付かないとはなぁ……)

 普段、これだけ近くで他人が動けばどれだけ眠りが深くても、自分は目を覚ます。暗殺兵のステルス能力なども意味を成さないことは、既にゾルル先輩で実証済みだ。

 それなのに今日は、全くドロロ先輩が出て行ったことに気が付かなかった。

 ――大方、夜の町内偵察にでも行ったのだろう。

 この家に暮らす2人は、ご苦労なことに毎晩この地域の見回りをしているのだ。

 2人で町内を半分に分けて行う見回りを、自分がこの家に泊まっている日には東谷小雪が1人でこなしていることも知っている。ドロロ先輩は『申し訳ない』などと毎回食い下がるのだが、毎回丸め込まれていた。

 誰の口にも勝てないあの男が、今日は珍しく引き下がらずに、自分が眠ってから出て行ったのか――――。

(昨日今日の連泊……連泊なんざ、やったことねぇな、そういや……)

 いつもは1日で帰るのに、今回は続けて居座るはめになった。東谷小雪の理由としては、『日向家と隊長が泊まりで出掛けているから』らしい。

 だが、そうは言っても自分は普段地下で生活していて、数日――長ければ週単位で誰とも顔を合わせないこともある。ハッキリ言って、日向家が無人だろうが誰が居ようが関係ない。

 そう言っているのに余りにもしつこく来いというので、自分がらしくもなく、折れた。

(…………で、いない、と)

 一緒に居たい、と言うつもりは無い。

 こんなエアコンも無いような空間で、否応無しに熱を生み出す『生き物』と体を密着させたい、という趣味も無ければマゾっ気も持ち合わせては無いと断言する。

 だが。

 起きてみればいつの間にかアイツは居なくなっていて、部屋はサウナ同然、自分は汗だくという状態。

 気分がいい、ハズが無い。

 邪魔な汗を袖で拭い、枕元の眼鏡をかけて時計を見る。

(2時、24分)

 それは、いつもならば自分がまだ活動している時間だ。

(戻るか)

 どうせ、二度寝はしない。

 帯を解き、テキトーに浴衣を脱ぎ捨てて、乾いた私服に袖を通す。

 玄関へ向かおうとして、ふと、足を庭の方向へ踏み出した。日向家の地下へ直接向かうルートはいくつかあるが、わざわざ玄関から回るよりも塀を越えて庭に行った方が早い。

 障子戸をスッと引くと、一瞬、冷涼と言えなくも無い風が室内に流れ込んできた。

 曇っているのだろう。頭上に在る空には、星も月も輝いてはいない。

 庭用に――と、あの男が揃えたサンダルを履いた所で、ふっと上で何かが動いた気配を感じた。

 噂話も何もしていないというのに、この家に暮らす者たちが帰還したらしい。

「クルル君!?」

「クルルさん、どうしたんですか!?」

 ――――どうした、というか、何も無い。

 強いて言うならば、そう……。

 

「暑い、戻る」

 

 《終わり》

夏の夜というものは

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ジェラシー・ミルキー・ウェイ

 お好み焼き、たこ焼きにかき氷、綿菓子にりんご飴。

 地球のお金は持っていないから、これは全部モモッチが今日のためにくれたお小遣いで買った。

(お小遣いを貰うの、久しぶりですぅ~)

 その代わり、今日、今来ているこの七夕祭りでは、モモッチの半径3メートル以内には行かないことになっている。だから、ソースがべっとりと味を誤魔化すようにかけられたどんどん焼きを頬張りながら、僕はこの奇妙な一団の後ろの方を歩いていた。

 何人かを挟んだ前方で、何度もモモッチの手が隣を歩くフッキーの手の辺りを探るように近付いていって、触れる寸前でぷるぷるしている。

 手を繋ぎたいんだろうなぁ~と思いながら、今度は目の前にいる赤髪の先輩に視線を移す。

 ギロロ先輩の横には、紺色の浴衣を着たナッチーがカラコロと歩いていて、綿菓子を食べつつ楽しそうに道端の屋台を眺めている。ギロロ先輩はナッチーの左隣を歩いていて、でも、ナッチーの左手は綿菓子が大事そうに握られていて――。ナッチーの右手は、右隣のユッキー(小雪)の左手と繋がっている。

 ギロロ先輩の、あからさまに落ち込んでいる様子には、ほんの少し同情した。

 

 僕等は大きな笹が飾られているらしい公園に向かって、道沿いの屋台を冷やかしながら結構な大人数で歩いていく。時々、すれ違う人が物珍しそうに視線を向けてくるのには、何故か悪い気がしない。

 だけど、そんなふわふわ気分も耳に届いた甘ったるい声でぶち壊しになった。

「おいしいですね、おじ様!」

(――――っちぃ!あのアマァ……!!)

 殺気を込めた睨みで正面を見据えると、ギロロ先輩とナッチーの隙間から、軍曹さんとその隣に居やがるあの女の姿がある。何とよりにもよって、あの女の手から軍曹さんがりんご飴を一口、がりっと齧る所だった!

 そして、軍曹さんはあろうことかあの女に対し、当然のように「ありがとうであります!」なんて言っている。

(――――っおのれぇ……僕の軍曹さんと何イチャついてんだ離れやがれゴラァ……!)

 そう、いつもならすぐに飛んで行って2人を引き剥がすのに、こんな賑やかな人込みでは、そんな日常事をするのが難しいのだ。

 モモッチとの約束。

 ギロロ先輩とナッチーの、狭くて広い溝みたいな隙間。

 改めて周囲を見回してみると、右も左もカップルばかりで。まるで独りで歩いているのは、自分だけのような気がしてきた。

(……別、に)

 ――――寂しくなんて、ない。

 好きな人が隣に居なくても、寂しくなんて無い。

 むしろ。

「――――タママ殿?」

「…………ふぇ?」

「何、急に立ち止まってんだよ」

 言われてようやく、いつの間にか自分の足が止まっていたことに気が付いた。

 結構後ろに居ると思っていたドロロ先輩とクルル先輩が、真後ろに居る。振り返ると、不思議そうに首を傾げているドロロ先輩の隣で、そのひとはニヤリと、いつものように嗤っていた。

(……うわぁ……性格悪いですぅ……)

 この、全てを見透かしたような嗤い方は本当に腹が立つし、何か悔しい。

 それでも何も言うことができないのは、一重に有能過ぎる参謀の『報復』が恐ろしいからだ。

(――――でも、)

 今日のクルル先輩は、秋ママの浴衣を着ているからか、いつもと雰囲気が違う。

 橙色の浴衣を着て、うっすらとお化粧もして、本当に女の人にしか見えない。そして、やっぱり美人だった。

 本当のことを言ってしまえば、カンに触るさっきの嗤い方だって、いつもよりはつい許しそうになる。

 それ位、今日の先輩はキレイ。

 ドロロ先輩が僕の名前を呼んで何か訊いてくる。それを無視して、僕の頭が出掛ける前のことを思い出す。

(クルル先輩は、浴衣を着たくないって言って。ナッチーたちが頑張って、結局予定よりも15分くらい遅れて、皆が家の前に集まって――)

 そして。

 顔を、赤く、真っ赤にして。

 この蒼い髪を持つ男は、クルル先輩に言った。

 

『――――っとても、似合ってる、よ……!』

 

(本当、何年付き合ってるのかって感じですぅ……)

 詳しくは知らないが、それでも自分が小隊に入隊する時にはもうこの2人は恋人同士になっていたのだから、1年2年の付き合いではないだろう。

 今、この恋人たちは手を繋いでいる訳じゃない。

 それでも、こう、並んでいるだけで何となくしっくりとくるというか……『それで充分』な感じがする。

 べたべたしていないのに、『そういう意味』でいい雰囲気というか……。

 ちらりとやや上目遣いに窺い見ると、2人は何か言葉を交わしているようだった。近くに居るのに内容が聞こえて来ないのは、単なる音量の問題だろうか。それとも、クルル先輩がドロロ先輩の耳に口を近づけて、口元と耳を隠すように手で覆い隠しているから、なのだろうか……。

(……むぅ、)

 前も後ろも、『自分たちの世界』に、居る。

(僕を、はじく)

 自分たちだけ幸せそうに大好きな人の隣に居て、大好きな人に、大切にされて――。

(――――むかっ腹ですぅ!!)

 

 むぎゅっ!

 

「……えっ?タ、タママ殿……?」

 ドロロ先輩が、さっきよりも困った声で名前を呼ぶ。

 そして、反対側からは呆れたような声で、

「離せ」

なんて言葉が投げられた。

「嫌ですぅ。今日の僕は、ココに居ることにしたんですぅ!」

 左にドロロ先輩。

 右にクルル先輩。

 繋がれていない手の間に割り込むのは、拍子抜けするほど簡単だった。

 2人それぞれの片腕をしっかりと掴んで、立ち止まっている僕等を待っている人たちの方へ走り出す。クルル先輩が下駄だったから少しバランスを崩したけど、何とかそのまま走って行くことができた。

「……どうしたんだ?」

 この、3人並んだ状態を不思議に思ったんだろう。ギロロ先輩は眉間に皺を寄せて尋ねてきたけど、「何でもないですぅ!」と言っておいた。

 ドロロ先輩とクルル先輩の関係を知らないこの人には、きっと説明したところで通じない。

「んじゃ、改めて公園目指して、出発!」

 僕よりもずっと年下の子どもみたいに目を輝かせるその人には、今できる1番の笑顔で、大きく頷く。

 歩き出してしばらくした頃、ぐんっと空を見上げると、朝から空を覆っている分厚い雲で星は全く見えなかった。

「――――どうされた?」

「……えへっ!何でも無いですぅ!」

「……くっつくんじゃねぇ」

「えへへへへぇ~」

 気付かれていない。

 きっと、誰も気付かない。

 

(――――嗤うのは、僕だけでいい)

 

 《終わり》

誰かの幸せが見たくない時

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くちびるの味

 雨が、降ってる。

 洗濯物が乾かないから、最近では洗濯機を回すのは2日に1回。だから、家事内容は半減して、今日は、ぶっちゃけ暇……。

「――あのさぁ」

 ――クルル。

 名前を呼んだら、気の無い返事は返された。

(クルルにとっては、晴れでも雨でも嵐でも関係無さそうでありますなぁ)

 どうでもよさそう。

 そんな、この子どもにとっては瑣末なことで、自分は色々振り回されているのだ。

(――――あ~、きつ……)

 

 自分は、酔っている。らしい。

 何に?

 もちろん、湿気に。

 

 雨が降っているのは地上で、ここは日向家の地下に埋まっている自室。扉はあれど外に繋がる窓なんてものは当然無いというのに、じっとりと纏わりつく空気は流れ込んできていて、部屋の中に充満している。

 ケロン人では、湿気で気分が高揚するという症状は珍しくない。しかし、自分の場合はそれが他人よりもちょっと激しくて、『悪酔い』する方だ。

(酒よりも、タチが悪い……)

 酔いは、理性を削り取る。

 地球に来てから1度、見事に理性を失って酔いに任せた大暴れを披露してしまったため、それ以来は薬で症状を抑えていた。ちなみに、今だって薬はちゃんと飲んでいる。が、100%ホルモンバランスを維持させることが出来る訳ではないので、やっぱり今の自分は多少、酔ってる。

(……ムカムカするであります……)

 薬で無理矢理押さえ込んだ衝動が、胸の内で暴れているのだろうか。

「――クルルぅ」

「あー」

「気持ち悪い……」

「ふぁいと」

 ――ああ、他人事だと思って。

 気の無いエールが恨めしい。それを自覚すると、余計体内のモヤモヤが膨れ上がった。

 ごろんと寝転がると、ぐるんと胃が捩れたような気がする。体を倒せば楽になるかと思っていたのだが、余計に気持ち悪くなった。

「…………くるる、」

「薬の副作用なんだから、仕方ねぇだろ。寝ろ」

「……膝枕、しーてー」

 体勢による必然的な上目遣い。

 やるよりもむしろ、本当はクルルにやって欲しい、なんて。現実逃避気味にそんなことを考えてみる。

「くっ……寒」

「病人はいたわってよ」

「この俺様に、そんなオプションはついてねぇよ」

「……いーもん、かってにやるもん……」

 宣言して、ずるずると肉がこそげ落ちているような硬い膝によじ登った。

 ジーパン越しでも分かる、細くて硬い脚。寝心地は普通に考えれば良くないけど、自分にとってはふかふかで且つシルクカバーに包まれた枕よりも、心地よい。

 1回、「邪魔」って叩かれたけど、ぎゅぅーって腰に抱きついたら呆れられて黙認された。クルルは凝り性だけど、日常生活では面倒臭がりだから、押して押して我侭を言えば、ちゃんとOKをくれる。

 面倒臭いことが嫌いだから、いつも我侭をきいてくれる。

(……あ~あ)

 勘違いをしたい。

 でも、今は二日酔いのような気持ち悪さと闘っている最中だから、そんなことを考えるのは後回しにした。

 骨っぽい膝に後頭部を預けると、視界の上側に紫がかった形の良い唇が映る。

「……ちゅう」

「……」

「ちゅー」

「……」

「ねえクルル」

「ねろよ」

「あのさ、女の子の唇って、甘いんだって」

「――――?」

「だったらさ、クルルの唇は甘い?」

 舐めて、合わせて、ちょっと噛んで。

(どんな味が、するのかな?)

 

 キスを、したい。

 

 いつもみたいに、おふざけのような調子で言えているだろうか。

(くちびる、)

 女の子の、唇。

 クルルの、唇。

 女の子の唇が甘い、なんて例えは、その辺の恋愛ものにはごろごろ書かれている。

(果物とか砂糖の味がする、なんて……そこまでは流石に思っていないでありますけど)

 それでも、仮に『甘さ』が存在するのならばそれは、目に見えない『喜び』や『幸せ』によって錯覚するものなんだろう。

「――――くるる、ちゅー」

 好き、なんて。

 気持ちなんて、伝わらなくていいから。

 ほんの少し、一瞬だけ、このどうしようもないものに、形ばかりのご褒美が欲しい。

 べったりと床に張り付いていた手を引き剥がして、『ご褒美』を求め、手を伸ばす。

(さて、)

 どんな反応が返ってくるのだろうか。

 努めてじっ、と目を合わせようと努力していると、無表情をつくっていた彼女の唇が、にんまりとわらった。

「たいちょー、」

「んー?」

「覚えときなぁ」

「……?」

 

「女の唇は、大抵苦いぜぇ」

 

 弧を残したままの唇から出てきた台詞で、ああやっぱり、と溜息を吐く。

「……それってさぁ、」

 錯覚でも何でもなく。

「口紅とか、リップクリームの味でしょ……?」

「クーックックック……隊長にしてはマトモな回答だなぁ。いっそ、ずっとそうやって寝込んでた方がいいんじゃねえの」

「ひっど!!我輩、かなり傷付いたであります!!」

「そりゃよかった」

「うわーん!クルルのいけずぅ~!!」

 嘘泣きして縋りつくと、今度こそ頭をグーで殴られた。

 痛い、と泣いて、転がって、もっと硬くて冷たい床にゴロンゴロンと転がり落ちる。それに伴って、あの形の良いきゅっ、とした唇が遠ざかっていった。

(……あ~あ)

 ――本日もまた、作戦失敗。

(キスなんてしてないのに……口の中が、苦い)

 

 《終わり》

今日も元気に片思い

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夜明け前の月

これは、ケロケ4で発行した『宙色ヒーロー』の補完的外伝話となっております。時間軸としては、『夜明け』の真ん中辺りになるかと……。

 

  

 スラム殲滅作戦から、もうすぐ一夜が明ける。

 

 ソレは、1人で歩いていた。

 1人、というか、ソノ境界は濃縮した闇とほぼ同化していて、正確な形は見ることも感じることも難しい。

 しかし、ソレは確かに歩いていた。

 そして、ズラリと同じような色形をした扉が並ぶ中、左端の扉の前で止まる。

 ソレが止まって幾許も経たぬ内に、ゆっくりと扉が開いた。

 蝶番の、錆びた音。半端に開かれた分の小さな隙間から、小さな、1人の子どもが姿を現す。

「――――クルル少佐殿」

 闇は、ゆっくりと形を変える。

 やがて、闇から切り離されたソレは1つのモノとなり、1人の男の姿となった。

 若くは無い。しかし、老父と断言するのはいささか抵抗を感じさせる。

 男は変声期にかけた耳障りな声で、子どもを「クルル少佐」と今一度呼んだ。

「部下の様子が気になるかぁ?」

 皮肉の言葉には、男は無反応。

 その代わり、儀礼として膝を折り、頭を垂れる。軍において、上官に対する礼を示すための行為だ。

「――我等が部下、数々の非礼、ご迷惑をお掛けしたことをお詫び申し上げます」

 全く感情のこもらない謝罪の言葉に対し、子どもは怒るわけでもなく更に口角を上げただけである。

「わざわざ部下の不始末を詫びに来る暇が、アンタにあるとはな」

「貴女はそれだけの地位に就いておられる」

「階級を必要としない奴が地位を持ち出すか」

「――気に障ったのであれば、謝罪いたします」

「クックック……で?用はもう済んだだろう?いつまで居るつもりだ」

「……このまま、貴女を地下まで送り届けるよう、命を受けております」

「首をとる、の間違いじゃねぇの?」

「そのような命は受けておりません」

 自分を殺すか、と嗤って問い掛ける子ども。

 静かな一定の調子を崩すことなく応じる男。

 淡々と続けられる会話には、何かが欠け、何かが交ざり込んでいる。

 子どもは、問い掛けを否定した男を一瞥すると、そのまま何も言わず歩き始めた。

 男はその後ろを、一定の距離を保ってついて行く。

「おい」

「何か」

「どういった風の吹き回しだ」

「――おっしゃっている意味が、分かりかねます」

 小さな歩みが、止まる。

「邪魔だぜぇ。言いたいことがあるなら、サッサと言え」

「……言いたいこと、ですか……」

「……」

 そこで初めて、男は感情らしきものの片鱗を見せた。

 感情というよりも、『幼さ』と形容するべきか。言葉が揺れ、心なしか舌足らずな喋り方になっている。

 そして、子どももまたそんな男の態度に対し、大きな赤い目を丸くしてあどけない表情をしていた。

「……言いたい、こと……」

「――――ジララ大尉」

「……」

「言いてぇことがあるのか、無いのか」

 呆れを含んで子どもが言葉を重ねると、男は一度唇を引き結んでから、ゆっくりと口を開く。

「――――ゼロロ二等兵について、貴女の判断をお聞かせ願いたい……」

「……」

「アレは、暗殺兵として使えるとお思いか?」

 ケロン軍暗殺部隊を束ねる男らしくない言葉だった。

 子どもは、この男と今までの二年、決して深く関わっていた訳ではない。男は上層部の命令で、時折子どもの動向を観察し上に報告しているだけで、そう頻繁に接触する機会は無かった。

 上層部が一言命じれば、すぐに子どもを殺す。それまでは、ただ一方的に見張るだけのはずだ。

 そんな男が何故か今、子どもに対し問いを投げ掛ける。

 そして、答えをじっと待っていた。

(……使えるか、ねぇ……)

 

 子どもが、わずか2回の逢瀬から導く『ゼロロ』という男の性質。

(甘っちょろい)

 初めて会ったとき、自分が子どもだからと攻撃を止めた。

(んで、泣き虫)

 ついさっき、ひたすら涙を流していた姿が浮かんでくる。

 悲しみや憤りを涙にかえる術を、まだ失っていなかったということだろう。

(甘くて泣き虫で、見た目は弱そう)

 儚い美少女、と言った方が周囲は納得しそうな容姿だった。

 人の顔色を過敏な程に気に掛け、周りに振り回されて――。

(そのくせ、)

 頑固、なのだ。

 

 命令に逆らい、たった一人の少女の命を選んだ青年。

 

 男は、子どもの答えを待っている。

 口を閉じ、偽りの眼、見えぬ眼、見える眼――三つの眼全てが子どもに向けられる状況で、子どもは口を開いた。

「使えねぇな」

「――その根拠を教えていただけますか」

「随分食い下がるじゃねえか」

 いよいよ、この男らしくない。

 子どもの嘲笑に対する反応は一切示さず、男は黙って、じっと視線を向けたままだ。

(冗談が通じねぇトコだけは、いつも通りってわけか)

 つまらない、とは子どもの心の中だけの呟きである。

 やがて子どもは、小さな溜息を吐いた。そして、諦めの色濃い幼い声で、たった今の質問に言葉を返す。

「駒にならねぇだろ、アレ」

 唯々諾々と上からの命令に従う者を『兵士』、己の意思を持って戦場を駆ける者を『戦士』と使い分けることがある。そこに当てはめれば、『暗殺兵』はその字面通り前者に近い。

 上層部の命令には、必ず応じることが求められる。

(脳みそは必要だが、ソレは絶対だ)

 あの青年が子どもを『殺したくない』と思うのは勝手だ。考えや信条まで軍の上層部と迎合することは求められていないし、実質的に全員が同じ考えに殉じることなど不可能だろう。

 だが、命令には従わなくてはならない。

 自分の思いと違っていようが倫理道徳と相容れないものであろうが、『命令』として下された任務は遂行しなくてはならないのだ。

 上層部は、軍人の人間性や忠誠心を信頼などしていない。

 ただ、任務を遂行する者として、信用している。

 しかし、ゼロロは最終的に『任務』ではなく、『自分』を選んだ。

 

 いくら身体能力が高くとも、あの青年は暗殺兵としてやっていけないだろう。何年かは持つかもしれないが、近い将来に破綻することが目に見えている。

 

 男は子どもの答えを聞いてしばらく黙っていたが、暫くして再び言葉を口にした。

「――いずれ、アレは暗殺部隊から除籍します」

 それは、この男の中で既に決まったことであるらしい。

 子どもはその言葉に対して何を言うことも無く、何事も無かったかのように歩き出した。

 男もまたそれ以上何かを話すことも無く、ゆっくりと歩を進める。

 そして、子どもの研究室の前で男は姿を消した。

 

 全ての機械が停止している室内は、冷え冷えとした静けさが満ちている。

 珍しくモニター前の椅子には足を向けず、そのまま隣接する私室へ移動した。

 ベットと、机と、タンス。

 机とセットになっている椅子にフードを引っ掛けて、ぼすんっ!とベットに飛び込んだ。ベットはささやかに軋んだものの、小さな軽い体をしっかりと受け入れる。

 ベットの枕元に置いたままの時計は、午前3時を回っていた。

 ――――長かったのか、短かったのか。

(……つか、どっちでもいい……)

 疲れているとか眠いとか、そんな感覚さえも曖昧で。ただ、今すぐ何かをする気力も底を尽いていて、久しぶりのシングルベットの感触に全てを委ねてしまいたかった。

 何も考えずに、このままでいてしまえば、時間は過ぎていく。

 それでも、ふと思う。

 今回、果たして自分は何をしたのか、と。

(結局、スラムは焼けた)

 自分自身、今のスラムに思い入れなどは無い。だが、一度だけでなく二度までも軍のスラム街殲滅作戦を決行させてしまったことが、許せなかった。

(……許せない?はっ!)

 ――――馬鹿馬鹿しい。

 自分の思考を嘲笑って、目を閉じる。

 

 

 スラム街縮小を表向きの理由に据えた作戦は、一般人の耳に入ることなく、消されていくのだ。死者の数も、そもそも死者がいたことも、軍の謀略も、明るみに引き出されることは無い。

 馬鹿げた理由を『治安維持』などという大義名分で覆い隠して、行われた大量虐殺。

 ただ、幾人かの記憶に、薄っすらと傷跡として残れば大したものだろう。

(そんなモノだ)

 忘れられ、繰り返し、また忘れて、同じことを繰り返す。

 痛みをずっと抱えて生きることは、余りにも非効率的だから。

 だから、人は忘れていく。

 辛いこと、悲しいこと。

 信じたいと、守っていたいと願っていた『夢』や『理想』さえも――――。

 

 『――殺したく、ない……!』

 

(――ああ、でも、)

 もし。

 もし、あの甘っちょろい男が、この先も足掻いて変わらないとすれば。

 いつかまた会うことがあったら、今回の借りの『利子』を返してやってもいいか、と思う。

「――――ま、会ったら、だがな……」

 小さな呟きは、独り言。

 蒼い髪はもとの金色に戻り、枕に散る。そしてゆるゆると、子どもは眠りの世界へおちていった。

 

 ――――地上はもう、夜が明ける。

 

 《終わり》

空白の時間を埋めて

 

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馴れ合い

 一緒に居る時間は、どんどん積み重なっていく。

(そういえば……『接触回数が多いほど、相手に好意を抱き易い』っていう言葉があったっけ……?)

 果たしてそれが、誰の言葉だったかということは覚えていない。が、それなりに信憑性が高そうな台詞だと思う。

 見たことも会ったことも聞いたことも触ったことも無いものなんて、それに対する感想を抱きようが無い。認識していないものには、嫌悪も好意も持たないだろう。

(でも、長い間一緒にいると、相手の嫌なところも分かってきて嫌になってくる、とも言うよねぇ)

 まあ、これらは全て一般論というものでしかない。

 自分たちはそこそこ接触回数とやらは多くて、でもまだまだ少ない方。それでも一緒に居る時間は確実に重なっていっていて、何となく上手くやれている。

(一般論は、当てはまらないってことかな?)

 ひねくれている、というよりも、確かに自分たちはどこか『ズレ』た存在だから。

 

 ――パシャン……ッ

 

「あ、終わった?」

 その言葉に対する返事は無く、クルルはゆっくりと湯船に体を沈めた。

 ついさっきまで体と髪を洗っていた少女からは、甘酸っぱい柑橘類の香りがする。前までは桃の香りがするシャンプーを用意していたのだけれど、自分の好みを言わせて貰えるならば、コッチの方が良いみたい。

 甘いけど、すっぱい。

 じっとりと熱い浴室に、爽快感をもたらしてくれる。

 お湯に浸からないよう、頭の後ろでお団子1つにまとめられた金髪は、少し窮屈そうではあったけれど。

「ねえ、クルルはどっちが好き?」

「あ?」

「この間までのシャンプーと、今回のやつ」

「クック……別に、どっちもどっちだろ。お前のは無香料の癖に」

「いや~、お揃いも捨てがたいけどさぁ……」

 色々、そう。色々事情はあるもので。

「ま、俺としてもゴメンだね」

「あ、ちょっとそれは傷つくかも」

「どーだか」

「――でも、俺が選んだシャンプーのにおいがするっていうのも、正直捨てがたかったから、さ」

「出て逝け」

 あ、ちょっと顔が赤くなった?

 物騒な漢字変換をされたような気がしたけど、気にしないで置こう。

(あかいなぁ)

 白い白いクルルの肌が、ほんのり赤い。

 血色の良い肌の色をしているときの彼女は、『可愛らしい』。

 白い肌色をしているときの彼女は、『綺麗』。

 自分の中にしか無い、とても曖昧な基準は、クルルにも教えていない。他の誰かになんて、もちろん言っていない。だから、自分しか知らない基準なのだ。

 取りあえず。

 だから、今のクルルは、かわいい。

 向かい合うように湯船に浸かっているので、自分のすぐ隣にある、こいつの足。足の甲をそっと撫でてみると、浮き上がった血管が、ビクンッ!と脈を、打つ。

 そしてその後、ぎゅむーっ、と思い切り足の甲を抓られてしまった。

「っいって……!」

「クク……当然」

「……マジで痛かったんだけど……」

「あっそ」

「あっそ……ね。まあ、いいけどさ……」

 これ以上は何を言っても受け流されるから、とそこで言葉を切る。

 クルルの、嗤い方はいつも通り。

 でも、弧を描く唇はハッキリと濃い桃色に染まっていて、艶がある。

 

 ――――触りたい。

 

(さわりたい……かも)

 いや、触りたいのだ。

 手でも、唇でも、いい。唇に触れたい。

 このまま、ほんの少し体を湯船から浮かせてしまえば、キスをすることだってできるはず。

 

 ――――ザバッ……!

 

 そんなことを考えている内に、クルルが立ち上がってしまう。

「もう上がるの?」

「『もう』じゃね~よ」

 あつい、と続いた台詞を肯定するように、クルルの皮膚は、赤い。

 そう思うと、一緒にお風呂に入り始めた自分も熱いような気がしてきた。湯船から掬い上げた自分の腕は、真っ赤だ。

 ちなみに。

 自分はエチケットとしてタオルを巻くけど、クルルは巻いていない。見ても減るもんではない、と断言してしまう彼女の根拠になっているらしい、綺麗になだらかな、胸。それにしたって、最近は少し、ほんのささやかにではあるけれど、成長している。

 男のものではない、引き締まった腰の輪郭。

 脚のかたち、その上にある、ものの形。

(――う~ん……)

 彼女の体は、自分にとって、刺激が強すぎる。

(ドロロみたいにはなれないなぁ)

 いつも一緒に風呂に入る仲であるというあの青年は、本当にすごいと思う。

(だってさ、こんなもの見てたら……)

 触りたい。

 抱き締めたい。

 キスしたい。

 触っていたい――――。

「お前が…………」

「――ん?俺が、?」

「……何でもねえよ。先に出る」

 ――ガラガラ……ガシャンッ。

 でこぼこの、向こうの輪郭がぼやけるように作られた扉の向こうで、クルルが動いている。

 タオルで髪を、体を、拭いて。

 服を着る、衣擦れの音が――――。

「――クルル」

「何だよ」

「冷蔵庫のサイダー、俺の分も残しておいてね」

 ほら。

 また、こうやって、いつもの自分たちに戻ろうとする。

「――クック……じゃあ、早くあがってくればいいだろぉ~?」

「ちぇ~」

 いつも通りの会話。

 いつも通りの自分たち。

(これに安心している内は、まだまだってことか)

 取りあえず、お湯から上がれるのはもうしばらく後になりそうだ。

 

 《終わり》

いつも通りにしかなれないんだよ

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余所行きの僕ら

[証言:暗殺部隊隊員A]

「おいゼロロ、そろそろ移動――――って……」

 休憩時間が後5分をきっても集合場所にやって来ないゼロロを呼びに来て見れば。個室の中はどよぉ~ん……と辛気臭い空気が充満していて、何かそう、カビとかキノコが幻覚で見えた気がした。

 よくよく観察してみれば、そいつは机とセットになっている備え付けの椅子の上で体育座りをしている。個人の自由だとは思うが、本来そのタイプの椅子では体育座りはしないと思う。

(ま、そんな些細なコトはどーでもいいが……)

 とにかく、集合時間まで後4分強。

 こうなったゼロロがなかなか立ち直らないことは知っている。だから、いつもは放っておく。だが、流石に自分ひとりで仕事をするのはきついので、一応もう一度声を掛けてみた。

「ゼロロー、生きてるかー」

「……………………………………え……」

「そろそろ時間――って、何だコレ?」

「――っあ!!」

 ゼロロがコッチの世界に戻って来る1秒前に、机の上に置いてあったぺらぺらの紙をヒョイッと摘み上げる。

 やけに慌てた様子でこの紙を取り戻そうとする手をひょいひょいと避けながら、どうやら何かが書かれているらしい紙面を、じぃーっと眺めてみた。

(――――ああ、ナルホドねぇ~)

 

 『文長ぇ。

  敬語堅苦しい。以上。

             クルル』

 

「ラブレターの文通かよ」

「ら……!?」

 おーおー、赤くなっちゃって。

 暗殺部隊には基本、ヒトリ身の奴が多いのだが、その中でコイツは珍しく彼女持ち。何と、10歳も年下の!

 まあ、別にそうしたことをとやかく言うつもりは無いけどな。やっかんでいるわけじゃねぇし?

(しっかし、ラブレターにしては色気無いな、コレ)

 名前を入れても3行。単語をくっつけたような文章が3つ。その内1つは、紛れも無い、単語。最早文章とは言えないかもしれない。

(――冷酷無慈悲、陰険陰湿の問題児で天才児って聞いてたけど)

 この短いラブレター(まあ、恋人に送られた手紙というのは取りあえずラブレターだろう、多分)の内容も文字も、10歳下にしてはむしろ幼すぎるくらいだ。便箋が質の良い和紙である分、余計にそう思ってしまう。

(内容はどうもゼロロが書いたラブレターへの文句みたいだけど、)

 果たしてゼロロは、一体どんなものを書いて送ったのやら。

「なあ、ゼロロ。お前、一体どんなラブレ……お、」

「え……ああっ!」

「何だ、今回のやつ下書きしてんのか。つーか、わざわざ下書きすんのかよ」

「だ、駄目……!」

「ホント律儀だよなぁ~、どれどれ……」

 紙の上に乗ったままのシャーペンシルと消しゴムを適当に机の上に落として、ヒョイッと目の高さに持ち上げる。

 文章には、ざっと目を通した。

「……」

「……?」

「――ゼロロ」

「え……?」

「堅苦しい」

「ええ!?」

「『ええ!?』じゃねえって。だってコレ、そもそも拝啓・敬具形式じゃねか。どこのパーティの招待状だよ!」

 結果。

 実に的確に、あの短い文章はゼロロの手紙を評価していたようだ。

「そ、そんなに変かな……?」

「そんなこと、わざわざ訊いてくる時点で――――げっ!」

「?」

「っゼロロ!とにかくラブレターを書くのは後回しだ!!急げ!!」

「……っああ!?」

 ふと気付けば、集合時間は今から2分前に過ぎていた。

 

[証言:一般部隊隊員狙撃手G]

 『クルル君へ

  お元気ですか?僕は元気です。

  最近、少しずつですが暗殺部隊の後輩たちも、この強化合宿になれてきたようです。

  そして、それはどうやら僕自身にも言えることみたい。

  最初は、自分が後輩の指導教官なんて出来るのかと不安ばかり感じて、空回りをしてばかりだったけれど、今は一緒に教官に就いている人に助けてもらいながら、何とかやっています。実は、この手紙はその同僚に色々なアドバイスを貰って書いています。相変わらず上手な文章とは言い難いけれど、少しは読みやすくなったかな?

  何だか、取りとめも無くこちらのことばかり書いてしまってごめんなさい。

  今度、できればそちらの近況を教えてくれると嬉しいです。

  それでは、また。

                        ゼロロ』

 

「ゼロロ君からの手紙ですか」

「……何だよ」

「いえ。最近ではほとんどメールでの遣り取りばかりなので、こうした恋文を見ていると懐かしく思うのですよ」

「そっちじゃねぇ。俺が言ってんのは、テメエが手に持ってるヤツのことだ」

「ああ、コレですか?」

 がさり、とスーパー袋に入っているものを1つずつ、クルルの机に並べていく。1つずつものが増えるたび、クルルの機嫌はどんどん悪くなっていった。

 しかし、そうした反応は予想していたので、あくまで引くつもりは無いと笑顔で応じる。

「せっかくですし、使ってくださいね」

「……」

「それにしても、最近のレターセットというものはあなどれませんね。実に沢山の種類があって、どれがいいかと迷いましたよ」

「……アホ」

「手厳しいですね――――おや?」

 ふと、モニター目のキーボードの上に置かれた紙が視界に映る。

 それは、ついさっきクルルが見つめていたあの青年の筆跡とは明らかに異なる文字が、奔放に踊っていた。1本1本の線が小刻みに揺れた独特な文字からは、書き手の必死さがひしひしと伝わってくる。

 一番上に書かれている文字が、辛うじて『クルル』と読めた。

「手紙ですよね?どなたからのです?」

「あ?その辺にいる灰色から」

「…………ゾルル、クルルと一緒に文字の練習をするか?」

「はあ!?」

 天井に向かって声を掛けると、すぐに「クル、ル……ト……?」という掠れた声が返ってくる。

「2人共、特徴的な文字は大変微笑ましいのだがな……」

 あの青年に手紙を書く時、滅多にしない手書きで便箋に向かって四苦八苦していた子どもの後姿を思い出し、そっと心の中で笑う。

 字の形が安定したものになれば、クルルももう少し彼に対して長い文章をしたためるようになるだろう。

(ゾルルの前では、そんなことは言えないが、な)

 

 そして、ここから30分。

 並んで基礎文字を練習帳に書き続ける天才科学者と凄腕暗殺兵の姿が見られたとか。

 

 《終わり》

『つれづれ祭り・参』5作目になります!こちらの小説はフリー配布ですので、もし何かが心に残ったよ、と言ってくださる方がいらっしゃいましたらずずずいっとお持ち帰りいただければと……!その際の報告は任意です。

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便箋

 いつからか、会わないまま重なっていく日々を数えなくなった。

(むしろ、会うことの方が珍しいしなぁ)

 『ずっと一緒にいよう』なんて、どこかのラブソングで陳腐に歌っていた気がするが、そんな『恋愛』の仕方なんざ自分たちに合うはずがない。したいとも思わねえ。

 お互い、任務は常に山程ある。その上、あの男は他人の分まで仕事をほいほい引き受けて遠征にでも何でも行くから、余計に会う機会は減っていく。

 予定していた帰還日に戻って来ないということもしょっちゅうだ。

 だから、面倒くさくなって、今では帰還日を覚えていようという努力もしていない。カレンダーに印をつけていた過去の自分が存在していたことなど、自分でも未だに信じられないくらいである。

 そうしている内に、あの存在をいつの間にか本当に忘れている日が多くなっていくことにふと気付いた。そんなことを考えるくらい暇な時に、ふっと。

(……全く困らねえし)

 アイツを忘れても、全く毎日に支障など無くて、くだらない『上』からの依頼も相変わらずひっきりなしにやってくるし、ガルルも来るし、やけにゾルル先輩も来る。

 何も、変わらない。何も、困らない。

 いつか、このまま会わない日が続いていけば、キレイさっぱりあの青を思い浮かべることは無くなるのだろうか?

 妙に現実味のある考えが可笑しくて、思わず嗤った。

 

 そして、ある日。

 しっかりと日数を数えていないため、もう何時振りが忘れる位久しぶりに、ゼロロ先輩がやって来た。で、何故か出入り口で突っ立っている。

「……あの、」

「――入るならさっさと入れよ」

「う、うん……」

 ようやく研究室に入ってきて、扉が閉まった。

 こうして見れば、まだ『懐かしい』という感情が動く。なかなか合わない視線だとか、やっぱり女みたいな見た目だとか、ハッキリしない喋り方だとか――。記憶の隅に乱雑に突っ込んでおいたモノが引き出されて、1つ1つ符号を合わせていく。

「……あの、ごめんね……?」

「――――何が?」

「その……予定よりも、遅くなって……」

(へぇ~、遅れてたのか……)

 帰還予定日なんて、とうの昔に忘れていた。後何日で帰ってくるかなんて、とうの昔に数えることを止めている。

 この男の中で、自分はまだあの女々しくコイツを待っていた頃の自分のまま、止まっているのだろうか?

 いつまでもそのままだと、この頭は考えているのだろうか?

(バカくせ)

「――――あのね、今日は、クルル君に渡したいものがあるんだ」

「……」

 すっと手渡されたものは、A4サイズのノートパソコンよりも多少小さな、B5サイズの紙袋。

 テープを貼っただけの封を適当に破って中身を引き出す。

「…………便箋?」

 出てきたのは、白い和紙の下方に、織り込んだ緑色の葉がついている、便箋。

「あ、その……今回帰ってくる途中で別の星に寄ったんだけど……そこのお土産で売られていて、綺麗だったから……ど、どうかなって思って……」

「……それはどーでもいいけど、コレ何だよ」

「……そ、そのう……」

「……」

「……………………」

 ぺらりとめくった便箋の1枚目には、細いヒョロい字で、脈絡も無く言葉が書かれていた。

 たった4文字、『ごめんね』――――と。

 

 《終わり》

結局こうして、繋がっている

 

『つれづれ祭り・参』4作目になります!こちらはフリー配布小説ですので、もし「じゃあ、貰ってみようかな」と思って下さった方がいらっしゃいましたら、ずずいっとお持ち帰りいただければ幸いです。その際の報告は任意ですので。

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ファースト・オア・エンド?

「アンタ、ファーストキスって誰とした?」

 ――――べしゃ……。

 ……。

 えー、非常に分かり辛いと思うので説明させていただくと。

 ここは、ケロン軍本部地下にある第1研究室の横に備え付けられているクルルの私室で、たった今の『べしゃ』というのは、ゼロロがベットから転がり落ちた音である。

 床に張り付いたままのゼロロをベットの上から見下ろしながら、クルルは可笑しそうに嗤っていた。

 かと思えば、

「で?ファーストキスの相手は?」

と、あくまで先程と同じ問い掛けを繰り返す。

 何とか床から起き上がったものの、思考が凍結状態に陥った青年は、パクパクと無意味な口の開閉を繰り返すのみ。苺よりも真っ赤な顔を観察しつつ、少女はじいっと青年からの答えを待っている。

 やがて、いつまで経っても復活しない男にじれたのか、ぼすんっ!と、勢い良く投げつけられた枕がゼロロの顔面にクリーンヒット!

 大して痛みは無いが、流石にびっくりはしたらく目を丸くしている青年に対し、少女は続けざまに言葉を投げつけた。

「早く言えよ」

「え……っえ、あ、その……」

「言・え・よ」

「あの、でも……っ」

「言・え」

「…………………………た、たぶん、だけど……」

 ボソボソと、辛うじて半径1メートル以内に居るからでこそ聞き取れる声量で、ようやく腹を括ったゼロロは、ゆっくりと口を開く。

「…………母さん、だと思う……」

 訊かれてはいないのだが、多分2番目は弟だ、という答えにクルルは納得した様子で「ふぅん」と呟いた。

 ファーストキスの定義というか、この保護者から与えられる親愛のキスをカウントするしないについては、意見が分かれる所だろう。ゼロロは敢えて親愛のキスを含んで、答えた。

(……流石に、初めて母さん以外の女の人とキスをした時のことは言えないな……)

 ゼロロにとって初恋の相手はクルルなのだが、キスやそれ以上の関係を持った相手となると話が変わる。少女はおそらく既にそのことを知っているのだろうが、改めて正面から話をするのは、精神的にきつい。

「……あの、」

「あ?」

「クルル君は……?」

 やはり多少、気にはなる。しかし、むしろそれは会話の流れにのっとって発した問い掛けだ。つまり、答えよりももう少し少女と会話を交わしていたいという、青年の願いを叶えるための口実である。

 だが、それに対する少女の答えはひどくそっけない。

「さあな」

「え?」

「そんなモン、いちいち覚えていられるかってーの」

「ええ……?そ、そう、なのかな……?」

「――――じゃあ、アンタは13人目にキスした奴が誰なのか覚えてるかぁ?」

「えええ!ご……13人、目……」

 思わずゼロロはそこで指を折り始めてしまったが。

 それは、『13人目』という順番にあった人物が誰なのか思い出せない位曖昧に、しかし確かに13人目が存在したということ――――つまり、クルルと関係を結ぶ以前に、相当な人数の誰かとキスをしたことがあるという事実を、自らばらしているようなものだった。

 青年がそのことに気付いたのは、8まで数えた時で、5本と3本の指を立てたまま、白い肌の血の気がサァッ――!と引く。

「……っあ……」

 掠れた声が、意味の無い音を出す。

 何を言うつもりかアテもなく、やがてさびれた関節を動かして、おそるおそる少女の顔へ視線を上げる。

 すると、想像していた表情では無く、少女は別にいつも通りの哂いをうっすらと浮かべているだけ、だった。

「……」

「ホラ、な」

 

 ――――結局、覚えてねぇんじゃねえか。

 

 《終わり》

『つれづれ祭り・参』3作目になります!こちらもフリー配布小説ですので、もし何かが心に少し残ったよ、と言ってくださる方がいらっしゃいましたら、ずずいっとお持ち帰りしていただければ幸いです。その際の、報告は任意ですので!

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ナミダナミダ

 地球に来てから、時間が随分と余っている気がする。

 余った時間を使って何をしているかと言えば、隊長はガンプラか家事。ガキは菓子の早食い。オッサンは武器を磨くだけ磨いて、懐かれた猫と遊んでいる。

(呑気なもんだぜぇ~)

 少々退屈な位、平和っぽい。

 そんな生温い空気は、いつの間にかコチラにまで及んでいて、今は何故かドロロ先輩と映画を見に来ていた。

 一応、自分と恋人であるハズのこの男。パッと見て、女と言ったほうがしっくりきそうなこの元暗殺兵と、出掛けることが多くなっている気がする。

 いや、実際前の月は4回、今月はコレで5回目の二人一緒に外出ということで、確実にケロン星の頃よりも増えているのだ。

 多分、デート、というもの。

 名前なんてどうでもいいが。

 一方で、あらかじめ数ヶ月前に予定を決めてから出掛けるということは、ほとんど無くなった。

 当日か前日辺りに、何となくどこかへ行くかという話をどちらかが切り出して――というパターンが増えていく。今日は珍しくコチラが仕掛けた外出で、口実は睦実が置いて行った映画のチケット2枚。

 どこかの緑隊長(この呼び方をすると、「何かカビが生えてるみたいで嫌だ!」と喚いていたが)よりはマシだが、あの相棒も最近いちいちこちらをけしかけるようなことをしてくる。

 

『ドロロと二人で行ってきなよ。その日はボランティアも無いって言ってたし。たまにはクルルから誘うと、喜ぶんじゃない?』

 いつの間にか、日向家の屋根の上でボードゲームをする仲になっていた二人は、そつなく友情めいた関係を築いているらしい。それ自体はどうでもいいが、どうやら睦実にまで出掛けた時のことを報告しているらしいという事実には、呆れた。呆れるしかないだろう。

 隠している訳ではない。が、だからと言って、気を許した相手にぺらぺらと吹聴する必要は無いはずで。

 脱力して、そこはかとなく腹も立った。

 睦実が突き出してくるチケットを睨んで、『いらねぇよ』と言ったのだが、相手は一向に手を引っ込めない。

『まあまあ。コレは、きっとドロロと行ったらオモシロいからサ』

『……』

 いつもは仕事の関係で貰ったモンを流してくるコイツが、珍しく買って寄越したチケット2枚。自分は大して興味を持てないジャンルだが、確かにあの人は好きそうだ。

 そして、睦実が予想しているコトも起こるだろう。

 

 結局、そのチケットを貰ってやって、古い映画館で映画を見ている。

 1匹のうさぎが迷子になって、はぐれた母親ときょうだいを捜しに行く、ありふれたストーリー展開。マイナー映画を専門的に上映する小さな映画館はガランとしていて、自分たちの他には三人しか客席に座っていない。

 チープさが色濃く滲む、古めかしい画面と台詞が流れていく。

 そして、左耳には絶えず水っぽい音が、響いてくる。視線だけを向けると、案の条、男はひたすらに涙を流していた。

 唇を引き結んで、ぽろぽろ ぽろぽろ涙を零す。

(……よく、こんなので泣けるよなぁ)

 自分が持っていない感性。何で泣けるのかは分からないが――。

 この男の泣き顔は、好きだと言っていいかもしれない。

 

 《終わり》

『つれづれ祭り・参』2作目になります!こちらはフリー配布小説ですので、もし何かを感じてくださった方がいらっしゃいましたら、ずずいっとお持ち帰りいただければ幸いです!なお、お持ち帰りの報告は任意です。

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Musik

 広い広い、彼女のラボラトリーの中で、並んで床に寝そべって。

 金属の床を何枚かの毛布で覆い隠したその上に2人、頬杖をついて小さなレコーダーを見つめている。

 スピーカーが紡ぎ出す曲を僕は知らないけれど、歌っている人も曲の名前も分からない僕が聞いても、それはとても綺麗な曲だと思う。歌詞は、地球の他の国――日本語以外の言語なんだと、彼女がそっと教えてくれた。

 日本語以外にも、沢山の言葉があって、自分たちのように自動的に様々な言語を翻訳してくれる機械を持たない彼等が、ひとつの星で暮らしている。それはきっと、とてもすごいことだ。

 そして、この音楽というモノに関しては翻訳をする必要さえ無いという。

 音の連なりは世界の共通語だと言ったりするらしいのだけれど――もしかすると、音楽は宇宙の共通語にさえなれるのかもしれない。

「――――すごいね……」

 思わず言葉に出てしまった呟き。

 脈絡の無いソレは隣に居る彼女の耳にも届いたらしく、一瞬レコーダーから逸らした視線同士が噛み合って、またすぐに離れていった。

「……」

「……」

「――――あの、」

 思い切ってその2文字を口にするだけで、心臓がドクンッと跳ねる。彼女に近付きたい、傍へ行こうとする度にざわめく心臓に、自分は未だに慣れていない。

 ヘッドフォンを外したために顔にかかる金色の髪が、少し揺れる。ほっそりとした彼女の指が頬にかかる金髪を後ろに流し、耳に掛けた。

「何」

「……この曲、とてもきれいだね……何ていう人が歌っているの?」

「聞いたところでアンタ、わかんねぇだろぉ~」

「うっ……」

 でも、その通りである。

 元々、ケロロ君たちと比べて流行の曲には疎かったし、ましてこの曲はこの地球で最近発売されたもの。歌手の名前を聞けたとしても、その人物の姿を思い浮かべることは、まず無理だろう。

 会話がまた、消える。

 無理矢理声を張り上げている印象は無いのに、まるで叫んでいるような胸を締め付けるテノール。曲は佳境に入っているのか、ピアノの伴奏も盛り上がっていく。

 ふと、彼女の肩からタオルケットがずり落ちてしまっていることに気付いて、そっと手を伸ばし、掛け直す。そして肩まで引き上げた時、うっかり手の平が肩に触れてしまった。

 ――――ビクッ……!

 彼女の肩が震えて、その時危うくタオルケットを落としそうになったのだけは、何とか持ちこたえたけれど……。

 ごめん、と小さく絞り出した言葉は、彼女に届いていただろうか。

「……この曲、」

「え……?」

「最近のっつっても、リメイクのやつだからな。アンタには丁度良いだろ……」

 沈黙を打ち消すように投げかけられた言葉の意味全てを拾い上げることは、できなかったけれど。ただ、彼女のその言葉はひどく優しく響いていた。

 広いラボラトリーの床に、毛布を沢山重ねて広げて、床を覆ったのだけれど。

 もしも、2人がぎりぎり収まるスペース分だけの寝床にしていたのなら、この安心だけどもどかしい距離に、苦しむことは無かったのだろうか?

 いつの間にか、ピアノの音が途切れて。

 縋るような叫ぶような声が、長く長く…………そして、ふっと、消える。

 繰り返されることも次の曲が流れ始めることも無く、レコーダーは沈黙した。

「……」

「……」

 ラボラトリーの隅々まで行き渡った、静寂。その中で、点いたままの電源ランプが哀愁を醸し出す。

(電源、切らなくちゃ――――)

 そして、伸ばした指が。

 彼女の白い指と、ちょんっ、と触れる。

 

 《終わり》

『つれづれ祭り・参』1作目になります!こちらの小説はフリー配布ですので、もしも何かが心に残ったよ、とおっしゃってくださる方がいらっしゃいましたら、そっとお持ち帰りいただければ幸いです。その際、報告は任意ですので!

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 最近は夏を感じさせる日々が続いていた。が、今日は比較的暑さも少し和らいで、過ごし易い陽気に包まれている。

 ついさっき、休日だからと出掛けて行った夏美や東屋小雪をふと思い浮かべ、次いで視線を現実に戻し溜息を吐く。

 視線の先には、今朝からずっと巨大な宇宙船を弄り続けているクルルの姿があった。

「……おい」

「んー」

「飯くらい食え」

「後で」

 話し掛ければ一応、返事は寄越す。切羽詰った際には、無言で作業を進める少女がこうしてこちらの言葉に反応するのは、この作業は充分余裕を持って完了できる――ということだ。

 だが、途中で手を止めて食事をするのは嫌だと言う。

「急ぎではないのだろう?」

「キリが悪ぃ。それに、飯は後でも食える」

「冷めるだろうが」

「冷めていようが腹に入れば同じだろ?それか、温めればいいじゃねぇか」

 カチャ カチャ ガキ……ッ!

 硬質な音をたてて、スパナが大きなネジを1本引っこ抜く。

 女の細い腕で、実際大して筋力が鍛えられている訳でもないというのに、随分と豪快な解体作業だ。基本的に力仕事は、それこそ『面倒くさい』といって大抵こちらに押し付けるくせに、機械いじりに関してだけは、この少女がそれを厭うことはない。

(仕事と言えば、それまでだが……)

 動力部と思しき部分の外側をガコッ、と開いて、同じように何本かネジを引っこ抜き新しいものと換えていく。時折、変わった部品を継ぎ足しては何かを確認するように1、2度ノートパソコンの画面とその部位を見比べる。

(……仕事が好き、という訳ではないんだろうが……)

 自分たちは、言ってしまえば初めから何となく、軍人になることを自分で選んでいたタイプだ。親が軍人で、自分に至っては兄も軍人で、それ以外の職種に就く自分を想像することは難しかった。

 軍人になることは、当たり前のことで、自分の希望という言葉では生ぬるいという程に、『初めから決まっていたこと』として組み込まれている。

 だが。

 詳しくは知らないが、クルルには少々入り組んだ理由があるらしい。

 訓練所にも通わず、特例扱いで幼い頃から軍籍に入っているのだとだけ、兄であるガルルから聞かされた。ただそれだけしか、自分は知らない。

 自分が知らないクルルの過去がそうさせるのか。クルルは、『軍』そのものが嫌いだと言う。だから、軍の上層部が寄越す依頼は、『虫唾が走る』と公言して憚らない。

 任務や仕事も、当然嫌いではあるらしいが、どうやらケロロが企むくだらない作戦はそこに入らないようで。いつも一緒になって悪乗りしている。

 ケロロからのくだらない実の無い作戦に使われる『侵略兵器』と、自分で暇つぶしに機械を弄ることは、どうやら好きであるらしい。

 いや。

 好き、というだけではなく、そこには確かな誇りもあるのだろう。

(だが、)

 

 こんな、天気の良い日に、外を見ることもせず。

 

 ついさっき出掛けた少女たちは、休日だからと着飾って、今頃は級友たちとはしゃいでいる。昼食は外で食べてくると言っていたから、夕方まで遊び通すのだろう。

 それなのにこの娘は、日差しが届かない地下で、だぼだぼのツナギの裾をたくし上げ、油にまみれて機械を弄っている。唯一、伸ばしかけの髪が邪魔にならないようにとモアが着けていったカラフルなヘアピンたちが、まあオシャレと言えなくも無い。

 そして、そんなことを考えている間に、とうとう午後2時を越えてしまった。

 これでとうとう自分は、丸2時間「昼飯を食え」と言っていたことになる。

(これでは、もう間食だな……全く)

 溜息を吐いて、それまで勝手に腰掛けていた椅子から立ち上がる。

 そして、作業をひたすら続ける子どもの傍に歩み寄り、問答無用で後ろからヒョイッと持ち上げた。

「――――っ!?」

 軽い体は、驚くほど簡単に持ち上げられるものだ。

 一瞬は驚きが勝ったのか大人しかったクルルは、すぐにいつもの思考を取り戻し、険のある視線を向けてくる。そうした反応に、また溜息が零れてしまった。

「いい加減にしろ」

「……下ろせ変態」

 ……こちらを『変態』呼ばわりするのならば、せめてもう少し女らしくしてからにしろ、と思う。

 思うだけに留めたのは、自分も今までの経験から多少成長したからだろうか。

(――――それにしても……)

「おい、下ろせ」

「……何でなんだろうな……?」

「……?」

 俺は。

 こんな天気の良い休日に(俺たちに地球での休日など有りはしないのだろうが)、一応恋人同士になったはずの自分よりも仕事を選ぶ、スカートとも少女服とも無縁の、少女に。

(それでも、やはり……)

 

 心底、惚れてしまっているのだ。

 

 《終わり》

『トマトとレモンⅡ』最終作品です!この小説はフリー配布ですので、もし気に入ってくださった方がいらっしゃいましたら、(報告は任意ですので)お持ち帰りしていただければ、書き手冥利に尽きます。

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見守るひと

 昔から、分かり易い弟だった。

 歳が離れていたこともあって、世間が騒ぐような『親を取られた』という感情を大して意識することも無く。言われるたびに腹立たしいと級友たちが零す『お兄ちゃんなんだから』という親の台詞は、むしろ誇らしくさえあった。

 家族が何だかんだと気に掛け、かつ良い友人にも恵まれた弟は、良くも悪くもまっすぐに育っていった。

(初めて女の子を好きだといったのは、確か5歳の頃だったな)

 幼馴染の少女に淡い憧れを抱いていた頃。かと言えど、素直に気持ちを伝えることは恥ずかしいのか、結局その『好き』は、そのまま自然と形を変えていったようだ。

 成長するにつれて、流石に家族で囲む食卓で『好きな子が居る』ということは無くなっていったものの、やはり分かり易い――いや、むしろ気持ちを隠すということが出来ないらしく、こちらには雰囲気だけで伝わってしまう。

 気になる異性が居る時の弟は、その異性が関わることで気分がころころと変わるのだ。

(結局、1度も告白まではいかなかったようだが……)

 純情、というべきなのか。

 どうしても後1歩が踏み込めない弟を見て、手を貸したくなったということは1度2度ではない。しかし、色恋に他者が介入することは、この上なく無粋である。よって、下手に手を出したことは1度として無い。

 だが。

 今回のことに関しては、『見ているだけ』という立場が、ひどく堪えた。

 

 ケロン星から離れた辺境の星で、ケロロ小隊が任務に就いてしばらく。

 変化は、既に起こり始めていた。

 

 ケロロ小隊の途中視察という任務で地球を訪れると、丁度ギロロとクルルが庭先で何かを話している。話の内容が聞こえた訳ではないが、クルルが持っていた銃がギロロに手渡され、銃の部位を指し示しつつ主にクルルが話をしているらしいこと位は分かった。

 クルルの手には大きく見えた銃は、弟の手にはしっくりと収まっている。

(コレが成長した男女の差というものなのだろうか――――……)

 そんなことをしみじみと思っていると、ふと、こちらに気付いたクルルと視線が合う。

『よう、暇人』

『お久しぶりです。お元気でしたか?』

『ククッ……相変わらずだねぇ~』

 どうやらこの時の彼女は機嫌が良かったようで、こちらの言葉にどこか楽しげな様子で応じてくれる。話の内容というよりも妹のような彼女の声を聴くことが嬉しくて、自然と口元が緩んだ。

『隊長なら、下に居るから好きにしなぁ』

『ケロロ軍曹殿はお元気ですか?』

『見りゃ分かるだろーな。もしかしたら1回持ち帰ることになるかもだぜぇ~』

『……本部から、宿題の回収も任務として命じられているのですが、』

『クーックックック……ゴシューショーサン』

 やってない、ということだろう。

 思わず苦笑して、その後一言二言と言葉を交わす内に、ふと今度はギロロと目が合った。

 しかし、それは一瞬で。

 ギロロはすぐに、視線を逸らしてしまう。

 それでも、たった今見た弟の目は、しっかりと脳裏に焼きついていた。

(――――おや……?)

 浮かび上がる、1つの仮定。

『じゃ~な』

 そう言ってクルルが地下へ戻る際に、こっそりとギロロの様子を横目で窺う。

 去っていく少女の華奢な背中に向けられた視線で、たったいまの仮定が確定に変わった。

 

 そして、今。

 紆余曲折を経て、ギロロは何と初めての告白というものをし、何だかんだありつつもクルルに受け入れられたのだ。

 弟がようやく恋しい者と約束を交わしたこと。

 そして、妹のような娘のような少女が初めて恋愛に向き合ったことは、やはり嬉しかった。

 だから、そう。

 一抹の寂しさは、この胸の底で眠らせておくべきだろう――――。

 

 《終わり》

『トマトとレモンⅡ』4作目です!こちらの小説もフリー配布ですので、もし少し何かを感じてくださった方がいらっしゃいましたら、そっとお持ち帰りしていただければ幸いです。お持ち帰りの報告は任意ですので。

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アルコールに付随する記憶

 辺りはすっかり寝静まっている時間。つまりは、真夜中。

 自分もいつもならば就寝済みの時間帯に、こうして目が冴えてしまっていたのは誓って偶然である。そして、屋根の上に見慣れた金髪を見つけて屋根に登ってしまったのは、残念なことだが故意だった。

「……おい、」

「ククッ……飲めねぇ~クセに、何しに来たんだぁ?」

 右手には盃、左手には日本酒。

 どうやら、一人手酌で晩酌中らしい。月も出ていない曇り空の下、居候中の屋根の上で、上機嫌に盃を傾ける。

 地球に来てから、コイツが特に好んで飲んでいるこの酒は、アルコール度数が半端無く高い名酒だと言う。

 以前、まだこうして付き合い始める前にも色々あって買わされたため、その値段だけはよく覚えている。名酒が必ずしも値段が高いということはないのだろうが、これは0の数も半端ではなかった。

 そして、今。

 左手に握られている瓶の中の液体は、半分の残っていない。

「まさか、今日だけで半分も飲んだんじゃないだろうな……」

「さぁ~な。まさかオッサン、『未成年が酒飲むな』とは言わねえよなぁ?」

「……」

「それとも、飲んでみるかい?」

「嫌味か」

 1滴、口に含んだだけで潰れるこの体質を知らない筈はあるまいに。

 眉間に皺を寄せるコチラの反応を向こうは明らかに楽しんでいる。

「……」

「……」

「…………隣に、行ってもいいか?」

 思い切って尋ねれば、しばらくして「ご勝手にぃ」という返事が耳に届く。

 どうでもよさそうな言い方はいつものことで、いちいち突っ込んでいては埒があかない。

 ――分かっては、いる、のだが……。

(――――何だろう、な)

 

 近付いているのか、遠くなっているのか。

 未だに自分たちは、距離を掴みかねている気がする。

 

「――――その酒は、美味いか?」

 他愛の無いことで、何とか言葉を交わそうとして。

「飲めないクセに、話題にしてどーすんだよ」

 ……突き返されて。

「……好きで、飲めない訳ではない……」

「あっそ」

「……」

「……」

 結局、会話は長続きしない。

 しかし、正直この日本酒は苦手だ。

 味ではなく、その銘柄が紙に書かれた瓶と独特の匂いが、好きになれない。それらは皆、『あの時』の記憶を引きずり出す……。

 

 泣き言を口にしたのは、弱いからだ。

 痛みを身の内に抱えられない弱さが、助けを求めた。

 

 求めた支えが、何故クルルだったのかは分からない。とにかく、この少女は少女で、何故か自分を拒まなかった。

 無力な子ども同然に泣くことしかしない自分が、少女によって抱き締められた。

 頭を撫でて、こちらが泣き疲れるまで付き合ってくれていたのは、気まぐれというには余りにも過ぎた待遇だろう。

(……そういえば、)

 1度目は、無条件にそうして受け入れられた。

 そして、2度目以降は……。

 

『2度目からは、有料だぜぇ?』

 

(……酒を持っていったのは、2度目以降だったか……)

 相談事を聞いて欲しくて、クルルの元に足を運ぶ時に付け届けの酒を持っていったのは、2度目以降だったのだ。

「――――クルル」

「?」

「何故、1度目の時は、酒も何も無く話を――――」

 言いかけて、思わず口を噤んだ。

 脈絡が無いということを今更思い至る辺り、自分は随分と現実から切り離されていたようである。

 だが、こちらの動揺などすべて見透かしたような嗤いを浮かべて、クルルはあっさりとその答えを返してきた。

「初回サービス」

「……」

「情けねえアンタへの、俺様からの『ヤサシイ』選別ってヤツ」

「……ほざけ」

 いつもの嘲笑を浮かべて見せて、コイツはまた盃を空にした。

 

 《終わり》

『トマトとレモン』3作目になります!こちらはフリー配布小説ですので、「では、いただいていこうか」と思って下さった方、是非ずずいっとお持ち帰り下さい!報告は任意ですので!

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立ち位置

 思えば、ギロロの恋を応援する、なんてコトは初めてかもしれない。

 

 父親同士が友達同士(本人たちは『腐れ縁』だとか言っていた)ということもあって、幼年訓練所に入る前から、お互いがお互いと一緒に居た。訓練所に入ってから別の友達もできたけど、一番遊ぶことが多かった相手はギロロだ。

 そこから今まで、いくらアイツが奥手で鈍感なヘタレ咬ませ犬とは言え、ギロロも当然我輩も、人並みに女の子を好きになった経験はある。

 2人して同じ女の子を好きになったこともあるし、勿論別々の女の子に恋をしたこともあった。前者の場合はライバルなのだからともかくとしても、例え後者の場合であっても、お互いの恋愛が上手くいくようにと協力したことは、1度も無い。

「――頑張れ、とさえ、言ったことが無いでありますなぁ……」

 ぽつり、と零れた独り言。自分以外誰もいない空間では、ソレに対して何の反応も返ってこない。

 ガンプラ・パーツを切り離す手を一旦止めて、ふう……と溜息を吐いた。

(――――静かでありますな……)

 よく部屋に来るタママやクルルやモア殿は、まるで示し合わせでもしたように誰もやって来ない。

(ギロロはどうせまた、武器でも磨いてるんでありますかね)

 こんな風に、我輩の頭を困らせているのはアイツなのに――そう思うと、何だか腹が立ってきた。

 

 あの日。

 夜中に、何となくソーラーバイクを転がしたくなった。それが運のツキだったというか……丁度庭に出たところをテントから現れたギロロに見咎められたのである。

 

 ――――何処へ行く。

 

 いやという程に聞きなれた低音の声が響く。夜だからなのか、それは周囲を気遣うように抑えられた音量だ。

 てっきり怒鳴られると思っていた自分は肩透かしをくらったような感じだったのだけれど。

 

 ――――ギロロこそ、何やってんのサ?

 ――――……別に。何でも……。

 

 いつも余程のことが無い限り、決まった時間に寝起きするリズムを崩さない男が視線を泳がせながら言っても、説得力は皆無である。

 そこでつい、持ち前の好奇心がむくむくと膨らんで、話に食い下がってしまったのだ。

 

 ――――寝れないの?

 ――――……どうでもいいだろうが。

 ――――ゲロゲロ!我輩は隊長でありますよ~?部下が困っていたらその悩みを聞く!それもまた、隊長の仕事であります!!

 ――――……。

 

 ジトリ、とこちらを睨む目には、軽く殺気が見え隠れしていたものの、それを気にせずに先を促す。だが、ギロロは口を一文字に引き結んで、フイッと視線を大きく逸らした。

 その視線の先には、赤いテント。

 

 ――――誰かいんの?

 

 特に深い考えも無く問い掛けると、ギロロは重苦しい溜息を1つ、ゆっくりと吐き出す。

 

 ――――いる。クルルが、な……。

 ――――へえ、クルルが……………………って、ええぇぇぇモゴ……!!?

 ――――っ静かにしろ!

 

 相変わらず声を抑えて怒るギロロに口を塞がれた。息苦しかったけど、何より驚きが先行して、不自由ながら体をひねり、何とかギロロの顔を見る。

 ギロロはこちらの視線から逃げるばかりで、決して目を合わせようとはしなかったが。

 

 ――――静かにしろ。アイツが……クルルが、起きる。

 

(だって……っ!)

 ギロロは、いつだってクルルを大切にしていた。

 いつも『女らしくない!』とか言いながら、妹を見るみたいに大事にしていたことを知っている。女の子らしくして欲しいという願いを口にしているのも、全部、家族に向けるような思いからだと自分は思っていた。

 それなのに。

 ギロロは、まるで昔夏美殿を見ていたような目で、テントを見つめている。

(あ、頭が混乱しそうでありますよ……!!)

 何故?

 いつの間に?

 いつから、とか。とにかく聞きたいことは沢山あって、それなのに全部言葉として口から出てきてくれなかった。

 それで、ようやく喋った台詞は、『どうして、』という4文字だけ。

 その4文字をギロロは『どうしてクルルがギロロのテントで寝ているのか』と解釈したらしい。

 

 ――――アイツにとっては、俺はガキと変わらないらしい……。

 

 もどかしい答えだった。

 相変わらずテントに向けられたままの眼差しは、優しい。優しいくせに、それだけじゃない、どろどろとしたものも混じっている。それを必死で押さえ込んで、押さえ込むだけで一杯一杯な、不器用な男だ。

 大好きで、大事で、愛しくて――――大切な、存在なのだと、その目が雄弁に語る。

 だから、傍にいることが耐え切れないのだと……。

 

(……バカだよなぁ……本当に)

 そう易々と手を出されても困るが、別に自分は小隊内恋愛を禁止するつもりはない。

 あの幼馴染がようやく失恋の痛手から立ち直って新しい恋に目覚めたことは、まあ多分いいことだ。

 だが。

(少なくとも、クルルはギロロのこと嫌いじゃないと思うのにさぁ~……)

 そりゃあ、ギロロが今抱いているような種類の好意ではないだろうが。それでもクルルは、ちゃんとギロロを好いていると思う。

 それなのに、アレは。

(以前にも増して、ヘタレるってどーよ?)

 恋に対して、年々更に臆病になっていく男には、最早溜息も底を尽きるというものだ。

(そろそろ真面目に、報われて欲しいであります)

 それが、優しさ5割その他5割からきた、応援動機――――。

 

 《終わり》

『トマトとレモンⅡ』2作目です!こちらもフリー配布小説ですので、もし「あ、それだったら貰ってみようかな?」と思って下さった方がいらっしゃいましたら、ずずいっとお持ち帰りいただければ、と。報告は任意ですので。

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横浜リリー

 夜景が名物だという橋に誘った相手は、年下の恋人。金色(ドロロ曰く、『月色』)の髪を持つ、妹のような存在でもある、恋人。

 かつて自分が焦がれていた地球人の少女に、身なりを散々弄られたと言って、ずっと不機嫌になっている。夏美の余所行き用の服らしいが、随分とコイツに似合っている。ただ、いつもと雰囲気の異なる格好をしていても、眉間に皺を寄せる表情はいつもと変わらない。

 滅多に履かないと言うわりに、ハイヒール・ブーツで歩く速さもいつもと変わらず、こちらが差し出した手を避ける動作もいつも通りだ。

 仕方なく手を引っ込めて自分のポケットに突っ込むと、くすくす、と嗤う声が聴こえる。何だ、と視線で問い掛ければ、わらったままの唇が楽しそうに言葉を紡ぐ。

「ふられんぼ」

「――――ふった奴が、何を言う」

「オッサン、いつも言うケド、そーゆーベタなコトが似合わねえってコトをそろそろ自覚しろよ」

 笑って、1歩先を歩き出す。

 伸ばしかけの、辛うじて肩にかかる髪は、道端にてぼんやりと輝くライトの光を弾いている。きらきらと輝いて、やっぱり綺麗だ。

 ――――言いかけて、止めた。

(確かに、俺の柄では無い……)

 綺麗。

 可愛い。

 似合う。

 素敵だ――――――。

 誉め言葉はいつも、この口からは出てこない。幼馴染のボンクラは、女を誉めろと煩いが、歯の浮くような台詞など自分は結局いつも言えないままだ。

(コイツも俺には……期待などしていないだろうしな……)

 恋人になったというのに、ロクに手を繋ぐことさえ出来ずにいる。

 そんな現状に、思わず溜息を吐いた。

 

 橋に着くと、そこからは人工の光に照らされたタワーや建物が一望できるようになっている。色とりどりの電球が星のように瞬き、闇を一層引き立てていた。

 ――――目の前に広がる光と闇の世界は、幻想的な、現実だ。

「――――いつも、」

「あ?」

「……いや、いつも俺は人工のモノよりも自然……あまり人の手が加わっていないモノがいいのだと言ってきたが……コレはコレで、良いものだな」

「……ふーん」

 大して興味が無さそうな反応に、つい口元に苦笑を浮かべる。それが気に障ったのか、クルルは眉を寄せて視線を逸らした。

 フイッと、そっぽを向く様子が、微笑ましく愛しいと思う。

 改めて今の自分は末期だと、心の中の自分が笑っている。

 それでも、悪い気はしなかった。

 

 何を話す訳でもなく、2人でライトを眺めている。

 周りでは、愛を囁く人々で溢れかえっていたようだが、自分たちの間にはそこに馴染む甘さなどは無く……。

 ただ、並んで遠くを見つめていた。

「――――クルル」

「……何」

「寒くないか?」

「べつにぃー」

「そうか……俺は、少し寒い」

「……」

「手、を」

 我ながら、よくもこんな風に言葉が出てきたものだと思う。

 今度は差し出した手を避けられるということは無く、そっと触れ合い、重ね合わせた。

 

 《終わり》

『トマトとレモンⅡ』1作目になります。この小説はフリー配布ですので、「じゃあ、貰ってもいいかな?」と思って下さった方がいらっしゃいましたら、ずずいっとお持ち帰りいただければ幸いです!お持ち帰りの報告は、任意です。

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教えて、兄ちゃん!

 ギロロもタママもクルルもいなくて、モア殿もいなくて、日向家の皆さんもいなくて。

(……あーあ)

 暇。

 ものすっげー、暇。

 買い置きのガンプラは全部組み立て終わっちゃって、漫画も小説もだいぶ読み古してしまった。宿題なんて初めからやる気も無いし、テレビゲームっていう気分でもない。

(誰かに構って欲しい時に限って、誰も居ないってどーゆー事?)

 どうでもいい時は、頼みもしないのにやって来る『誰か』が、皆居ない。家の中は、すごく静かだ。

 さて、どうしようか。

(……何かをやろうと思うから、退屈がつまらない訳でぇ~……いっそ、昼寝でもするとかってどうよ!)

 ふと思いついたこれは、名案かもしれない。

(昼に寝溜めしておいて、夜の日向家を占拠するとかぁ……お、マジで良くね?!)

 流石、我ながら、ここまで頭が冴えているとは!

「そうと決まれば、早速……」

 

 ケロッ ケロッ ケロ~♪

 

 いざベットへ潜り込もうとしたとき。まるで図ったようなタイミングで携帯の着信音が鳴った。

 はた迷惑な……と毒づきつつも、一応ベットから離れてメッセージを見に行く。

「一体誰だってんの全く……およ?」

 

 『宛名 966

  件名 no title

  本文

  623のトコに泊まる』

 

「――――――ギロロ居なくてよかった……」

「おや、やはりギロロはいないのですか」

「…………っガ――!?」

「久しぶりだな、ケロロ君」

 にっこりと笑う、心臓に悪い登場をかましてくれた紫髪の青年――ガルル中尉は、差し入れだと言って大きな紙袋を手渡してくる。

「あ、え~と……」

「今日は随分と静かだが、皆出払っているのかい?」

 くだけた口調は、彼のプライベート用のものだ。

 畏まらなくてよい、ということを態度で示してくれているようだが、『幼馴染の兄ちゃん』という相手との距離はどうにも取りにくい。ついでに、歳が離れているので共通の話題も見付け辛かったりする。

(つーか……寝る前で良かったであります……)

 1つ気になるのは、コレは不法侵入というものなのではないか――ということ。

 しかし、ここまで堂々としていると、今更そんなことを尋ねる気が失せる。何となく視線を受け取った紙袋に彷徨わせながら、とにかく何かを話さなくては、と口を開いた。

「……あ、あの、中尉殿……」

 ギロロもクルルも、居ないんでありますが――――と言い掛けて、ふと思う。

 そういえば、ガルル中尉はクルルとも長く付き合いを続けているはずだ。

(クルル、睦実殿のことはどう説明しているんでありますかね?)

 むしろ、何も言っていないのだろうか。

 イマイチ、恋人なのかそうでないのか曖昧な2人の関係については、自分も掴みかねているのだけれど。

 本部に居た頃、おそらくクルルの1番近くに居たガルル中尉。もしかしたら、彼にならば何か言っていたりするかもしれない。

 唐突に浮かんだ素朴な疑問。それは、特に深い考えも無く、口から出てきてしまうことがある。

 この時は、正にそれだった。

「あの、クルルの――――」

「?」

 ――言いかけて、慌てて口を手で覆った。

 そんなこちらの行動に対し、ガルル中尉は首を傾げている。

(ガ、ガルル中尉はギロロの兄ちゃんでありますよ!我輩としたことが……!!)

 ギロロはもう、クルルに対してどこから突っ込むべきか悩むほどのシスコンで。そんなギロロの兄であるガルル中尉が、だから必ずシスコンだとは言い切れないが……逆に、可能性が無いとも言えない。

「ケロロ君?」

「え、あ~とぉ……その、ですねぇ……」

「クルルがどうかしたのかい?」

(うぅ!しっかりクルルの話をする流れに……な、何か他のコト……!)

「クルルも出払っているようだが……」

「あ、あのそ……その!ちょっとクルルも最近、色々忙しいらしくって、でありますね……!」

 我ながら、何を言っているのか分からなくなりそうだ。

「――――そういえば、ケロロ君」

「は、はい?」

「少し、訊きたいことがあるんだが」

 いいかな?と了承を求める問い掛けに、これ幸いと全力で頷く。

 ようやく助かった――と安堵したのは、ほんの束の間のことだったが。

「北城睦実という地球人についてなのだが――」

(ゲ、ゲロォォォォォー!!?)

 心中、絶叫。

(な、何!?何で中尉殿が睦実殿のことを……って、前侵略に来た時に色々あったじゃん!……え?でも、何でクルルの話から……いや、してないけど……何で、クルルの名前を出した後で、睦実殿のことについてになる訳?やっぱ、中尉もギロロの兄ちゃんってコトなんでありますか?つーか、我輩にどーしろってんのぉぉぉぉぉ!!?)

「ケロロ君は、その少年のことをどう思っているのか――どう見ているのか、教えて貰えるかな?」

「――――――ゲロォ?」

 いや、まさかそんなことを訊かれるとは思っていなくて。

 思わず固まったコチラの戸惑いを察してか、ガルル中尉は少し口元を緩めて苦笑しつつ、「あくまでケロロ君から見た、少年像を聞きたくてね」と言葉を重ねた。

 いまいち、この人の考えは分からない。分からなかったものの、取りあえずその質問に答えるため口を開く。

「睦実殿は、我輩にとってはガンプラ仲間で、ちょっと変わってるトコがあるでありますが……いい子であります」

「そうか……ありがとう」

「――――あの、中尉殿。でも、何でいきなり……」

 おそるおそる尋ねると、キツイ釣り目に柔らかな光をにじませる中尉殿と目が合う。さっきよりも、何だかちょっと困っているような感じで、今度はガルル中尉がコチラの質問に対して答えを紡ぎ出した。

「実は、ギロロから珍しく電話が掛かってきたんだよ。何でも最近、クルルがその少年と親しいようだ――とね」

「……」

「私としても、クルルが認めた人物に興味があったのだが、ギロロからでは公正な情報を得られそうに無くて、ね。ケロロ君かゼロロ君に尋ねようと思って来たんだ。突然、済まなかったね」

「はあ、いえ……」

 やっぱり、気にはなっていたのか――――と思いつつ、一方でギロロとは正反対の節度ある対応に感心する。ギロロにも、この4分の1は礼節を守った反応をして欲しい。

(クルルが睦実殿とどっか行ったりする度に銃をかついで出撃されたら、たまったもんじゃねぇっつーの!)

 ギロロがいつもそうだから、自分たちはギロロの暴走を止めるために慌てて、碌にやきもきする余裕が無いのだ。

 それはあくまで心の中で呟いた愚痴だったのだけれど、ガルル中尉にはバッチリ伝わったらしい。

「――――アレは、過度にクルルに対して依存しているから、どうにも過激な手段に走ってしまうらしい。いつも、迷惑をかけているようですまない」

 ――――これからも、どうかよろしく頼む。

 そう言い残して去っていく背中を見送り、思ったこと。

 彼はやはりギロロの『兄ちゃん』で、人としての器が大きい。

(……いつか、我輩はあの域へ辿り着けるのでありますかねぇ……?)

 

 《終わり》

ひとりっこでも、なれますか?

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手、比べ

「クールル、手合わせしよ!」

(手合わせ……だと!?)

 一瞬、ギロロの脳裏を横切ったのは、懐かしい軍での訓練風景。

 ついさっきまで、『天気がいいから』『気分が乗らない』などと言ってだらけているだけだったケロロの口から出て来た、『手合わせ』という単語。ようやくこのボンクラもやる気が出てきたのか――と、涙を流して喜んだ。

(……ん?)

 しかし、そこでふと首を傾げる。

 今、ケロロはクルルの名前を呼んだ。手合わせの相手に、クルルを指名した。

 確かにクルルは軍人で、こうして前線にいる以上訓練はするべきなのだろう。しかし、クルルは参謀であり、あくまで後方支援がメインである。何よりも、この少女を実の妹同然に可愛がりたがっているケロロは、クルルが戦闘に加わることを望んでいない。だからなのか、今までケロロはクルルに訓練を強要しているところを見たことが無かった。

(今更、心配になったということか?)

 分からない。

 こちらの疑問を嘲笑うかのように日向家のリビングから、にぎやかな声だけが聞こえてくる。ガラス戸にはカーテンが引かれ、庭に居るギロロからは中の様子が窺えない。

 おそらく鍵はかけていないだろうと見当をつけ、ガラリとガラス戸を開いた。

「……」

「およ?ギロロ」

「オッサン、眩しいからカーテン閉めろ」

「……おい」

「ん?何でありますか?」

「……何をやっとるんだ、貴様等は……」

 取りあえず、クルルの希望通りカーテンを後ろ手で閉める。

 ギロロの声には、呆れや怒りが多分に含まれていたのだが、それを知ってか知らずかケロロは平然と口を開いた。

「何って、『手合わせ』でありますよ!」

「……『手合わせ』……」

 その言葉で俯き、明らかにその雰囲気が険しいものへと変わる。流石にそんなギロロの様子に違和感を感じたのか、ケロロの声に若干の労わりがにじみ始めた。

「ギロロ?」

「クック……大方、勘違いでもしてたんだろぉ……?」

 全てを見透かしたような言動は、この子どもの十八番である。形の良い唇に浮かぶのは、見紛うことなき嘲笑。馬鹿にされたと感じた男の額には青筋が刻み込まれ、そんな男の様子を観察する少女はとても楽しげだ。

 一方ケロロは、クルルの言葉からようやく事態を把握したらしい。

「ああ、成程ねぇ~」

 そんな呟きと共に、クルルと一緒になってニンマリと嗤う。そして、どんどん機嫌が悪くなっていくギロロを愉快そうに眺めながら、現状説明を付け加えた。

「組み手の『手合わせ』じゃなくて、手の大きさを比べる『手合わせ』でありますよ」

 昔よくやったっしょ?と、今度は悪戯をする時の様な笑みを見せて口を動かす。おそらくこれは、ギロロが1番見慣れているケロロの表情だ。

(そういえば、コイツは昔から『手合わせ』と言っていたな……)

 ドロロとギロロは、手の平をくっつけて大きさを比べる行為のことを『手比べ』と呼んでいたのだが、ケロロだけはずっと『これは、手合わせ!!』と言い張っていた。

(何を、あそこまでムキになっていたのかは分からんが……)

 そういえば、あの頃、ケロロの手は3人の中で1番小さかった。そのことでもまたケロロはムキになり、毎日のように手の大きさを比べ合った。

 

 手の平の大きさは身長の高さに対応する――という話を聞いて、時々行っていた『手比べ』をしなくなったのは、いつ頃のことだろう?

 

 そこで、未だにぴっとりと合わさった2人の手の平が視界に映った。

 辛うじてケロロの方が大きいかどうか、むしろどっこいどっこいだろう。そんなことを思う一方で、胸の内を巣食う、ひとつの感情。それはじわりじわりと染みのように広がり、喉もとから、苦みと共にせりあがって来る。

 その苦いものを飲み込んで、代わりに手を伸ばし、がしっとケロロとクルルの手首を掴む。そして、ギロロはそのまま、べりっ!と2人の手を引き剥がした。

「ゲロォ!?」

「……っ!」

 初めからケロロとクルルの手の平は、しっかりと強い力で合わさっていた訳ではない。あっさりと剥れるだけでは勢いが収まらず、そのままケロロは尻餅をついてしまう。何故かクルルは、そのまま体ごと引き寄せられてギロロの胸に背中を預ける形になる。

「ってぇ……ちょっとギロロ!いきなり何すん――――」

 文句を言おうとしたところで、幼馴染2人の視線が合った。

 しばらくしてケロロが溜息を吐き、そこでギロロはケロロの手首だけ離す。

 ここは、紛れも無くケロロの私室であるはずだが、部屋の主はおもむろに立ち上がると、手の平をひらひらと振って退室してしまった。

 そして、部屋の中には、手を掴んだままのギロロと手を掴まれたままのクルルが残る。

「……」

「……」

「…………」

「…………」

 妙な沈黙だった。

 ギロロは、てっきりクルルが『何すんだよ』等々、一言文句でも言ってくるかと思っていたのだが……。そのクルルは無表情で、じっとギロロが掴んでいる自分の手首を見つめているようだ。

 手を。

(離すべき、だ)

 そうは思うが、ついさっきまでの光景――ケロロとクルルが手の平を重ね合わせていた様子が思い起こされ、指が思うように動かない。

 これは、この感情は、何なのか。

 嫌というほどに、自分は知っている。

 

 ――――悋気、だ。

 

 しかし、ケロロとクルルの間に、色艶めいた関係があると疑っているわけでは無い。ただ、条件反射のように、心が反応してしまうのだ。

(……狭量だな……)

 泰然と構えていられない自分に嫌悪感を抱いているくせに、ならばどうしていけばいいのか――どうすれば、こんな黒々とした感情に振り回されない自分になれるのか、分からない。

 ただ、ぐるぐると空回るだけ。

 それを、ただ繰り返す。

 やがて、手の平が汗ばみ、微かに少女の細く白い手首上を滑った。それをキッカケに、ようやく手首を解放したのだが……。今度は、クルルの方がギロロの手首を鷲掴む。

「クルル……?」

 名を呼んだ声は無視されて。

 代わりに、厚く硬い皮膚を持つ無骨な手の平に、ほっそりとした少女の手の平が押し当てられる。指を絡めることは無く、ついさっき、ケロロとそうしていたように、クルルは手の平をギロロのそれに重ねたのだ。

 重なった手の平は、ギロロの方が明らかに大きい。

 そして、くすぶる熱を宿していた。

 

 《終わり》

手の平から、わかること

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母の日に贈る物

「ママ、いつもありがとう!」

 久しぶりに家族全員が揃った食卓で、夏美と冬樹からカーネーションの花束を貰った。

 真っ赤なビロードの絨毯みたいに優しく輝いて、フワリと流れてくる香りも心を和ませてくれる。

「私こそありがとう!――――綺麗ね……」

「最近は、白とピンク色が混じった品種もあるんだって。迷ったんだけど、やっぱり赤がいいかなって」

「ママが喜んでくれてよかった!いつもありがとう、ママ」

 仕事が忙しくて思うように休みもとれないまま、この子たちには随分と寂しい思いをさせてしまっているのだと、分かっているけれど……。それでも、2人はこうして私に笑ってくれる。

(沢山寂しい思いをさせている分、それ以上に楽しいことや嬉しいことをこの子たちに伝えていきたい)

「ママ殿!いつもお疲れ様であります!」

「あら?ケロちゃんもカーネーションをくれるの?」

 差し出された1輪の花は、カーネーションの形をしているけれど、色が蒼い。綺麗だけど、見掛けたことの無い色だった。

 今では家族同然の存在である彼は、これが宇宙で最近作られたばかりのカーネーションなのだと教えてくれる。まだ宇宙でも珍しいもので、コレはドロちゃんが育てたのだということも。

「そんな大切なものを私が貰ってもいいの?」

「モチロンであります!ママ殿にはいつもお世話になっているでありますし、ドロロもきっと同じことを思っているであります!」

「そんな調子のイイこと言って、ど~せまた、勝手にとってきたんでしょ……」

「ゲ、ゲロォ!?」

「軍曹……」

「ふ、冬樹殿!コレにはちょっと深いワケが……」

「あんたねぇ……」

 夏美と冬樹に挟まれて、ケロちゃんは真っ青になって慌てている。喧嘩するほど仲が良いと言うから、その様子はとても微笑ましいけれど――――……。

「……じゃあ、ドロちゃんに返した方がいいのかしら?」

 彼も、きっと彼のお母様に贈るつもりだったのだろう。

 ポツリと零した独り言に返事があるとは思わなかったから、

「返しても無駄だろ」

という言葉が返ってきた時は、驚いた。

 振り返ると、地下から上がってきた彼女は、丁度コーヒーを淹れるところだ。

 カップは2つ。

 その内の1つを差し出され、意図を察して「ありがとう」と受け取った。

(クルちゃんが淹れてくれたコーヒーも、久しぶりね)

 1度、彼女がここのキッチンでコーヒー用のお湯を沸かしていた最中に、『私も貰えたりするかしら?』と問い掛けてみた所、一瞬キョトンと幼い表情を見せて、何も言わずにコーヒーをくれた。それ以来、何も言わなくてもたまに彼女の方からコーヒーをくれることがある。

「ありがとう。やっぱりおいしいわ」

「アンタ、今日はそればっかだなぁ?」

「だって、皆がとても私を喜ばせるのだもの」

 自然と笑みが浮かんできて、改めて今の自分は幸せ者だという実感が湧いてきた。クルちゃんを見ると、彼女はケロちゃんたちの様子を見て楽しんでいるみたい。

 癒される、とは、きっとこんな感じなのだろう。

 他愛も無い日常を『幸せ』だと言えることが、とても大きなことなのだと改めて感じる。

 そっとカップを傾けて、もう1口、もう1口と飲むコーヒーは、やっぱりおいしい。

(コーヒーの淹れ方は、クルちゃん自身が独学で覚えたのかしら?それとも……)

 彼女もまた、彼女のお母様からそういったことを教えてもらったのだろうか?

 そうしたことをいつか尋ねてみるのもいいかもしれない。

「クルちゃん」

「何だよ」

「おかわり、いるかしら?」

 

 《終わり》

溢れ出した、「ありがとう」

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この先に続くから…

 この小説には、性的単語が多く登場いたします。苦手な方々は、そっと回れ右、をしてください。

 

 改めて言ったことは無いが。

 ゼロロという男は、自分にとって『初めて』の男である。

 ちなみに、セックスをした訳ではなく。今更、お互いファーストキスなど残しているはずも無く――――『初めて』とは、『初めて恋人になった相手』という意味だ。

 つまり、肩書きだけと言えばそれまで。

(ま、相手が相手だしな)

 何せ、あの男は『ヘタレ・奥手・純粋』と三拍子揃った天然記念物である。

 2人でどこかへ行く(俗に言う『デート』とかいうやつだろう)約束をするだけで赤面し、手と手が偶然触れ合っただけでも謝り倒してくるという……終始、そんな感じだ。

 赤くなったり、青くなったり、白くなったり。

 一人で飽きず空回りを繰り返す。

 

 ――――結局、手を繋ぐようになるまで、半年。

 『付き合う』ことになってもうすぐ3年半になろうとしているが、未だに一度もセックスはしていない。

 まず、あの男のことだ。10歳という年齢差は、絶対に気にしているだろう。

 だが、いくら自分たちの間には10年分の歳の差があると言っても、お互いいつまでも24歳と14歳のままではない。現在、自分は17歳。ケロン星の法律では婚姻、出産が認められる年齢だ。

 しかし、そうは言っても、やはりというか……相手にとっては今のこちらの年齢よりもお互いの間で変わることの無い年齢差が気になりすぎてしょうがないらしい。これは考え方の違いなのだから、どうこう言うつもりはない。というか、呆れて突っ込むのも面倒だった。

(もう1つは、やっぱ性格か)

 ゼロロは元々、性的な話や行為に対して強く羞恥心を感じているようだ。

 以前、ゼロロの部屋へ行った時に隠してあったものといえば、『房中術教本』という暗殺兵用の心得くらいで、ゼロロ個人のエロ本は1冊も見当たらなかった。ついでに言ってしまえば、その教本が見つかっただけであの男はすっかり動転してしまう始末だ。

 教本など、所詮幼年訓練所の生徒が読む、保健体育の教科書と変わらない。

 流石に教本の方が、赤裸々に手順や図解を載せているものの、そこまでハッキリと示してしまえばエロティックさなど感じられない。むしろ、グロテスクと言った方が似合う。

 それでも、男は赤面し、言葉が出ないまま口を開閉していた。

 ――――『純情』、と表現するべきか……。

(単なるヘタレかねぇ~)

 十中八九、『ヘタレ』だろうが。

 セックスをしたことが無い訳ではないはずだ。男はセックスの経験は、ある。

 軍のデータバンクには、暗殺部隊の任務内容も記録として残されているのだ。そこには、ゼロロが任務で女を抱いたという記録も残っていた。

 別に男の童貞が欲しいと言うつもりは無く、拘ってもいない。

 ただ、経験があるにも関わらずいつまでも生娘のような反応を返す男が、面白いと思った。

 

 そんなゼロロが、近頃何の前触れも無く手を伸ばしてくることがある。

 手は、この体に触れようかという1歩手前で強張り、離れていく。その際にチラリと様子を窺うと、肌を真っ赤に染めて男は俯いているのだ。

 初めの内は、深く考えなかった。

 手を繋ぐときも、キスをするときも男は終始こんな感じであったから、体を触ろうとするだけでも『こう』なるのだと思っていた。

 だから。

 アレは、単にからかうつもりで言った台詞で……まさか、あんな……。

(…………あんなカオ、するとはなぁ……?)

 

『少しは、欲情したりすんのかぁ?』

 

 ――――単に、真っ赤になって泣きべそをかいて終わるかと思っていたのに……。

 男は、確かに赤面していたし涙を浮かべていたものの……とても苦しそうに、首肯したのだ。

 流石に、驚いた。

 確かに顎を引いて、そのまま固まった男を前に、自分も流石に驚きはした。

(……まさか、ってヤツ?)

 朴念仁かと思えば、こんな台詞を肯定してみせる。粋ではないが、幼い反応は悪く無い。

 ――――こんな反応を見せるのならば、もうしばらくこのままでいようか。

 少しでも長く、この男をからかうために……。

 そんな考えからニヤリと唇を歪めて嗤ってやれば、案の定、ゼロロは大粒の涙をぼたぼた零し出した。

 

 《終わり》

まだ、このままでも……

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その先にあるものは…

 ――――そろそろ、なのだろうか?

 

 最近、ふとした時に考えること。

 考えて、すぐに考えることが怖くなって。怖がっている自分と、そもそも『こんなこと』を考えてしまったという事実自体に罪悪感を感じる。

『ゼロロ、一体何に悩んでるんだよ?』

 本日、とうとう同僚にまでそんなことを訊かれてしまった。

 いくら待機中とはいえ、任務の最中に自分はどれほど情けない表情をしていたのだろう?――――考えると、恥ずかしくて泣きたく、なる。

(……どうしよう……)

 考えて考えて、悩んで悩んでも泥沼に沈むだけ。

 いっそ、誰かに相談するべきなのだろうか?

(でも……)

 悩んで考えて、どうしようもないと苦しんでいる時に、周囲は遠慮なく頼っていいと言ってくれる。そんな存在を自分は有り難いと思っているし、更に言えば、今すぐにでもその厚意に甘えたい。

 しかし。

 それは、『もし』悩んでいる内容が他者に相談するに適していたとき――という前提が必要だった。

(――――まさか、言えないよね……)

 今、自分の頭を悩ませている問題。

 それは、何となく大っぴらに口にすることを憚る内容である。

 しかし、その問題自体には一切特異性というものは無い。それは、ある年齢に達した者たちが向き合う、本能が入り混じった行為に過ぎない。

 そう。

 自分は悩んでいる。

(……クルル君……)

 ――――大切な少女と、同衾することについて……。

 

 少女と、俗に言う『恋人関係』に落ち着いてから、3年が過ぎていた。

 出会った当初は幼さが目立っていた少女が、この3年でずいぶんと成長したことは疑いようも無い。目線も近くなって、何より――――綺麗、になったと思う。

 彼女は元々、抜きん出て顔貌が整っていた。そこに、年月と共に磨きがかかったというのだろうか。顔立ちからあどけなさは少しずつ薄れ、今はほとんど大人に近い。

 そして当然なのだろうが、その体つきも大きく変化していった。

 女性は総じて、大人になるにつれ体に丸みを帯びていくと言う。が、少女の場合、そういった肉感的な変化は乏しい。ケロロが時折そのことをからかっては返り討ちにされているが、胸などの膨らみが無いからといって、彼女は女性的肉体の魅力に欠けているわけではないのだ。

 痩身に見合った腰のくびれは、決して男が持つことの無い曲線を描いている。

 肌には細かい傷跡が残るものの、色白で、湯上のほんのりと色付く様は、年頃の少女らしい色艶が感じられるだろう。

 伸ばし中の髪はきめ細かく、掬い上げれは手に馴染む。微かに香る洗香料の香りが鼻腔をくすぐる。

 愛しい、恋しい少女のそうした1つ1つの要素を見つける度、ぐらりと足下が傾いていく錯覚を覚えた。思わず手を伸ばし、触れるか触れないかの距離で我に返って、そっと手を引っ込める。その度、激しい自己嫌悪に襲われた。

(僕、は……)

 

 ――――何をしようとしているのか。

 ――――何てコトを、自分はしようとしていたのか!

 

 正気に戻って、己を叱責する行為の繰り返しは、虚しい。

 いっそ、他者にこんな自分を止めて、責めて、なじって欲しいと思ってしまう。

(……でも)

 おそらく、それは最早叶わぬ望みなのだ。

 思い出すのは、何でもない日常の中で、緑の幼馴染と交わした会話の内容である。

 

『ゼロロさ、クルルを抱いてないの?』

 真っ直ぐに尋ねる相手に、一瞬何を言われたのか分からなかった。

 しばらくして、じわりじわりと言葉の意味が理解されていき、それに伴って体中が熱くなる。緊張していたのか、喉は渇いていて声が出ず、必死で首を左右に振った。

 すると、幼馴染の纏う雰囲気が一気に冷え込み、じとりと半眼の目がこちらをねめつけてくる。そして、いつもよりも低い声で、こう言ったのだ。

『いつまでヘタれてるつもりだよ、バーカ』

 

 彼氏で、彼女で。恋人同士になれたことは、自分も幸せな夢を見ているように嬉しい。

 そう、恋人となった今となっては……誰も、一歩を踏み出すことを止めてくれないのだと、思い知った。

 言葉だけでは愛は語れない。口付けを交わすだけでは思いを伝え切ることなど不可能だと、言われて……。

 多くの行為を用いることで、ひとは大切な誰かとの関係を維持しているのだ。

 体を重ね合わせることもまた、そうした手段――行為のひとつなのだろう。

(……でも……)

 自分は、そうしたときの誘い文句さえ知らないのだ。

 漠然とした知識ばかり詰め込んで、最初の一言が言えず、足踏みをしている。

 しかし、もし仮に今その文句を知ったとしても、自分は彼女にその一言を言うことが出来るのだろうか?――――おそらく、言った瞬間、何かが変わってしまうことを恐れて立ち止まるだろう。

 臆病にも、程がある。

 

 そして今日もまた、自分は目を逸らすのだ。

 

 《終わり》

背徳と羞恥の枷は重く――

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ゆるやかな自覚

 地上とは環境が異なる地下で長く生活していると、時間や曜日の感覚が曖昧になりがちだ。1日2日、1週間2週間という単位ではなく、人生の半分以上を過ごしているクルルの場合はなおさらだろう。

 そのため、ガルルはラボラトリーを訪れる時間に合わせた挨拶に気を遣っている。

 朝ならば『おはようございます』で、昼間の場合は『こんにちは』。夜は『こんばんは』といった具合に。

 今は、夕方というには少々遅い夜。本当は昼間に足を向けたかったのだが、思いの外書類整理に時間が掛かった。

(今日中に来ることができただけ、まだマシと思うべきだろうな……)

 デスクワークも必要があれば、ガルルはこなす。しかし、あくまで彼の専門分野は実地での戦闘である。専門外の仕事に時間が掛かるのは、仕方が無い。

 ほんの少し歩調を早めて、『第一研究室』というプレートが掛かっている扉の前で足を止めた。解除コードを入力すると、扉はアッサリと開く。

「こんばんは、クルル」

 夕食はもう済ませましたか?と尋ねると、「んー」という生返事が返される。

「クルル?」

 カタタタタタタ……

「……クルル」

 カタタタッカタカタタタタタタ……

「……」

 淀みなく流れるタイピング音は、止まらない。電子モニターに向かう小さな背中は背もたれにすっぽりと隠れてしまっているため、入り口に立っているガルルから子どもの姿は全く見ることが出来なかった。

 ただ、キーボードを弾く音だけがクルルの存在を示している。

(……全く……)

 溜息をひとつ吐き出して、ツカツカとわざと足音を残して歩み寄る。そして、椅子の背もたれに体がくっ付くんじゃないかという程にまで近寄り、もう一度名前を呼んだ。

「クルル」

「――――何だよ」

 キーボードに影が現れたことで、ようやく子どもはガルルを一瞥した。眉間に浮かんだ皺がクルルの気持ちを雄弁に伝えている。

 そんな子どもに対し、ガルルは非の打ちどころが無い微笑をもって対応。何とそのまま、ひょいっと軽い体を椅子から持ち上げてしまった。

「――――っおい!?」

「夕食を済ませてから、続きをしてくださいね?」

「下ろせ!!」

「すぐに用意できますから」

 噛み合っていない会話である。

 実年齢よりも幼く見られがちな、発育不良の体で手足をじたばたさせても、日頃の訓練で鍛え抜かれた青年にはこれっぽっちもこたえない。サンダルで蹴飛ばしたガルルの体は筋肉で硬く、むしろクルルの足のほうが痛そうだ。

 そのまま備え付けのキッチン兼食卓にまで連れて行かれたクルルは、食事用の椅子にストンと下ろされる。

「ちょっと待っててくださいね」

「……」

 そう言いつつ、手際よくコーヒーを淹れたカップがクルルの前にコトンと置かれた。オレンジ色の地に、ピンク色の花が大きく描かれたマグカップは、いつだったか養父が送ってきたものだ。

 クルルは自分で、こういった『あからさまに女の子用』という家具や衣類などを選ば無い。放っておくと貰っても使わずにそのまま――というパターンになる。

 よって、ガルルはこちらも意識的に、自分が使わせるようにと心掛けていた。

 子どもは流石に諦めたのか、大人しくコーヒーのカップを小さな手で傾けている。ゆらゆらと立ち昇る湯気に苦戦しながら、ちびちびと黒茶色の液体を飲んでいるようだ。実年齢よりも幼い容姿であるため、そうした仕草は一層可愛らしいとガルルは思う。

(さて……と)

 一度思考を中断し、冷蔵庫を開けて食材を物色する。大体のものが作れるようにと揃えられた食材たち。ぎっしりと押し込められたそれらは、あまり使われた形跡が無い。

「……クルル」

「あ……?」

「最後に料理をしたのはいつですか?」

「飯は食ってるぜぇ~」

「……固形栄養食品ばかり食べてましたね?」

「クックック……さぁ~な」

 家事は出来るのだが、面倒なのでやらない。

 クルルはそういう子どもだ。

 料理だって、ハウスキーパーから教わったというだけあって正直ガルルよりも上手い。それなのに、面倒だからと既成の栄養補給食品などで済ませてしまう。

 ガルルが地下に通い始めた当初は、食事をするという習慣自体が崩壊していた。それを思えば、食事をしているだけいいのかもしれないが……。

 ――――ふっ、と。

(……そういえば)

 こうして、クルルに食事のことを注意するのは、久しぶりかもしれない。

 5日間に及ぶデスクワークが始まる前に1度地下を訪れた時は、ちゃんと冷蔵庫の食材を調理した食事を摂っていた。その前に来たときも、その前も……。

(……ああ、そうか)

 思い浮かぶのは、弟の幼馴染であり、この子どもの『恋人』となった蒼い髪の青年。

 最近、任務が無かったらしく彼が頻繁に地下を訪れていたため、クルルの生活は規則を取り戻していたのだ。

「クルル、お尋ねしたいことがあるのですがよろしいですか?」

「……勝手に喋れば?」

「ゼロロ君は今、任務中なのですか?」

「――ああ」

「そうですか……」

 だから、なのだ。

 1人納得していると、怪訝そうな表情のクルルと視線が合った。

「――――何だってんだよ……」

「いえ。……長期になりそうなんですか?」

「4ヶ月」

「それは――寂しい、ですね」

「……べつに」

 そう小さく呟いて、カップの縁を少し口に含む仕草は幼い。

 以前は見ることができなかった様子が微笑ましくて、思わず頭を撫でたい衝動に駆られた。が、確かに見た目は明らかに子どもとは言え、思春期に差し掛かっている少女の矜持を慮り、なんとか堪える。

 恋人が居る、いてもおかしくない年齢なのだ。

 子どもだと思っていても、出来なくなっていくことがある。それは寂寥の念を呼び起こすが、寂しいばかりではないのだろう。

 頭を撫でる代わりに、出来上がったサンドウィッチを皿に並べて、デザートのヨーグルトと一緒にお盆へ乗せる。赤い苺ジャムをかけた白いヨーグルトに刺したスプーンが、鈍く光った。

「はいどうぞ」

「……イタダキマス」

「召し上がれ……早く、無事に帰って来てくれるといいですね」

「…………うるせぇ」

 いい加減にしろ――と続いた言葉に苦笑して、今度こそガルルは口を閉ざす。

 表情に変化は見られないが、何となく照れて拗ねているような気がするから不思議だ。

 しかし、これから4ヶ月は今まで以上にちょくちょく地下を訪れた方が良さそうである。

(……ゾルルは、喜びそうだがな……)

 おそらくしばらくはココに通い詰めるであろう同僚を思い、ガルルの苦笑は更に深まっていった。

 

 《終わり》

変化は意識しないと分からない

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いびつな共有幸福

 ギロロとゼロロを巻き込んで、クルルにぬいぐるみを贈り始めてから4ヶ月。そろそろ、次のぬいぐるみは何にしようか――と考えるのが難しくなってきた。うっかり既に誰かしらがプレゼントしたものと被らないように、珍しくメモを残していたはずだ。

「え~と……どこやったでありま――――あったぁ!」

 冷蔵庫に貼り付けられた紙を見つけて、それをショルダーへ無造作に仕舞い込む。

 ぐしゃり、とくぐもった音がしたが、字は読めるだろうから問題無い。

「ケロロ、買い物に行くの?」

「あー、うん」

「丁度良かった。帰って来る時に、お豆腐を買ってきてくれない?」

「えー……俺、デパートに行くんだけど……」

 豆腐はデパートの食品売り場にも売っているが、母親はいつも商店街の豆腐屋で豆腐を買う。母親が「豆腐を買って来い」と言えば、それは「(豆腐屋に寄って)豆腐を買って来い」ということなのだ。

 デパートと商店街は、そこまで遠くない。しかし、デパートよりも豆腐屋は家から少し遠い。デパートへ行く時の通り道、という訳ではないのだ。

 面倒くさい。

 眉間に皺を寄せて母親に訴えてみたが、あくまで相手は引かなかった。

「それくらいいいでしょ?よろしくね」

「……へぇ~い……」

 結局、母親の頼みを断ることなど出来ない訳で……。

 せめてもの抵抗で不満そうな声を出すと、「返事は『ハイ』でしょ!」なんて小言がくっついてくる。

(ヤブヘビであります!)

 釈然としないまま、お説教から逃げるように家を後にした。

 

 豆腐は生ものなので、先に本来の用事を済ませようとデパートへ向かう。2階のおもちゃ売り場は、まだ幼年訓練所前の小さな子どもたちが1人2人。時間帯の問題か、閑散としていた。

 いつもは専らガンプラコーナーなのだが、今回は真っ直ぐにぬいぐるみコーナーへ足を向ける。そこで、犬と羊を足して2で割ったような茶色のぬいぐるみに視線が吸い寄せられた。

(これ、そういえば……)

 以前、ギロロとゼロロと自分が同じ日に戦地へ赴くことがあった。その時、3人全員がこのぬいぐるみをクルルにプレゼントしたのである。

(相談したわけでもないのにさぁ)

 たまたま、本当に偶然――――いや……。

 その時、この犬羊もどきは丁度クルルくらいの年頃の少女たちに人気があると、店員に勧められたのだ。

 『人気がある』とは、おそろしいキャッチフレーズである――――。

 3人とも、クルルくらいの年頃の少女たちが好んでいるものなんて分からないから、素直に店員の言葉に倣いたくなったのだろう。その結果、全く同じぬいぐるみを選んでいってしまった、と。

(まあ、クルルは何だかんだで引き取ってくれたでありますが……)

 ずずいっと差し出した、3匹のぬいぐるみ。

 あの少女は、嗤ったり呆れたりしつつも、ちゃんとすべて専用のソファーに並べてくれた。

 その後も、任務の度に3人がそれぞれぬいぐるみを付け届けているので、ガルル中尉が用意したぬいぐるみ専用ソファーは満員だ。クルルはいい加減ぬいぐるみ専用の部屋を本気で増設しそうな勢いだが、自分たちとしては彼女の部屋にぬいぐるみたちを置いて欲しいと思う。

 ベットと、机と、タンス。

 元々は、それだけしかない空間だった。

 がらんとした室内は、子どもを包む場所としては余りに殺風景だ。部屋全体が、人を抱える場所として『そっけない』気がした。

(クルルは、ほとんど地下の研究室にいて滅多に私室は使って無いみたいでありますが)

 それでも、せめてプライベートルームくらいは賑やかな方がいい。自分とギロロとゼロロとガルル中尉以外、滅多に他人が来ない世界は、子ども1人だと広すぎる。だから、ぬいぐるみで室内の隙間を埋めて、ぬいぐるみを増やして、また埋めていく。

 いつか、もしかしたらクルルの周りはぬいぐるみだらけになるかもしれない。

(お、それいいジャン?)

「お客様、何かお手伝いできることはありますか?」

 唐突に声を掛けられて、どっくん!と心臓が跳ね上がった。動揺を悟られぬよう、そっと息を吐き出して視線を移すと、女性の店員が不思議そうな表情でこちらを見つめている。

 どうやら、長々と昔に浸ってぼけーっとしていたため、少々不審がられてしまったようだ。

「い、いやぁ~……ちょっと、プレゼントを何にしよーかなぁーって迷ってたんでありますよ」

「プレゼント用ですか……もしよろしければ、おすすめ商品をご紹介させていただきますが……?」

「あ、じゃ、じゃあ……」

 流石に断り辛かったため、厚意は素直に受け取って置くことにする。店員はいくつかのぬいぐるみを紹介し、結局そこそこ大きなサイズの猫を買っていくことにした。

 ラッピングはやんわりと辞退して、そのまま帰路につく。がさがさと音を立てるビニール袋を更に前後に揺さぶりながら、頭は暇を持て余す。歩いている時には、千常時よりも考え事をしているのではなかろうか――と思うこともしばしばだ。

 前を見ていた視線をビニール袋に移し、ふと思い出したこと。

 それは、このぬいぐるみを贈る習慣を始めるきっかけとなった、とある会話だった。

 

 既に、任務の詳細は忘れてしまっている。

 しかし、おそらく会話をしていたのは、束の間の休憩時間だったのだろう。

『近頃、人形をプレゼントするのが流行ってるらしいな』

『ゲロォ?――何それ』

『知らないのか?』

『知らないであります。つーか、最近任務連チャンなんだモン!』

 人手不足でもないくせに……とぶつぶつ愚痴るが、相手はそれをキレイに無視してさっきの話の説明を始める。優しいのか冷たいのか、いまいちよく分からない対応だ。

『何でも、自分の代わりに大切な人を守ってくれる――とか言われてるらしいぜ?人形をただ渡すんじゃなくて、リボンを結んでおくとか自分の名前をつけて欲しいって言うとか……その辺のオプションは、まあいろいろだな』

 喋りながらも銃を整備する手は休めない。彼の前には、今磨いているものの他にも3丁の小型銃が並べられている。

 どこかの赤ダルマほどではないが、この同僚も相当な武器マニアだ。

(――しっかし、人形が、ねぇ……)

『何だ?』

『……それってさ、本当に効果がある訳じゃないんでしょ?』

 自分の声が、微かに硬い響きを持っていることに気付いてはいる。

 人形は、物を言うことも動くことも出来ないのだ。

 例えば、ケロン星に他星からの侵略者が来たとして。『大切な人』がやられそうになっているとき、人形に何ができるのだろう?

 せいぜい、その作り物でしかない目に『大切な人』の危機的状況を映しているくらいではないか。

『だから、むしろ良いんだろ』

『へ……?』

 ずいぶんとアッサリした答えだが、その真意が分からない。

 だから、むしろ『良い』とは、どういうことだろうか?

 同僚は武器を磨いたまま、言葉を続ける。

『考えてみろ。人形が本当に、どっかのヒーローみたいな感じで自分が大切にしている誰かを守っちまったら虚しいと思うぜ?俺は、な』

『――あ、』

 ――――確かに……。

『昔から……ラブドラマとかで使う台詞じゃないが……大切な人を守る役目は自分が果たしたい、ってモンじゃねぇのか?だから、人形が丁度いいんだろうよ』

 生きていないもの。

 あくまで、自分の『身代わり』として存在する、都合の良いもの。

 そう締めくくり、同僚の話は終わったのだ。

 

 今、自分たちはぬいぐるみをクルルに届け続けている。

 他の2人がどんな思いでやっているのかは、はっきりとは分からないが、おそらくそれは祈りや願掛けに似ているのだろう。

 ――――また、ココに来るよ。

 ――――帰って来るよ。

 そして、自分はひっそりと言葉を付け加えるのだ。

 ――――だから、それまで……。

(クルルを守ってくれであります)

 そして、自分たちが再び地下へ戻って来た時は、静かにその役目を捨て去って欲しい。

 あくまでぬいぐるみたちは、自分たちの『代わり』に過ぎず、また『そうあるべき』なのだ。どれだけ卑怯だ汚いと罵られようと、ここは譲れない。

 子どもの『世界』に居続けることを許されたのは、『生きている』自分たちなのだから。

 

〈おまけ〉

「ただいまー」

「お帰り……ケロロ?」

「ん?…………って、ああ!!」

 家に到着してからようやく、ケロロは豆腐を買い忘れたことに気付いた。

 その後、彼が豆腐を買って来いとパシリにされたことは……まあ、自業自得というやつだろう。

 

 《終わり》

善悪とは、あずかり知らぬところで…

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夢人紙飛行機

 久しぶりに学校へ行って、午前中で早退。

 晴れ渡った空には雲1つ無くて、授業をしていた先生自身が『こんな日に教室で授業なんて、やってられないよなぁ』などと言うくらいの晴天だ。

 2限目の古文で返却された小テストや、学校に行ってなかった間に溜まっていたプリントを詰め込んだ通学カバンは、さっきから歯軋りのような音を立てている。

 ぎしぎし、ぎしぎし……と。

(壊れそうな音、ってヤツ?)

 まあ、通学カバンというものはかなり丈夫に作られているものだから、まだ大丈夫だろう。しかし、紙というのは存外重い。天気が良いからと、バイクではなく徒歩で学校に行ったことが、少し悔やまれた。

 家に持ち帰ったところで、この紙は皆、資源回収に回されることになるのだろう。

(――あ……そういえば今週、資源回収は休みだったっけ?)

 一昨日、アパートのポストにそんなお知らせの紙が入っていた気がする。そこで、ピタリと道の真ん中で足を止めた。

(だとすると、今度の回収日は再来週かぁ)

 隔週で設けられている回収が1回休みとなると、丸々1ヶ月分の『資源』が部屋に溜まる。

(紙の山に囲まれて生活ねぇ~……)

 これから持ち帰る予定のプリントやテストに囲まれて、生活をする自分――想像してみると、なかなかシュールだ。

 生憎、自分は元々環境を守るために――という理由で資源回収に紙やプラスチックを出す訳ではない。単に回収日が異なるだけなのだから、ゴミの日に出そうと資源回収日に出そうと結果は変わらないから、というだけのことだ。

 地球を守るため、など、冗談でしか言わないだろう。

 偶に、某宇宙人たちの企みに茶々を入れるのは、自分が楽しいから。大義名分じみた台詞を口にすることはあるが、それは全て軽口に過ぎない。

 そう考えていくと、ずしりと手に食い込む重さの紙をアパートまで持って帰る気持ちが、急速にしぼんでいった。

 空をもう一度見上げれば、やはり青い。

(――――あ、そうだ)

 

「妙なメール、送ってくんじゃねぇ~よ」

「まあまあ、暇つぶしにはいいでしょ?」

「どーだか」

 ちなみに現在地は、日向家の屋根の上だったりする。メールを送った1分後、クルルはソーラーボードを使って屋根の上に来てくれたのだ。

 取りあえず、こうして誘いに応じてくれた事実にお礼を言えば、ニヤリと嗤い返される。

「高つくぜぇ?」

「お望みとあらば、カレーのフルコースをご用意させていただきますよ?姫君」

 にっこりと笑ってそう切り返せば、独特の笑い声と共にOKが出た。

「で?」

「うん?」

「いくつ作るつもりだぁ」

「う~ん……取りあえず、コレだけ全部?」

 指し示す先には、カバン一杯に詰め込んだ例の紙。その内1枚を引き出して、我ながら器用に折って開いて折って、と形を変えていく。

 クルルにも1枚渡すと、皮肉交じりで彼女が嗤う。

「配布物かよ」

「リサイクルだよ、リサイクル♪」

「クックッ……しかも、今時手書きとはなぁ」

「あー、それ社会科のやつ?何か、その人コンピュータと相性が悪いらしいよ」

 定年間近の老教師は、時代の波に取り残されたように未だプリントもテストも手書きで作っている。クルルは喉を鳴らしながら、その紙をやはり器用に折っていく。

 そうこう話す内に、1つ目の紙飛行機が完成した。

「まずは、1個目」

 微かに風が吹いた時、そっと手を離す。

 紙で出来た翼は風を掴み隣家の方へ向かっていったが、残念ながら途中で風が止んでしまい、日向家の塀辺りに墜落した。

(後で回収するってことで)

 再び、カバンからプリントを引っ張り出して2個目を折り始める。そして、こちらが2個目の紙飛行機を折り始めたときに、クルルの紙飛行機が飛んだ。

 それは小雪ちゃんとドロロの家の庭まで飛んで、屋根に当たって地に堕ちた。

「あー、負けた!」

「ククッ……ガキ」

「次はわかんないじゃん?――――そういえば、今日はやけに静かだね」

 いつもなら賑やかなハズの日向家から、声が聞こえない。今更そんなことに気付いて尋ねると、クルルは端的に答えを寄越した。

 何でも、他の面々は遊園地に出掛け、クルルは興味が無いので留守番をすることにしたらしい。聞けば、彼等は今日の夜まで帰って来ないという。

「……ねえ、クルル」

「あ?」

「今日、アパートに泊まりに来ない?」

「――――――何で?」

 今の間が、可愛いな、とか。

 モチロンそんなことをうっかり口にしてしまったら、誘いを受けてもらえなくなるだろう。

(だから、我慢我慢)

 努めて笑顔で、そのまま言葉を続ける。

「約束のカレー、ごちそうしたいから」

「……」

「それに、さ」

 ――お互い、ひとりだし。

「寂しいから、傍にいて欲しいなぁ~って」

「……」

「OK?」

「………………しょ~がねぇ、からな」

「――サンキュ」

 そこで、自然と止まっていた手の動きを再開する。

 ただの長方形だった紙が、空中を飛ぶための形に変わっていくことは、昔から好きだった。いつの間にか、隣に座る彼女も2つ目に取り掛かっている。

「あのさ」

「?」

「明日まで、ゆっくりしていってね」

 せっかくだから――――。

 そう続けた言葉に、今度こそ彼女は可笑しそうに嗤った。

(だって、ねえ?)

 ケロロもギロロもドロロもタママも、居ない。

 彼等に対して、一応心の中で『ゴメンね』と謝っておこう。届くことの無い言葉は、頼りない紙飛行機にのって、ゆるやかに地面へ落ちていった。

 

 《終わり》

空を飛んでいると、人は言うんだね――――。

 

この小説は、『有限と微小のパン』HAL様にこっそりと……40000hitおめでとうございました、という……。キリリク小説への釣りあわない感謝小説です!(言い切った)

それでは!!(やはり言い逃げ)

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ジョバイロ

性的な内容を連想させる描写が含まれます(しかも短いです)。苦手な方はそっと視線を逸らして下さい。

 

 

 白い、白い肌をしたひと。

 僕の好きな人とは違う、細い痩せた首筋に吸い付くと、べしっと上から叩かれた。

「いつまで盛ってんだよ」

「うー……クルル先輩、もっとぉ……」

 ムードが欲しい、なんて言わない。ただ、もっとくっついていたかった。

 不規則な生活をしているからなのか、元々の体質なのか。クルル先輩は体温が低い。逆に僕は、ちょっと平熱が高めだから、いつも先輩のヒヤリとした肌に触れる度、体がはねる。

 今、2人が居る場所はクルル先輩のラボラトリー。押入れから引っ張り出した1組の布団をひいて、その上に乗っかっている。

 僕もクルル先輩も、掛け布団の下は裸だ。服は床に、何となく2つの山に分かれて置いてある。目が覚めてすぐに先輩が換気扇を回し始めたからだろう。大分、あの独特な匂いは薄まっていった。

(ついでに、雰囲気も……)

 重くて、じっとりとあつい、雰囲気。

 触れ合うことを許す、とでも言うのか。少なくとも、生き物の欲望を刺激するソレは、通気口からどこかへ行ってしまったようだ。

 もぞり、と。布団の下で先輩が上半身を起こす。隙間から入って来る空気は、やっぱり冷たくなっているなぁ、なんて……。

「先輩、シャワー浴びるんですか?」

「ああ」

「どうせならお風呂にしましょうよぉ~。で、一緒に入るですぅ!」

「……クク……盛んなよ?」

「えぇ~……」

「そう何度も付き合ってやる義理はねぇ」

 ついさっきまでの余韻など、これっぽっちも残していない。

(わかってたけど、そっけないですぅ……)

 でも、こうしていられるのは、この人がこういう性格だからだ。

 恋愛感情とか、単純な性欲以外の、どろりどろりと溜まったもの。ただひたすら、べっとりと心の壁にへばりつくものを溶かし、落として、底に溜めていく。そのために、僕らは――僕は、この行為を繰り返している。

 

 叶わない恋は、いつだってみじめだ。

 淋しい、哀しい、悔しい、――――辛い。

 みじめで、汚い。

 

 いっそ、こんなものなんて始めから無ければ良かったのに――そう叫びそうになる気持ちを抑えて、残しておく。この、恋しい恋する気持ちに縋り付くために、僕は『関係』を持った。

 

 《終わり》

倫理観も道徳も、僕を救ってはくれないでしょう?

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白詰草の幸せ

「実は、折り入って皆に頼みたいことがあるのでござる」

 会議が(強制)終了すると同時に、ドロロが不意に話を切り出した。ドロロが改まってそんなことを言い出すのは初めてで、どんな内容の『頼みごと』なのか――幾分、興味が湧く。珍しくケロロもしっかり話を聞くつもりらしく、タママもお菓子を食べながらではあるが、席に座ったまま話の続きを待っていた。

 唯一、音楽を聴いているクルルだけは、どことなく険のある雰囲気を纏っている。ヘッドフォンから零れる程の音量で響くメロディーに、自然と眉を顰めた。

「で、ドロロ。頼みって何なんでありますか?」

 先を促すケロロの言葉に、ようやくドロロはゆっくりと唇を動かす。

 その『頼みごと』は、ドロロらしいと言えばそれまでで。しかし、自分たち軍人にするには、およそ不似合いであろうと思われるものだった。

 

 そして、翌日。

 昨日のことを思い出していたところで、ぐいっと腕を引っ張られる。手を引く力自体は大したこと無かったはずだが、その重みは何故かどんどん増していく。

「なあオッサン、次サッカーしよ!」

「野球だよ!」

「かけっこしようぜ!んで、その次は鬼ごっこ!!」

「……」

 腕を掴んでくるのは、自分の腰下くらいまでしか身長がない少年たち。左腕に3人、右腕に4人がぶらぶらとぶら下がるように食らいついている。

(どうりで、バランスが取り辛いはずだ……)

「ねー、ねー、ねー、ねー!!」

「野球ー!」

「鬼ごっこ!」

「サッカー!」

「かくれんぼ!」

「なわとび!」

「かたぐるま!」

 そして、てんでバラバラの要望――いや、欲求を訴えてくるものだから、正直こちらは対応に困る。ついさっきまで散々鬼ごっこをしていたというのに、まだまだ元気は有り余っているらしい。

「……わかった、順番だ。順番に、やるぞ……」

 そして、今度はどの遊びからやるか、という喧嘩が始まった。何となく分かっていたこととは言え、軽く泣きたくなる。

(――まあ、しかし……滅多に無いアイツの頼みだしな……)

 昨日、ドロロが口にした『頼み』とは、ボランティアの一環でこどもたちと公園で遊ぶ――という活動に、遊び相手として参加して欲しいというものだった。何でも、大人たちがとある人物の講演会に出席している約2時間、大体20~30人位の子どもと遊ぶ、という活動内容になるらしい。

 そして、金銭での報酬は無いが、活動が終わった後にお菓子やジュースが配られるという。

 それに反応したのは、言わずもがなボンクラ緑と甘党な二等兵だ。

 その2人も現在、4~5人ずつの子どもを相手にこちらと似たような遊びをしている。面倒を見ているというより、子どもと同化しているのではないだろうか。今はケロロたちは鬼ごっこ、タママたちはサッカーに夢中。子ども特有の耳を鋭く駆け抜けるような声に混じって、声変わり途中の少年の声と、テノールに落ち着いた男のはしゃぎ声が耳に届く。

「はい、おねえさん」

 ふと、走り回る男児とは異なる、丸みを含んだ女児の言葉が聞こえた。

 チラリと視線を向けると、小さな子どもの手が金色に輝くクルルの髪に、そっと白詰草の冠を置いたところである。

 明らかに乗り気では無かったクルルを引っ張ってきたのは、ケロロ。しかし、何だかんだでこの少女がちゃんとここにいることに、少々驚きを感じる。不機嫌そうな少女の周囲には、女児たちが集まっていた。

 そして、何故かその輪の中に入っているドロロから、女児たちはどうやら花冠などの作り方を教わっているらしい。

「無闇にちぎりすぎてはダメだよ?ちゃんと必要な分だけ、ね?」

「「「「はーい!」」」」

 いい子の返事をして、何故か作った冠や首飾りを女児たちはクルルに着けたがる。いい加減頭が重そうに見えるが、クルルはそれらを一応受け取っていた。

「おねえさん、指輪つけてもいい?」

 一見少年のような――いや、少年にしか見えないクルルを『おねえさん』と呼ぶ。その光景は、新鮮を通り越して衝撃であった。

 小さな作ったばかりの指輪を持って、女児は大人しく返事を待っている。やがて、クルルは面倒そうではあるものの、スッと女児に向かって右手を差し出した。女児は大喜びで手を取り、右手の薬指に、白い花のついた指輪を通そうとする。

「まって!」

「え?」

「……?」

 その時、女児の後ろから別の子どもが制止をかけた。指輪を持つ手が止まったことを確認して、子どもは改めて言葉を紡ぐ。

「ちがうよ、左手だよ!」

(――――なっ……!?)

「あ、そうだった!」

「はい、おにいさんも!」

 そう言って、また別の女児が作ったばかりの指輪をドロロの左手の指にはめた。クルルとドロロは、左手の薬指につけられた揃いの指輪をじっと見つめている。

 しばらくの沈黙の後、ドロロはボンッ!と一瞬で赤面した。

「おにいさんは、おむこさん!」

「おねえさんは、およめさんだよ!」

「――ませたガキだな、オメーら」

 どこか面白がっているようなクルルの言葉に、子どもたちは首を傾げている。

「『ませた』って?」

「『ませた』って、どんな意味?」

 どうやら、単語の意味を理解できなかったらしい。『ませた』つまり『ませている』という単語を自分ならばどう説明するだろうか――と考える。それは、今目の前で起きている現実からの逃避でもあっただろうが。

(早熟な、というか?いや――)

 それもまた、子どもの世界にはあまり入り込んでいない言葉だろう。果たしてクルルが、どんな言葉を使ってくるのか気になって、そっと耳をそばだてる。

「なー、なんていう意味ー?」

「クックッ……まあ、お前らみてぇなガキが、大人の真似事をしている――とでも思っておけ」

(――――分かるような……)

 しかし、やはりどこまでも引っかかる物言いをする奴だ。

 しかし、子どもはその内容よりも答えを貰えたということに満足したらしく、再び遊びを再開しようと言い出した。

 そして、1人の女児が並んで座っているドロロとクルルの前に立ち、ハキハキと口を開く。

「けっこんしきを、はじめます!」

(――――やっぱりか……!)

 他の女児たちが拍手を始めた。そこでようやく気付いたが、いつの間にか自分の周りにいる子どもも、さっきまで遊んでいたはずのケロロやタママたちのグループでさえ、女児たちの様子をじっと見つめている。

 独特な緊張が、辺りを支配した。

 有名な結婚式の文句と言えば、「病める時も、健やかなる時も――」というくだりがくるはずだ。しかし、それは4、5歳程の子どもにとっては難しかったらしい。すべてごまかしによく使う意味の無い呟きで流された。

 そして。

 

「では、ちかいの『きす』を!!」

 

 何故、そのフレーズをよりにもよってはっきりと覚えているのか。

 声高らかに、誇らしげにそう宣言した子どもから、自分を含めた聴衆の視線は新郎と花嫁にされた2人へと移る。よくよく観察すれば見た目はいい、2人へ。

 これは、あくまで子どもの遊びだ。

 遊びで、本当に――本当に、キスなどはしないはずだ。しては、いけな、い……。

 ドロロは、真っ赤になって固まっている。そんなドロロをクルルはまるで玩具でも見るような眼差しで観察していたかと思うと、ニンマリと口角を持ち上げた。

 背筋が、凍りつく。

(――――っまさか……!?)

 少女は口元を笑みの形にしたまま、地面についていた手を持ち上げ、ゆっくりと青年の頬に触れる。身長差に見合う座高の差を埋めるためか、自然と膝立ちになった。

 幼馴染の蒼い瞳が大きく見開かれるのとは反対に、クルルは微かに瞼を下ろす。長いまつげが伏せられると、急にしおらしいというか――『女』を感じさせる。

 動作はすべて、スロー・モーション。

 コマがぎこちなく進む、昔の映画のような光景だ。少しずつ、少女は青年との距離を縮めていく。

「――ほんとに、するのかな……?」

 ポツリ、と。その時傍にいた男児の1人が零した、小さな呟き。

 それによってようやく、金縛りのような呪縛が解けた。

 

「――っ止めろ!!!」

 

 できる限りの大声を張り上げて、叫んだ。

 驚いた周囲の注目を浴びる羽目にはなったが、結果としてそこで『結婚式遊び』が終わったのだから、気にしないことにする。

「クルル!悪ふざけは止せ!!」

「……」

 つかつかと歩み寄って、クルルをドロロから引き剥がす。ドロロはまだ固まっているようだったが、無理もないだろう。

(いくら女らしくないとは言え、異性に口付けをされそうになったのだからな……)

 それにしても、クルルの道徳観念や倫理観はどうなっているのか。思わず口から溜息が零れたのも、仕方が無いことだろう。

 

 その後、再び何事も無かったように子どもたちは遊び、はしゃぎ、騒いだ。散々酷使した体を引きずって、日向家に戻ってからクルルに説教をしたのだが、どうせ効果は無いのだろう。

 しかし、それから何故か、ケロロやタママとすれ違う度に冷ややかな眼差しを向けられるようになった。いくら「止めろ!」と言っても説明を求めても、2人はあくまで態度を変えない。訳が、分からなかった。

(――だが)

 何よりも分からないこと。

 それは、最近ドロロが着けている指輪のことだ。

 白詰草の指輪を見ている時、何故ドロロはとても幸せそうな表情をしているのだろうか?

(……わからん)

 分からないコトだらけの毎日に、相変わらず自分は振り回されている。

 

 《終わり》

『春一番?プチお祭り、であります!』最終作品です!こちらはフリー配布小説ですので、もし「貰っていこうかな?」と思って下さった方がいらっしゃいましたら、ずずいっとお持ち帰りください。

ほたるび様、ドロロを指名していただき、本当にありがとうございました!

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不可解かつ不条理な事象

「……出掛けるのか?」

 思わず、深い考えもなく疑問が出てきた。何故か玄関からではなく、庭に面したガラス戸から出て来たクルルは、あっさりと頷く。その際、緩く両耳の下辺りで結んだ長い金髪が、フワリと揺れた。

「――どこへ行くんだ?」

「どこでしょ~?」

「……誰と、行くんだ?」

「さぁ~?つーか、アンタは何でそこにいるんだぁ?」

 2つの質問をはぐらかした癖に、逆にそんな問い掛けを寄越す。その口元が皮肉を含む嗤いを浮かべるのを認めて、ついさっきまでの屈辱がよみがえってきてしまった。

 今朝、ケロロが例の如くクルルに作らせた発明品でくだらない騒ぎを起こした後。これもまたいつも通り、夏美の怒りを買い、そして何故か巻き込まれただけの自分まで『おしおき』を受ける羽目になった。

 ようやくついさっき解放されたばかりで、血が上った頭がくらくらする。

 武器を磨くことも出来ずブロックに座って休息をとっていた所に、クルルがやって来たのだ。

(……しかし、何故コイツだけが……)

 ケロロの企みを知った上で加担したクルルだけが、ちゃっかり『おしおき』を免除されたことが納得いかない。

 そうした憤りを感じつつも、今はそのことで相手を怒鳴ることに気が回らなかった。

 今日のクルルは、いつもの作業着(白衣を羽織るか、ツナギ、もしくはジャージ)ではなく、どこへでも行けそうな私服姿なのだ。クリーム色の薄手の上着を身に着け、痩せた脚を黒色のロング・パンツで覆っている。スニーカーとブーツを混ぜたような赤い靴に合わせ、チェック柄のキャスケット帽子も被っていた。

 衣服の組み合わせだけを見れば、やや中性的。

 しかし、二つ縛りの効果だろうか。今のクルルは、自分の目に『少女』としてしか映らなかった。考えようによっては、随分と失礼な話かもしれないが。

(それよりも……)

 ――――ガシッ。

「……おい、オッサン」

「オッサンではない!」

「手、離せよ」

 やはりこちらの言葉を無視して、クルルは手首の辺りを指し示す。日に焼けた自分の手が、病的に白い少女の手首と並ぶと、その違いには目を見張るものがある。

 離せ、というクルルの手首を掴んだまま、目を合わせた。

「誰と行くんだ?――――いや」

「……?」

「俺も、行く」

「――――――――はぁ?」

 何故か、と雄弁にその眉間の皺が語る。それをあえて気付かない振りをして、もう一度同じ言葉を繰り返した。

 そんな、少女にしか見えない格好で。

 いつもならば、天気が良かろうが悪かろうが、ラボに篭ってばかりだというのに。

 ――まるで、『デート』にでも行くような、そんなシチュエーション……。

「……オッサン」

「オッサンではない」

「あんた、何くだらねぇ~コト考えてんだよ」

 既に驚きはナリを潜め、その表情に浮かぶのは『呆れ』のみ。そんな相手に対し、今回は負けじと言葉を返した。

「くだらないと言うならば、一体どこのどいつとどこへ行くつもりなのか、言ってみろ!」

「何でいちいちアンタにそんなこと言わなくちゃなんねぇ~んだよ。いい加減手、離しやがれ筋肉バカ」

「どこのどいつだ!?まさか、男ではないだろうな!!?」

「アホか。こっちの話聞けよ」

「貴様がそれを言うな!!」

 どんどん、いつの間にか話の軸がずれていく。外聞を気に掛けることを失念して、半ば怒鳴るように言葉を重ねていくと、その場にそぐわぬ控え目な声が、自分たちの名を呼んだ。

 振り返るとそこには、忍装束ではなく洋服を着た、青い幼馴染。

「――ドロロ……」

「……あの、ギロロ殿」

「――?」

 一瞬、ドロロとクルルの視線が合った、ようである。その直後、クルルは溜息を吐き、苦笑したドロロが自分に向き直って口を開いた。

「これから水族館へ行くのでござるが――もし興味があるというのであれば、是非、一緒に」

 ふんわりと、まるで女のような柔らかさで微笑んで見せる。そんな幼馴染の言葉を聞いて、初めて自分の思い違いに気付いた。

(――――ドロロ、だったのか……)

 確かに、いくら昔からよく間違われているとは言え、れっきとした男ではあるが……。

 しかし、相手がドロロならばそうと、素直に言えと思う。

(……いや、コイツはこういう奴だった……)

 素直なクルルなど、想像できない。むしろ、恐ろしい。

 己の勘違いについては、理解した。だが、一体ドロロとクルルがどんな話をしながら出掛けているのか――ということについては、興味がある。

 何故か、昔からこの2人は存外一緒に居ることが多いのだ。

 それに、一度「行く」という発言をした後に言葉を覆すのは抵抗がある。

 どうせ、自分はこの後に特別な用事がある訳ではない。

 そういった経緯で急遽、自分は2人の水族館行きに同行することになった。

 

 目的地は、電車で何駅か行った町にあるという。

 到着すると、そこには想像していたよりも小さな建物が、ビルの間に挟まれてこじんまりと存在していた。中に入ると、受付で1人の老父が退屈そうに新聞を広げている。

「こんにちは」

「――――何じゃ、また来たのか……ん?」

 緩慢な動作で、老父は引き出しから2枚、券を引っ張り出す。そして、そこで初めて目が合い、相手ははっきりと眉間に皺を寄せた。

 その時、2枚しか出していない券を見ていたクルルが、すかさず皮肉を口にする。

「3枚だぜぇ~、老眼」

「やかましい!……何じゃ、そっちの赤いのは」

 『そっちの』扱いをされて、いい気はしない。口の悪そうな老父は、掛けていた老眼鏡をカチャリと外して、剣呑な視線を向けてきた。

 初対面だというのに、そこには敵意に近いものが含まれている。

 流石に、クルルのような悪態を吐くことは憚れるが、ただ黙っているだけの状況は、性に合わない。

 視界の端で、クルルが嗤っている。

 刺々しい空気が漂う中、それまでうろたえていたドロロがフォローをしてきた。

「あ、あの、彼は拙者の幼馴染の、ギロロ殿でござる!ギロロ殿、こちらはこの水族館の館長殿でござるよ!」

「ドロロ先輩、フォロー下手くそ」

 ずばんと切り捨てる、クルルの評価。哀れなほどにショックを受けているようだが、生憎クルルの言葉を否定することはできそうにもなかった。

「――幼馴染?……ほぉ……」

「……?」

 そこで、クルルとこちらを交互に見遣った後、再び引き出しから券の束を出す。

「――――まあ、見ての通りお前等以外に来ている物好きはいないからな。さっさと見るもんを見て来い。閉館までには出て行け」

 その言葉と共に、ようやく券は渡されたのだが――どこまでも、口が減らない老人である。客商売としては、致命的なのではなかろうか。

「……ギロロ殿、その……」

「――いつも、あんな態度なのか」

 大分受付から離れた所でそう尋ねると、ドロロは困ったように笑みを浮かべた。

「しかし、とても優しい御仁でござるよ?」

「……お前に言わせると、全員が『良い奴』になりそうだな」

 自然と、口元が緩む。

 昔から変わらないドロロの、こうした物の見方は長所だと思っている。軍という組織内では、『弱さ』として見られることもあるが、人としては好ましい面だろう。

(――ん?)

 そこで、ふと近くを見ると、さっきまでいたはずの少女が居ない。

 もう少し前を見ると、いつの間にかクルルは1人、水槽に向かって歩いて行ってしまっている。まるで、自分たち2人の存在など無いとでも言うように……。

「――っおい、クルル!」

「ク、クルル君!」

 早歩きで何とか追いついたが、クルルは本当に魚を見ているのかと疑いたくなるような速さで通路を進む。一応、視線だけは水槽の方を向いているが――。

「おい」

「あ?」

「もう少し、ゆっくり見て行かないのか」

「見てるだろぉ?」

「『ゆっくり』と言ったんだ!」

「ま、まあまあ2人共……」

 幸い、あの老人の言葉通り、館内には他に客がいなかったため、迷惑をかけると気に掛ける必要は余り無い。

「大体、ココの生き物は何回も見てるぜぇ?今更、じっくり観察する対象じゃねぇよ」

 さっくりとそう言い切って、話はそこで終わりだと言わんばかりに言葉が切れる。歩調は、変わらない。

「……見るものが無いというのなら、何でここに来たんだ……」

「クルル殿は、『見に来た』のでござるよ?」

「――――?どういう意味だ?」

 横から穏やかに言葉を紡ぐドロロに、思わず説明を求める。

 『観察するものがない』と、たった今聞いたクルルの言葉と、矛盾しているような気がしたのだ。

「じっくりと見なくとも、今日も生きている――と。そういったことを、確かめることは出来るでござる」

「……」

「クルル殿は、『様子を見に来た』のでござるよ」

 優しさ、というものを凝縮した表情があるのだとすれば、今のドロロのようなものなのだろうか。

 先を行くクルルを見る眼差しは、周囲から見ても分かるぬくもりで満たされている。

(――ドロロから見るクルルは、そう、なのか……)

 もしかしたら、ドロロは自分とは違う、クルルの面を知っているのかもしれない。そう思うと、何故か胸の辺りがチリッと疼いた。

 クルルは、相変わらず歩みを緩めることは無い。

 そうこうしている内に、いつの間にか出口付近にある土産コーナーに着いてしまった。

「あら?今日は別の方も一緒なんですね」

「館長の娘さんでござる」

 あの老人の娘だと紹介された女性は、あの老父とは対照的な微笑を浮かべて軽く会釈をする。慌てて頭を下げると、またしても背後でクルルが喉を鳴らして嗤った。

「もしよろしければ、少し見て行きませんか?いくつか新商品を入荷したんですよ」

「クックック……商売っ気出してるじゃね~か」

「あら、だってそれが私の仕事ですよ?」

「クーックックック……」

「ふふふふふふ……」

 そうした軽口を言い合う2人から1歩離れ、ふと、気に掛かっていたことをドロロに尋ねようと口を開く。

「何度くらい、ここに来たことがあるんだ?」

 館長とのやり取りといい、今の女性との会話といい、おそらく1度や2度の来館ではないだろう。ドロロは少し考えるような様子を見せた後、「確か、7回目でござる」と答えた。

「クルルとか?」

「っ……う、うん……」

 ――何故、そこで赤くなるのか……。

 俯いてモゴモゴと口を動かす幼馴染は、1度こうなるとなかなか復活しない。

 こういう場合はそっとしておくのが一番だと、付き合いの長さで分かっているため、そっとその場を離れた。

 全体に見合った広さの土産物コーナーは、きちんと品物の整理が行き届いている。

 その中に、貝殻や石がついた髪留めを見つけて、思わず手に取った。乳白色の落ち着いた色合いのソレを持って、ポストカードを眺めていたクルルの髪にそっと当ててみる。

「……」

「……何だよ」

「……いや……」

 それは、金色の髪と想像以上に合っていた。

 何となく、でしたことである。もしかしたら似合うのではないか、と思った。

 いつもはラボに篭ってばかりで、夏美やモアたちのように身なりに気を遣うことをしないコイツが、今日は珍しく少女の格好をしている。だから、たまには――と。そんな、軽い気持ちでしたことだった。

 しかし、次の瞬間。

 クルルの眉間に、皺が寄った――――と同時に、ぐきぃっ!と。音を立てて、左足の小指が、力一杯踏み潰された。

「―――――~っ!!?」

 重力を味方にしたその攻撃は、悲鳴さえも出せないほどに、きく。痛みを堪えるこちらを無視して、クルルは少し離れた場所で売られているスタンプを見に行った。

(……っあ、いつ……!)

 生理的な涙を拭い、顔を上げる。

 すると、何とドロロが貝殻の首飾りを持って、クルルに近付いていくところだった。

 止めようと思い手を伸ばすが、言葉が何故か喉の奥に引っかかって出てこない。

 ドロロは微かに頬を上気させ、嬉しそうにクルルの首にそれをつけた。

「クルル君に、似合うと思って……」

「……」

 満面の笑みを向けるドロロに対する、クルルの言葉は無い。言葉は無いが、おもむろに少女はアクセサリーコーナーへと足を向けた。

 そして、戻って来たクルルの手には、今自分が持っているものと色違いの髪留めが握られている。それを、パチンっとドロロの髪につけたのだ。つけられた方は、目を丸くしている。

「え……?」

「クーックックックック……」

「あ、あの……クルル君……?」

「可愛いぜぇ~?せーんぱい」

 ――女の子みたいで。

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべたまま、子どもが紡ぎ出した一言。それは、ものの見事にドロロのスイッチをねじ込んだようだ。

 半べそ状態になったドロロをからかうクルルは、活き活きとしている。少なくとも、機嫌は悪くない――と思う。

(――この、扱いの差は、何だ……?)

 踏み潰された小指は、じんじんと痛む。

 じゃれあいのような2人の様子を眺めつつ、何か不条理なものを感じずにはいられなかった――。

 

 《終わり》

『春一番?プチお祭り、であります!』11作目です。こちらは、ほたるび様限定でお持ち帰りを歓迎いたします!

ほたるび様、リクエストをしてくださり、本当にありがとうございました!!

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ハニー・スウィート・ミルク

 目が開く。

 無意識に隣を探る手は、空を掻いた。自分の体が無い布団の領域は、ヒヤリと冷たい。

(――――そっか)

 居ない、のだ。

 ほんの少し前まで、ココには1人の少女がいた。

 少女と言っても、相手は自分より少しだけ年上らしい。実は、彼女は地球を『侵略』するためにはるばる宇宙からやって来た宇宙人で、自分はそんな彼女と刺激的な出会いを果たした――という経緯がある。

 一緒に暮らそう、と。

 誘ったのは、こちらの方。それに乗ったのは、彼女の方だった。

 つい1週間前には、目を覚まして手を隣へと動かせば、ひやりとした肌に触ることができたのに。微かに上がる、彼女のぬくもりを感じることが出来たはずだった。

 会おうと思えば、会いに行ける